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プロローグ 死神の名を持つ少女の場合

「いや、こうして現場で指揮をとると言うのはなかなか大変だよ。いつ命を狙われるか分かったものではないからね」

 ひと際太った偉そうな軍人が、ワインを傾けながらそう笑った。

「いえ、さすがはゴルシコフ閣下です。それでもこうして前線の街で平然と食事できているのですから」

 そう言ってヨイショするのは、同じテーブルに着く数人の軍人だった。

 ここは、彼らが言う様に前線の小さな街。

 そしてここはその小さなレストランであった。

 大した装飾も無く、幾つかのテーブルが並んでいるだけの閑散としたレストランで、他の客の姿もない。ぼんやりとランプの光が店内を照らす中、彼らのテーブルにだけ豪華な食事と酒が並んでいた。

 そして、太った偉そうな軍人―――ゴルシコフと呼ばれた男は、ステーキを口に運びながら思い出したように呟く。

「それがね。どうやら私は敵の〈死神〉とか呼ばれる暗殺者に狙われているらしいんだ」

「なんと、本当ですか。確か〈死神〉と言うのは公国軍の優秀な殺し屋で、狙われた人間は確実に殺されると聞いています。閣下は大丈夫なのですか?」

「なに、飽くまでも〈死神〉なんて言うのは噂だよ。恐らく敵の撹乱工作の一部だろう。だから、私はそれを証明するためにこうして食事をとっているんだよ」

「はぁ、さすがは閣下です。まさにわが帝国の鏡の様な軍人です」

「はははっ、褒めても何も出んよ。さあ、もう一度祖国に乾杯しよう」

 そして、ゴルシコフがワインを自分のグラスにつごうとするも、空だった。

 ゴルシコフは店内にモップをかけていたウエイトレスに声をかける。

「ワインをもう一本持ってきてくれ。店で一番いい奴をだ」

「かしこまりました」

 ウエイトレスは掃除用具を持って、一度厨房に下がる。

 そこでは、コック姿の店主がワインを床下から取り出していた。

「うちで一番良いのは、これしかないな・・・・・・。戦争が終わったらゆっくり飲むつもりだった俺の秘蔵品だ」

 そう言って、諦めた様に店主はそれを彼女へと渡す。

そんな店主の後ろには、怯えた様な仕草の小さな女の子の姿があった。

「おねえちゃん。大丈夫だった?」

 心配する様な声を上げる少女の頭を、彼女は撫でてやる。

「大丈夫だよ。もう、終わらせるから」

 そう言って、店主へと改めて頭を下げる。

「・・・・・・今まで、ありがとうございました」

「なに気にするな。俺達もレジスタンスとして協力したまでだからな」

店主にポンと肩を叩かれると、彼女はワインを持ってテーブルへと戻る。

「きゃっ」

 すると、彼女はテーブルに着く前に、つまずいてその場に崩れる。

ワインは割れなかったものの、彼女は尻もちをついていた。

「オイオイ大丈夫かよ」

 すると、テーブルにいた一人の軍人が立ちあがって彼女に声をかける。

 そして、少し嬉しそうな顔をして、彼女へとしゃがんで手を伸ばしていた。

「大丈夫かなお嬢ちゃん。もし怪我してるんだったら、いろいろとお兄さんが見て上げようかー?」

 そう言って、男は嫌らしい手つきで彼女の腰へと手を回す。

 テーブルの他の軍人達もやれやれと言った様子で顔を見合わせていた。

「ぎゃっ!」

 しかし、途端に悲鳴が上がる。

 テーブルの軍人立ちが何事かと視線を向ければ、ウエイトレスにちょっかいを出していた男が喉から血を噴いていた。

 気がつけば、ウエイトレスの手にはナイフが握られている。

「おいっ、そんな怒ることないだろっ!」

 誰かが咄嗟に怒鳴っていたが、ゆっくりと立ち上がったウエイトレスの雰囲気は、そんなもののようではなかった。むしろ、こちらを見る彼女の瞳は、何も感情を抱いていないガラス玉のようであった。

さらに、彼女は空いていた手で腰からナイフをもう一つ取り出すと、逆手に構える。

「・・・・・・おい。こいつ、まさかその死神じゃ」

 軍人たちが動揺するも一瞬、彼女は容赦なく軍人達に向けて突っ込んでいた。

 まず一人の軍人の懐に入り込むと、ナイフで容赦なく喉を切り裂く。

咄嗟に自分を押さえに他の軍人が背後から迫ってきたが、振り返りながら逆手に持っていたナイフをその肩へ突き刺す。痛みでその男がうずくまると、その首元へと再びナイフを振り降ろして始末していた。

