表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶対執事!?  作者: 暇人
執事とVRMMO日記
80/85

御曹司と決着

前回からものすごく遅くなりました。

すいません、本当にすいませんm(._.)m

狂戦士(バーサーカー)……?」


 大木の隙間からユラリと立ち上がったクロユリは、痛みに顔をしかめながらも殺気染みた視線を孝章に向ける。しかし、彼はそれに反応することはなく、ただ俯いたまま微動だにしない。


「……攻めないのならこっちから行くよッ!!」


 そう鋭く言い放ったクロユリが剣を構えて地面を蹴るのと同時に彼女の足に赤いオーラが走る。何かアーツを発動したのだろう、そのスピードは人間が出せる範囲を超えていた。

 そのまま突っ込んでいくクロユリの前方には、未だに俯いたまま微動だにしない孝章がいた。しかし、不意にその顔がゆっくりと持ち上がり、彼女と目が合った。


「ッ!?」


 その瞬間、彼女の全身を舐める様に寒気が走りまわり、心臓が狂ったように暴れ出す――――、




 よりも先に、その顔面に孝章の蹴りが突き刺さっていた。



「グガァァァアアアア!!!!」


 腹の底に響き渡る重低音を聞きながら、蹴り飛ばされたクロユリは態勢を建て直す暇もなくその身を大木に叩き付けられる。その衝撃に彼女は思わず自らのHPを見る。その瞬間、その顔から血の気が失せた。



 満タンだったHPが、たったニ撃(・・・・・)で七割まで削れていたからだ。


「なぁ――」

「グァァアア!!」


 クロユリの叫びを掻き消した孝章の咆哮は、彼女のすぐ横(・・・)から聞こえた。


 声のほうへと振り向くよりも先に、彼女の脇腹に孝章の剣が叩き込まれる。その瞬間、今まで感じたことのない衝撃と痛みが彼女の身体を貫き、その身体は再び空中に投げ出される。


「ぐっ!?」


 今度は何とか受け身をとることに成功し、追加ダメージは受けなかった。しかし、そのHPは六割弱まで削れていた。


 そのせいか、はたまた孝章の突然の変貌ぶりのためか、彼女の顔は驚愕の表情が貼り付いたままであった。


「何でよ!? さっきまで一割も削れなかったのに……それが何で急に!?」


 孝章が今の状態になる前、彼からのダメージはまともに五発受けてやっと一割が削れる程であったが、今彼からのダメージは、まともに喰らえば二割が消し飛ぶ。しかも、防具でしっかり固めていた場所でそのダメージだ。そんな顔になるのも無理ない。


 クロユリの悲鳴染みた声に応えるように、孝章は短く唸ると再び地面を蹴って彼女に突進する。クロユリはその勢いに一瞬気後れするも、直ぐに目を鋭くして剣を構える。


 しかし、その剣先は小刻みに震え、目にははっきりと恐怖の色が浮かんでいた。


 二人の距離は一気に縮まり、己の間合いに入ったと判断した孝章は、クロユリ目掛けて剣を横薙ぎに振り回す。クロユリは顔をひきつらせながらも素早く身を屈めてその軌道を避け、素早く剣を構える。


 孝章の攻撃を避けたクロユリを待っているのは、がら空きとなった彼の脇腹。しかも、孝章は攻撃モーションが終わっていないためこの状態から彼女の攻撃を避けることは不可能。


「ちょ、調子に乗るなァ!!」


 そう言い切ったクロユリは引きつった笑みを無理矢理浮かべ、がら空きとなった彼の脇腹目掛けて剣を振り上げた。




 しかし、そこに彼の脇腹は無かった。


 あるのは、彼を包んでいた白いオーラだけ。


「は?」


 彼女の剣は弱弱しく空中を漂うオーラを両断する。しかも、そのオーラの片割れは上、クロユリの頭上へと繋がっている。そして、彼女の顔に影がかかる。モーションで動けないながらも、クロユリは目だけを頭上に向けた。



 そこには、無表情の孝章が白いオーラを纏う二振りの剣を頭上高く振り上げていた。そして、その刃はクロユリの右腕に吸い込まれていく。



「ッァァアアアア!?」


 かすかに聞こえた肉を断ち切る音は、クロユリの絶叫によって跡形もなく掻き消された。


 絶叫を上げながら地面に崩れるクロユリの左手は、肘より先を失った右腕を固く掴んでいる。その指の間から白く光るポリゴンが飛び散る血のように指の隙間から(ほとばし)る。痛みにもがく彼女の頭上には、『右腕欠損:回復まで三十秒』のウィンドゥが表示されていた。


