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プロローグ 死神と呼ばれた戦車乗りの場合

『そろそろ敵さんのお出ましだ。横陣に展開しろ』

 大隊長からの通信を聞き、青年はハッチから身を乗り出すと、辺りを見回した。

 自分の乗る戦車の左右には数十台の戦車が展開しており、粉塵を巻き上げ綺麗に横一列に並んで走っている。

「そろそろ偵察機から報告のあった地点ですね」

 彼が喉元のマイクへと話しかけると、大隊長から返答が返ってくる。

『そうだ。敵の戦車隊が展開してる。気を引き締めて行けよ』

 すると、不意に大隊長は気がついた様に彼に声をかけてきた。

『貴様は前回の作戦の事があるだろうが、気負うなよ』

「分かってます。ただ、運が良かっただけですから」

『そうだ。部隊の中には貴様の事を悪く言う奴もいるが、気にするな。うちの部隊はそんな迷信には負けやしない』

「はい。指揮下に入れていただいた事、感謝します」

 会話をしながら走っていると、不意に遠く平原の向こうに砂埃が見えた。

『敵戦車部隊です!』

 誰かが報告する。

『数はこちらの方が多い。このまま横陣にて包囲する。各個撃破するぞ』

「了解」

 彼らの戦車が走り抜ける中、平原の向こうで敵の戦車が停止する。

 そして、一斉に砲撃を開始。

 その砲弾は、彼らの周りへ着弾する。

 砲弾が巻き上げた粉塵を被りながら、青年は敵戦車だけを睨んでいた。

『まだ遠い。焦るな! 前進を続けろ!』

 彼らの戦車は敵との距離を一気に詰める。

 平原での一騎打ちだ。

『停車!』

 大隊長の指示で、戦車は一斉に停止。

「徹甲弾装填!」

「・・・・・・装填完了!」

「目標、正面の敵戦車!」

「・・・・・・照準よし」

 そして、大隊長の号令が飛ぶ。

「撃てっ!」

 各戦車が一斉に砲撃を放つ。

 敵戦車との距離は五百メートルと離れていない。

こちらの砲弾が何発も敵戦車を襲う。

 しかし、鈍い音と共に、それらの砲弾は敵戦車の傾斜した装甲を滑る様に弾かれていた。

「ちっ!」

 彼が舌打ちしたのも一瞬、敵が反撃を開始する。

 指揮が取れているのか怪しい程ばらばらに放たれた敵の砲弾だったが、それはいとも簡単にこちらの戦車の装甲を貫通していた。

『四号車、砲塔故障! 応戦不能!』

『二十五号車、操縦士死亡!』

『十三号車、エンジン大破! 行動不能! 脱出します!』

 あちこちから被害報告が入る。それによると、あっという間にこちらの四分の一ほどが撃破されたようだった。

「くっ、何で貫通しない!」

 彼が歯を食いしばって苛立ちを露わにすると、大隊長から指示が飛ぶ。

『敵のT‐20の傾斜した装甲は弾を弾きやすい。我々のヴォルフの主砲だと100メートル以内にまで近づいて発砲しなければダメだ! 練度はこちらの方が高い。俺達の腕をみせてやれ!』

 それに従い、彼らの戦車は敵戦車へと突撃を開始した。

「一気に側面へ回り込むぞ!」

 彼が指示すると、戦車は向かってくる敵の戦車へと正面から向かって行く。

「徹甲弾装填!」

 そして、敵の戦車と正面から衝突する寸前、彼の戦車はその横へと方向を変える。そのまますれ違うと共に、一気に旋回し敵戦車の後方へと回り込み、砲身をその後部へと突きつけていた。

 そして―――。

「撃てッ!」

 彼の戦車から放たれた砲弾が、敵の戦車を射抜く。

 今度の砲弾は敵の戦車を貫通し、エンジンを燃え上がらせていた。

「よし!」

 そう歓喜の声を上げたのも一瞬。

次の瞬間、戦車はぐらりとバランスを崩すと、そのままがくんっと窪地に落ちてしまっていた。

「こ、後進しろ!」

 彼が命令すると、履帯が全力で回転する。しかし、空回りして土をかき回すばかりで、戦車が窪地から脱出できそうな気配はなかった。

「ちっ、まずい・・・・・・」

 そう言って、彼は辺りを見回す。

 落ちた窪地は辺りより一段低くなっており、幸運にも敵戦車からは見つかりずらい位置だった。この状態なら一方的にやられる事はないだろうが、戦車の砲塔を動かしてみると、砲身がまともに窪地の外を狙えず、こちらも撃つ事すらままならない状況だった。

 その間にも、損害の報告は次々と入ってくる。

『七号車、エンジン大破! 脱出し―――ジジジッ』

『二十一号車と二十三号車がやられました! ダメです、貫通出来ません!』

『十八号車、履帯破損! ここで砲台に――――ジジッ』

 通信が乱れるも、ぞくぞく撃破されている事だけはわかった。

「急いで降りろ! 全員で押して戦車を出すッ!」

 彼はそう怒鳴るが、そこへ冷や水をぶっかけるかのような報告が飛んできた。

『―――大隊長、死亡ッ!』

 彼の全身を寒気が走った。

『三号車、もう持ち―――ジジッ』

『貫通出来ない! 誰か―――ジジ』

『退避だ! 退―――ジジジ』

無線機から聞こえてくるのは、絶望の叫びと悲鳴だけだった。


『―――ジジジジジジジジジ』

 そして、いつしか無線機は雑音しか発しなくなった。

 泥だらけになった彼が窪地から顔を出すと、辺りはしんと静まっていた。

 周りには炎を噴き上げる戦車の骸が並んでいる。

「またか・・・・・・」

 彼が窪地からはい出ると、穴だらけになった平原には、彼の姿しかなかった。

「また、俺だけか・・・・・・」

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