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文才無くても小説を書くスレ参加作品

明るくない未来

 とある文芸部に所属する少年と少女は、恋文を短歌でやり取りしていて……。

「明るい未来なんて想像つかないな」

 久しぶりの連絡で彼女ができてたと伝えたら、わざわざ電車を三つも乗り継いで会いに着てくれた親友には悪いと思ったものの、僕の正直な感想といえばそういうものだった。

「なんでだよ」

 この沖守凪人という親友は昔から変わらず正直者で、今もまた痛まし気な表情を隠さずにいる。

「別に、それが悪いこととは思わないんだけどね」

「いや思えよ。お前のことだろ」

 まるで自分のことのような気迫でそう言ってくるので、僕は笑いを堪え切れなかった。

「なんだよ。俺がおかしいのか?」

「大丈夫だよ」

 笑いを堪えながらそう言っても凪人の気持ちは治まらなかったみたいで、まるで抱き寄せんばかりの勢いで肩を掴まれた。

 それはさっきよりももっと必死な振る舞いで、自分のことでもないのに凪人は泣きそうな顔をしていて、酷い事をしてしまっているという自覚が今更ながらに湧いてきた。

「大丈夫だよ」

 手をゆっくりを押し退けながらそう言うと、凪人も不承不承ながら頷いてくれた。

 空はまだ青いものの日はもう落ちようとしていた。

 国道沿いの一筋隣の道路は案外人通りが少ないもので、凪人が駅に向かう道には殆ど何の障害もないと思えた。

 それが別れの近さを暗示していて、この優しい親友を不安がらせたまま帰らすわけにも行かないと、僕は早々にタネを明かすことにした。

「メールも頻繁にしてるんだ」

「……そっか」

 なんとか納得しようとしてくれているようで、やや難しい顔をしつつもそう言ってくれた。

「業務連絡以外は、原則として三十一音までって決められちゃったけど、それも楽しくてね」

「いや駄目だろ!」

 それに甘えて肩をすくめて冗談交じりに言ってみたが、冗談とは思われなかったようで怒ってきた。

 冗談だけど嘘でもないから、知らないなら怒っても仕方ないのだけれど。

「駄目じゃないんだよ。それがいいんだ」

 気弱げに見えてもどこか芯のある。彼女は、伊藤芙美はそういう女性だ。

 花も葉も茎も大きさの割りには難なく摘み取れそうで、でも一部だけ摘んでもそれほどの魅力はなく、全体的に柔らかなその風情を支えるその芯には侮りがたい幹がある。そんな芙蓉の木そのものだ。