 それを見下ろす孝章は自らの足元でもがき苦しむ彼女を表情を一切変えずに見下ろした後、何故か彼女から距離を置いた。しかし、彼女のそんなことを気にする余裕もないため、呻き声を上げながらブルブル身を震わせることしかできなかった。


「ァアアアァ……ァァァァアアアアアア!!」


 気が狂いそうなほどの激痛をもがき苦しむクロユリの目に、二割を切ってなお下がり続ける自らのHPが映る。


 その時、ふと彼女の頭にある言葉が浮かんだ。




――――――『HPが0になると、死ぬ』―――――――



「か、回復しろぉぉぉおおおお!!!!」


 そう叫んだクロユリは周りを取り囲んでいるプレイヤー達を見回す。その目に、先ほど孝章のHPを回復させた治癒師(ヒーラー)が映る。その視線に気づいたのか、治癒師は「ひっ」と声を漏らして一歩下がる。


「あんただよあんた!! さっさと回復しなさい!!」

「え……でも」

「つべこべ言ってんじゃないわよ!!!! 殺すわよ!!」


 チラリと孝章を見る彼女に睨み殺さんばかりの目を向けそう脅すクロユリ。それに気後れした彼女は涙目になりながら手を向け、スペルを詠み始める。


「何ボケっと突っ立ってるの!! 回復持ちは全員やれ!! あたしのHPがなくなるだろうがぁ!!」


 一人の呪文では間に合わないと判断したクロユリが、血走った目を向けながらプレイヤーたちを怒鳴りつける。すると、治癒呪文を持ているであろうプレイヤーたちが一斉に身を震わせ、口々にスペルを唱えていく。


 それにより、クロユリのHPは減少の一途を脱してものすごいスピードで回復していく。それを見て、乱れた呼吸を整えながらクロユリは片手で何とか身を起こし、遠く離れた場所に静かにたたずむ孝章を睨み付ける。


「さ、さっきはよくもやってくれたなァ……雑魚の分際でェェェ!!」


 そう怒鳴り散らしながら剣で孝章を指すクロユリ。そのHPはようやく八割を超える。全回復するまで、あと十秒も必要ないだろう。


 ふと、孝章の身体がゆらりと揺れ、前かがみの姿勢となる。来る、と判断したクロユリはすぐさま迎撃の態勢をとる。そのまま一瞬の静寂が包む。その間にクロユリの右腕が再生、そのHPバーから黒が完全に消え去った。


「ガァッ!!」

「くそがァァァァァアアアアア!!!!」


 その瞬間、溜め込んだエネルギーを爆発させるように唸る孝章が、絶叫とも呼べる声を上げるクロユリが同時に地面を蹴る。二人の距離が縮まるのに、そう時間がかからなかった。



 先に動いたのはクロユリ。


 彼女は地面を蹴ると同時に剣を握る腕を脇まで引き、範囲に入った瞬間突撃の勢いを乗せ音速のごとき速さで突き出す。しかし、それを予想していたのか、孝章は表情一つ変えずに剣でそれを受け流す。


 受け流された剣を返す形で、今度は横薙ぎに剣を振る。しかし、それもハエをあしらう様に孝章によって受け流されてしまう。


「ッ、アアァァァアアアアアア!!!!」


 攻撃が当たらない事に焦りを感じ始めたクロユリは、叫びながら滅茶苦茶に剣を振り回す。しかし、その殆どは孝章の身体を掠りもせず空振りを繰り返した。


 その瞬間、足を引っ張られる感覚とともに視界がガクンと揺れる。地面を這う木の根に足を取られたのだ。


「ッ!?」


 視界が下がっていく彼女の頭上で、孝章が無表情のままに剣を振り上げるのが映る。その瞬間、クロユリの全身に悪寒が走り、無意識の内に左腕で自らの顔を庇った。


 このままいけば左腕を斬り落とされる―――そう彼女が気づいたのは、剣が振り下ろされた直後であった。無防備に差し出した左腕に剣が食い込む感覚と痛みが彼女を襲う。





 しかし、その痛みは一瞬にして消え去った。


 クロユリの腕に食い込んだ剣がパキン、という音とともに腹から折れて光の粒となって消えていったからだ。


「っえ……」


 突然のことに、クロユリは目を見開いたまま孝章を見上げる。その先で、相変わらずの無表情で光の粒となって消えていく剣の柄を手放す孝章。そこには何処か諦めの色が浮かんでいた。


 その瞬間、クロユリの目の色が変わった。


 彼女はガリッと歯を食いしばり、剣を下段から振り上げ孝章の片腕を斬り飛ばした。飛び散るポリゴンと共に、元々半分近かった孝章のHPがドッと削れる。それを見たクロユリの顔に、元の気味の悪い笑みが浮かぶ。


