二人の少女
「大丈夫なんでしょうか……?」
ゲルマンはモニターに目を通しながら不安そうに漏らした。
『やっぱ来るんじゃなかったァァァァァァァァァ!!!』
モニターに映る少年が熊に追いかけられながら叫んだ。
「仕方がありませんよ、彼自身が望んだことですから……」
不安そうに見つめるゲルマンの横で、椅子に座っている晴子がぼやく様に呟いた。そんな晴子自身も、モニターに映る少年のことが気になって心配そうに見つめている。
そんな彼女を横目に、ゲルマンは再びモニターに目を向ける。熊の一撃を間一髪のところでかわす。見ているこっちが目を覆いたくなるほどである。
「やっぱりやりすぎなん……じゃ……」
ゲルマンが苦笑いを浮かべ晴子に言ったが、その言葉が止まった。
「やっぱこの後はこれで……、あとはこうで……」
その視線の先に、晴子は何かのノートに書きなぐりながらっていた。そのノートにはデカデカとタイトルが書かれていた。
『修行の間特訓メニュー思案ノート』
ゲルマンの目が点になった。そのノートにはこう書かれていた。
『〇ッコロ大魔王的な何かと戦う』
『何でも吸収してしまう〇人ブ〇と決闘』
なんか、いろいろな意味で危なっかしいことがぎっしりと載っている。
「は、ハルさん……? これは……一体……?」
「あ、これは見ての通りですよ?」
ゲルマンの問いに清々しいほどの笑顔で答える晴子。
「これは……、いろんな意味で危ないんじゃ……?」
「ばれなければいいんです」
笑顔で恐ろしいことを簡単に言ってしまった。
すぐ横で生命の領域ギリギリを逃走する少年。また、いろんな意味でギリギリのラインを微妙に保っている(?)少女から目を離して、ゲルマンは部屋の隅っこに目を向ける。
そこには丸い椅子にうずくまっている由利がいた。由利はモニターに目もくれず顔をうずめている。
ゲルマンはゆっくりと由利に近づいた。
「お嬢様、どうかされましたか?」
「…………」
返事がない。
聞こえているはずだが由利にはまったく反応がなかった。そんな由利を見据えて、ゲルマンはため息をついた。
その頭に丸められたノートが振り下ろされた。
「何メソメソしてるんですか?」
いつの間にか晴子が由利の後ろにいてのーとで頭をこずいたのだ。
「…………」
しかし、由利には反応がない。
「由利……いつまでもウジウジしてるつもりなの?」
「……だって……」
由利が口を開いた。
「だって……、勇人は……」
ボソボソとつぶやく由利に晴子は溜め息を吐きながら手に持ったノートを更に丸め始めた。いきなりの行動にゲルマンが首を傾げていると、晴子は丸めたノートを先ほどよりも頭上高くに上げ振り下ろした。
「痛っ!!?」
由利がそんな声を上げて頭を抱える。突然のことにゲルマンは呆然としていた。
「あなたがいつまでもそんな風だから勇人君が苦労するんでしょ!! あの日、彼をココへ無理やりつれてきたのは誰っ!! 彼を問答無用で執事にしたのは誰っ!!彼の気持ちを考えようとしなかったのは誰っ!! あの日、彼の電話から聞こえたことで今更罪悪感を感じているのに何もしないのは誰っ!! あなたでしょう!!」
晴子の言葉が一つ一つが、震える由利の胸に深々と突き刺さった。
「彼にあんな仕打ちをすることには、それ相応の覚悟が必要と分かっていたはずでしょう!! なのに今更どうしようか分からなくてただ黙っている……、それこそ彼を苦し……」
「うるさァァァァアアいィィ!!!!」
由利は晴子の言葉を振り払うかのように大声で叫晴子を睨みつけた。晴子は静かにその姿を見つめている。
「お前なんかに何が分かるっていうのよ!! たかが、たかが使用人の分……」
「使用人だからこそ……彼と同じ境遇だからこそです!! それだけ彼の苦労が分かるんです!!」
晴子も負けじと声を張り上げて由利に言い放つ。
「っ!? ……うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさァァァアアアいィ!!」
そう叫ぶ長柄由利は部屋を飛び出した。目に大粒の涙を滲ませ、唇を血が出るほど噛み締めながら。ただがむしゃらに走っていった。晴子はそんな由利の姿を見つめ、自らも大粒の涙を滲ませながら小さく息を吐いた。
「……あ、あの~」
ゲルマンが声を掛けた。
「……っ、なんですか? 空気読めないんですか?」
手の甲で涙を拭いながら晴子が不機嫌そうに声を上げる。
「これ、お嬢様が落としていったものです……」
そう言ったゲルマンが差し出したものは古びた手紙だった。
ところどころ黄ばみがついていて、けっこう前に書かれたもののようだ。晴子暫くその手紙を凝視した後静かにそれを受け取り、ポケットにスルリと滑り込ませた。ゲルマンは不思議そうに見ている。
「お嬢様に……返しておかないといけませんね?」
晴子はそうつぶやくと、由利が走っていった方向に向かった。ゲルマンはそんな晴子を悲しそうな目で見送るしかできなかった。
「お嬢様か?」
ゲルマンはそうつぶやくとそそくさと自分の持ち場に戻っていった。