 力任せに口説くのは、その風情を解さぬままに枝をへし折るも同然のことで、だから僕は芙美が願ったお遊びに付き合う。

 その樹の葉の一つも残さずに、全てをこちらの大地に移し変えるために。

「5・7・5・7・7で思いを伝えるのも案外楽しいもんだよ」

 そう伝えると、凪人はとても深い溜息をついて、嘆かわしいと言わんばかりの声音で返してきた。

「つくづく変っているとは思っていたが……」

 言い表せない部分は肘となってこっちのわき腹に襲い掛かってきた。

 本気ではなかったのだろう。咄嗟の事でも足を捻って身を捩ってかわす事ができた。

「あぶないなあ」

「変に気を揉ませやがって、コイツ」

 ヘッドロックのように掴みかかってくる腕を捕らえて、圧し掛かろうとする体重を押し返す。

 やけに手加減されているお蔭か、そのまま押し退ける事ができた。

「荒っぽいな、もう」

「荒っぽくて悪かったな」

 軽く握られた軽い小突きは、三度目の正直として受けておいた。

 やっぱり、痛くない。

「でもこれくらいなら大丈夫なんだな」

「何が?」

「足」

「ああ、うん」

 ぶっきらぼうにそう凪人に言われて、そういえば足の怪我を気にしていなかったなと今更思い出した。

「歩く分には平気」

「そうか」

「思ってたよりも文芸部が面白くてさ、さっきまで忘れていたくらい」

「そっか」

 とても分かりやすく、凪人は次第次第に笑顔になっていく。

「明るい未来なんて想像つかないとか冗談いうから、彼女と何かあったと思ったじゃねーか」

「芙美に何か言ったら、さすがの僕でも怒るよ」

「なるほど。……分かった」

 うんうんと頷きつつそういうと、凪人は駅の券売機に向かっていった。

 キップを買って、改札に向かいつつ最後に凪人は言った。

「恥ずかしいからって、明るい未来を内緒にしようとするなよな」

「えー」

 反論する暇もなく、僕のぼやきに重なるように声を張り上げて凪人は言った。

「じゃ、またな。大地」

「またね、凪人」

 だから訂正する事もできないまま、僕はそう言って凪人を見送った。

 けれど本当に、明るい未来はイメージがつかないんだけどなと、一人ごちても誰も聞く人はいない。

 日が暮れる。あちこちで明かりはついていても、それでも街は暗い。

 メールが届いた。


  大地には 色とりどりの 花が咲き 一輪の花 気付かれもせず


 咄嗟に振り返ると、駅と道路を挟んで反対側、少し離れたところに芙美がいた。

 つい駆け寄ろうとしたら、手で止められる。

 どうやらご立腹を演じたい様子で、僕はメールで口説けといわれているらしい。

 見られながら考えるのもなかなか


  厭う事 もはや終わりと 花に乞う 一輪の花 ここに植われよ


 送ると、その悪戯っ子のような笑顔が赤く染まった。

 近寄る事を止める動きはもうない。

「夕日のせいかな」

 そう言うと芙美は顔を俯けた。

「そ、そうかも」

 地平線に沈もうとしている夕日は西の空を赤くしている。街を赤く染めるほどの光はもうないのだけれど……。

「そうだろうね」

 僕はそう言っておいた。

 風情を解さないと、いや解そうとしないと、この背の小さな恋人はとても深くご立腹になられるんだから。

 隠す気はなくても、素直に伝えるのは恥ずかしいらしい。それでもどうにか伝えようと、芙美は様々な挙措で想いを表現しているのだろう。

 だとしたら確かに、無視しては大変な事になる。

 今だって、沈黙に耐えかねてか、ついと無言のまま芙美が歩き出した。けれどそれは決して僕を置いていこうとするような歩幅でもない。

 これは追いついて、そして闇の深くなった公園にでも連れ込むべきかな。

 彼女の親友がいるときはとても素直に明るく、白色の芙蓉の花のように大きく朗らかで、何も警戒することなく安心と信頼を晒している。

 けれど二人っきりになったらこのように、闇に溶けて輪郭のぼやける赤色の芙蓉の花のように、陰を抱えては不安を見せる。

 敢えて見せてきていると分かった今では、彼女のその不安を的中させるのが務めだとすら思えるようになった。

 僕には彼女と幸せになる未来が待っているだろう。

 彼女は僕といて悦びを覚える未来が待っているだろう。

 だけどそれは、白日の下で祝われるような明るいそれではなくて、もっと密やかで秘めやかな、薄暗い部屋で一本の蝋燭の火に照らされたおぼろげで艶やかな遊女の横顔のような、暗く静かな未来になるんだろうなと思えた。




 個人的に、これはリベンジ作です。

 とはいえ、まだややわかり辛いかな。

 かといって安直にしすぎると出したい空気が薄れていくし……。難しいところです。


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420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/08/23(金) 17:45:15.19 ID:+NNB0sKxo

第七回月末品評会  『明るい未来』


規制事項:10レス以内

       変な想像力を駆使して、各人にとっての明るい未来を描いてください。



投稿期間:2013/08/31(土)00:00~2013/09/01(日) 24:00

宣言締切:日曜24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。

※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※


投票期間:2013/09/02(月)00:00~2013/09/08(日)24:00

※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※


※※※注意事項※※※

 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)



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