「死ねェェェエエエエ!!!!」


 そう叫びながら彼女は剣を大きく振り上げる。今度こそ、孝章をポリゴンの粒に変えるためだ。孝章は無言のまま腕に視線を落とすだけで、振り上げられた剣を見ようともしない。その瞬間、彼女は自らの勝利を確信した。


 しかし、不意に彼女の剣速が一気に落ちた。その理由は孝章の顔を見たせいだろう。





 何故なら、HPが半分も削れ、片腕を失って激痛が身体を蝕んでいるのに、その顔に狂喜(・・)とした笑みが浮かんでいたからだ。



「ガァァァアア!!」


 その表情に剣を振り上げたまま固まるクロユリの顔面に、孝章は容赦なく拳を叩き込む。それを食らって仰け反るクロユリの襟を掴んで再び引き戻し、更に頭突きと拳、最後に回し蹴りで再び後方に蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばされたクロユリは何とか空中で態勢を建て直し、眼下に居るであろう孝章を睨みつける。しかし、彼は目の前(・・・)にいた。



「な――」


 クロユリの叫びをかき消すように、彼女の顔、胸、腹などに無数の拳や蹴りが突き刺さる。それに比例するように、クロユリのHPがどんどん削れ、その残量が三割を切った。



 その瞬間、何故か拳の雨が止んだ。


「え……」


 突然拳が止んだことにクロユリは思わず目を見開くと、そこには後方へ大きくジャンプして距離を取る孝章の姿があった。


「……回復!!」


 瞬時に我に返ったクロユリはすぐさま後方に鋭い声を向け、回復が始まる。その間、彼女は遠くの方で佇む孝章を見つめる。


 孝章が何故攻撃を止めたのかはクロユリには分からない。が、彼のHPは残り三割程と、HPの差で考えればまだまだ彼女が有利だ。更に、彼女には回復が付いている。回復があるという点が消えない限り、どう考えても彼女に敗北の文字はない。


「回復が居る限り、アタシに敗北はない!!」


 HPが全快と同時に叫んだクロユリは恐怖と自信が入り混じった複雑な表情を携えながら再び突進。その叫びに応える様に、孝章も低いうなり声を漏らしながら同じように地面を蹴る。


 今度は孝章が先手を取り、右拳を音速の如き速さで突き出す。


(来た!!)


 待っていましたとばかりに顔を綻ばせるクロユリはその拳を避け、剣を振り上げる。


 狙うは孝章自身ではなく、突き出されて無防備な彼の右腕。孝章のHPが三割を切っているのを考えると、この腕を斬り落とすだけでも十分に削ることが可能。更に、先ほどは完全に目を離したせいで避けられたが、今度は目を離す必要がないので確実にその腕を両断できる。


「勝っ―――」


 クロユリがそう宣言する前に、彼女の目の前を孝章の左腕が掠めた。


 それは彼女の頭上、振り上げられた剣を握る腕を掴み、そのまま引っ張る。それと同時に、孝章が彼女の肩に噛み付く。


 そして、そのまま彼女の腕一本を持って(・・・)行った。


「ァァァァアアアアア!!」


 再び訪れた激痛に叫び狂う彼女の目に力を失った自らの腕と、握られていた剣が映る。そして、顔の目の前に『武器紛失(ファンブル)』の表示が出る。


 腕はそのまま重力に従って落ちていくが、剣は落ちていく中で何者かの手が、その柄を掴んだ。その瞬間剣の所有権が変わり、新たな所有者の名前が表示される。



『所有者:タカアキ』


 それを確認する前に、彼女の目の前に無数の閃光が走る。それと同時に、自らの片足が吹き飛んでいくのが見えた。


「ァ―――」


 彼女の叫び声は唐突に消える。孝章が彼女の喉を切り裂いたからだ。


 地面に投げ出されたクロユリは喉を押さえながらもがき苦しむ。喉を切り裂かれて声が出せない上、呼吸がうまく出来ない。


 声を出す代わりに、彼女は喉を手でギュッと押さえ、血走った目を周りのプレイヤーたちに向ける。しかし、誰も顔を青くしたまま立ち竦むばかりで回復しようとする者はいなかった。回復を悟らせようと、クロユリは残った腕を彼女たちに差し述べる。



 しかし、差し出したその掌を鋭く光る彼女の剣が容赦なく突きたてられた。


 クロユリが掠れ声を出す暇もなく、その後頭部に蹴りが入る。更にもう一発、今度は顔面。そして、地面にめり込むほど強く頭を踏み付けられる。


 ミシミシと頭蓋骨が軋む音が彼女の耳に徐々に大きく聞こえ、それに合わせてその顔に掛かる圧がどんどん強くなっていく。喉を切り裂かれて呼吸が上手く出来ない上、顔に掛かる圧が更に呼吸を困難にさせた。


