桜の雨の中で
「泣くなよ」
そう言って、俺は自分より十センチ低い頭を撫でた。
泣きじゃくってる顔。
ぼろぼろと涙が溢れる。
対する俺は呆れ顔。
涙なんてこれっぽっちも出やしない。
「おら、泣くなってば」
「ひ、ぐ…だっでぇ…ゆうちゃん…」
「ああもうひでぇ顔だぞ。ほら、ティッシュ」
「う…ありがと…」
ティッシュを受け取り、器用に片手で鼻をかみ始める少年。
もう片方は、俺の手と繋がれている。
アキト。
クラスメートであり、同級生であり。
俺の“恋人”だ。
おかしい?非常識?
そんなの、どうでもいい。
少なくとも俺はまじめにそう思ってるし、アキトもそう言ってる。
それに、別に“そういうこと”をしてるわけじゃない。
ただ、手を繋いだり、触れるだけのキスをするだけだ。
そんな、小さな関係だ。
「…ゆうちゃん、公園、行こう?」
「しゃーねぇな」
最初は単なる友達。
いつの間にか、手を繋いで、一緒にいた。
別におかしいと思わなかった。
俺は、どこか壊れているのかもしれない。
だけど、それでも。
幸せだと、思っている。
「見て!見てゆうちゃん!すごいよ!」
「おー、ホントだ。すっげぇ桜」
桜が大好きなアキト。
さっきまで泣いていたのが嘘のように、大喜びで駆け回っている。
桜の雨で、一瞬姿が見えなくなる。
「アキト!!!」
消えるような気がして。思わず叫んだ。
お笑いぐさだ。
消えるのは、俺なのに。
すぐにアキトがこちらに駆けてくる。
「なに!?」
「いや…転ぶなよ?」
「わかってるよー…ふふふ、すごい!…あ!!」
何かを見つけたようで、すぐ戻ってくる。
「はい、あげる!」
「うおっ!?」
小さな枝ごと落ちたようだ。
胸ポケットへ入れられる。
照れくさいし、邪魔だけど。
笑って喜んでいる姿が嬉しくて、しばらくはこのままでもいいなと思ってしまう俺は単純だ。
「そろそろ帰るぞ」
「…やだ」
「は?」
「…もうちょっといたい」
「何言ってんだよ。もう暗くなってきてんぞ?」
「…………」
「おい。アキト」
「やだ!だって、帰ったら…!」
いつもは素直なのに。
なんだって言うんだ。
思わずイラついて、肩を掴んでこちらを強引に見させる。
でも、目は下を見ていて合わない。
「…帰ったら、なんだよ」
「…………」
「なにワガママ言ってんだよ」
「…ゆうちゃんは平気なの?」
「何が」
「ボクと、離れるの平気なの!?」
「…平気なわけ、ねぇだろ」
「不安だよ!だって、引っ越したら、きっとボクのこと忘れちゃう!それで、可愛い彼女とかつくるんだ!」
「つくらねぇし、忘れねぇ!必ず会いに来る!行ってやるよ!!」
「ほんと…?」
涙が浮かんでる目がこちらを見上げる。
「ほんとだよ。約束だ」
ほぼ強引に口付ける。
こわばっていた身体から力が抜けるのを確認し、離れた。
「だから、帰るぞ。別に、生きてりゃ、会おうと思えば会えるだろ」
「…ん、わかった。信じる」
「おう」
家の前。
いつもより離れがたいのは、多分アキトも同じ。
「ほら、アキト、手ぇ出せ」
「なに?」
「約束の証」
渡すのは第二ボタン。
受け取るのを確認し、代わりにとばかりに相手の第二ボタンをむしりとる。
「じゃあな」
「…ん。大好きだよ、ゆうちゃん」
「ああ、俺もだ」
アキトが家に入るのを確認してから、歩き出す。
冷たいモノが、頰を一筋流れた。
気づかないフリをして、俺は歩き続けた。