あっという間に男二人を始末したその様子に、残っていた軍人たちは戦慄した。

「閣下は早く逃げてください!」

 一人の男がゴルシコフの前に立ちはだかるも、すぐに向かってきた少女の回し蹴りで派手に隣のテーブルへと吹っ飛ばされる。

そして、彼女ががら空きになったゴルシコフへと一気に迫ろうとしたその瞬間、横からナイフが飛んできた。

彼女は咄嗟にそれを自分のナイフで薙ぎ払い、飛んできた方向を睨む。

彼女が視線を向けた店の入り口にいたのは、迷彩の戦闘服を身につけた目付きの悪い男だった。

「やっぱり現れたか、死神ちゃん」

「あ、アーロン! 貴様何をしていた! さっさとこいつを殺せ!」

 ゴルシコフが必死の形相でアーロンと呼んだその男は、やれやれと言った様子で腰から新しいナイフを取り出していた。

「あんたがお前は店の外で良いって言ったんでしょーが。まぁ、安心して下さいよ。手を出させませんから」

 そう言って、アーロンはナイフを片手に、一気に少女へと迫る。

 アーロンが振るったナイフを彼女は慌てて避けるも、その刃は長い彼女のスカートを掠めて切り裂いていた。

 彼女が改めてアーロンへとナイフを構えなおすと、スリットの様に破れたスカートの隙間から足が覗く。

「もったいないなぁ、君みたいな綺麗な足のお嬢さんが暗殺者なんて。殺さないといけないじゃないの」

 ひょうひょうとした様子で、アーロンは再びもの凄い迫ってきてナイフを振るっていた。

 彼女は何とかナイフで受け止めるも、何度も振るわれるうちに、力の差が出たのか、手からナイフを弾き飛ばされてしまった。

 慌てて逆手に持っていたもう片方のナイフを構えなおす。

 このままではまずいと焦った彼女は、現在がら空きになっているゴルシコフの方を一瞥する。

 そして、アーロンを無視して一気にそちらへと迫っていた。

「なっ、待て! 話せばわかる!」

 ゴルシコフは慌てた様だったが、アーロンは冷静にナイフの切っ先を彼女へと向ける。

「やらせないって」

 そして次の瞬間、アーロンの持っていたナイフの刃先だけが飛んだ。それはゴルシコフに迫る彼女の元へと正確に飛び、彼女が咄嗟に足を止めると、その頬をその刃先が掠めていた。

 そして、彼女の頬からは、たらりと赤い血が垂れる。

 だが、それでもナイフを失ったアーロンに、彼女は勝機と再び構えなおしていた。

 しかし―――。

「大丈夫、いっぱい持ってるから」

 そう言ってアーロンは、腰から大量のナイフを取り出して笑う。

「ちっ」

 額に汗を浮かべた彼女は、苦しそうに顔を歪めて舌打ちをする。

「もう逃げられないよ死神ちゃん。ゆっくり嬲ってあげましょーね」

 そう言ってアーロンがゆっくりと近づくと、彼女は自棄になったかの様に唯一持っていたナイフをゴルシコフへと投げていた。アーロンは慌てて、ゴルシコフへと向かうナイフを空中で叩き落とす。

 だが、そうしているうちに少女は反対側の窓へと走っていた。ガラスへと一気に突っ込むと、そのまま外へと飛び出して行った。

 アーロンが慌てて窓へ向かうも、すでに彼女の姿は街の暗闇の中に消えてしまっていた。

「ま、旦那が無事だったから良しとしますか。しかし、なかなか可愛い死神ちゃんだったなぁ。嬲ったら可愛い声で鳴いてくれそうなんだけど、そうは思いません?」

 楽しそうなアーロンにそう問われるも、ゴルシコフは生きた心地がしないと言った青い顔で、脱力したように近くの椅子へと座り込む。

「くそっ! なぜあんな奴が紛れこんでいるのか、ちゃんと話を聞かなくてはなんようだな・・・・・・」

 彼はそう言って、厨房からこちらを覗きこんでいた店主を睨みつけていた。

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