 踏み潰されそうな中、彼女の視界に映るのは自らのHP。一割を切っている。


(このままじゃ……死ぬ)


 彼女がそう悟った瞬間、顔に掛かる圧が突然消えた。


 突然のことに目を見開くクロユリの視界に、彼女の掌から剣を引き抜いて再び距離を取る孝章が映る。その姿を見つめながらクロユリは片手で上半身を起こし、未だにポリゴンが零れる手の甲を見る。


 孝章があのまま攻撃を続けていれば、クロユリは間違いなくやられていた。なのに、彼はHPが残り少なくなるや否や攻撃の手を止め、距離を取る。ただの偶然と言ってしまえばそうだが、これで三回目、明らかに意図があって攻撃の手を止めているとしか思えない。


 呆けた顔で孝章を見つめていると、不意に暖かな光とともに彼女のHPが回復し始めた。我に返ったプレイヤー達が、怒鳴られる前に回復を始めたのだ。そして、HPが回復していくのを微動だにせずに遠巻きから見つめる孝章。



 この瞬間、クロユリはようやく悟った。



 孝章は、彼女のHPが全回復するのを待っているのだと言うことを。


「か、回復するなぁ……」


 それを悟ったクロユリはすぐさまプレイヤーたちに怒鳴ろうとするが、まだ完全に回復しきってない喉で大声を出せるはずもない。出てきたのはそよ風にも掻き消されそうなか細い声でしかなかった。


 声が駄目となると、次にできることは身体でジェスチャー。


 クロユリは咄嗟に再生した腕と残っていた腕を突き出して、思いっきり振る――――




 前に、孝章の剣が閃いて突き出された無防備な両腕を肩からスッパリ斬りおとした。


「ッァァァアアアアアアア!!!!」


 喉が完全に回復しきったクロユリの口から再び絶叫が飛び出し、両腕を失ってバランスを崩した彼女に追い打ちをかける様に今度はその両足を付け根の辺りから容赦なく斬り飛ばす。


 これで四肢を失ったクロユリはうつ伏せの状態で地面に倒れ、微かに身を震わすことしか出来なくなる。その姿を、孝章は一切感情の籠ってない目で冷たく見下ろす。そこに、『慈悲』の二文字は無かった。


「ァァァァ……」


 傷口を抑える腕をも失ったクロユリは、呻き声を上げながら身を捩じらせ、それに呼応するように傷口から大量のポリゴンが迸る。HPが0になるまで、時間の問題だ。


 うつ伏せの状態で身を震わせていたクロユリの身体を、孝章が足で仰向けの状態にさせる。仰向けになったクロユリの目に最初に映ったモノ――――――



 太陽の光を浴びて鋭く光る、自らに向けられた刺突剣。


「い、いや……」


 それを目にしたクロユリは無意識のうちに言葉を零した。その顔は、弱者を甚振(いたぶ)嘲笑(あざけわら)う者でも、激昂に身を任せて暴れ狂う者でも、自らの絶対的勝利を確信して突進する者でもない。


 強者から与えられる暴力を抗うことなく受け続け、恐怖する、只の弱者の顔であった。




「へぇ~、そんな声出せるんだ」


 不意に何処からか、まだ声変わりしきっていない少年の声が聞こえた。クロユリは刺突剣から、それを構える少年を見る。


「案外お前も、女なんだね」

「あ、あんた……」


 か細い声を漏らすクロユリの視線の先に、年相応の笑みを浮かべる孝章の姿があった。しかし、その目は一切笑っていない。そんな孝章は、笑顔を一切崩すことなく首を傾げた。


「と言うか、見せてくれないのか?」

「み、見せる……?」

「言ったじゃないか、『四肢全部切り落としても尚逃げようとするくらい根性見せないと』ってさ。自分が言ったんだから実践してみてよ、ほら」


 孝章の言葉に、クロユリは真張(イク)を殺した時に自らが言ったことを思い出した。そして、孝章の言葉と共に、今までの戦闘におけるある共通点に気づいた。



『孝章の攻撃は、自分が他プレイヤーにしたこと全て』であるということ。


 喉を切り裂かれたのは、瑠璃を殺そうとした際に止めに入ったカルタの腕を斬り飛ばした後、その首に短剣を突きたて切り裂いたこと。


 掌に剣を突きたてられたのは、瑠璃を甚振る際にその手に突きたてたこと。


 頭を踏み付けられたのは、麻痺で倒れた孝章を踏みつけて甚振ったこと。


 回復するまで遠巻きに待っていたのは、彼女が孝章の回復を待っていたことと。



 今まで行われた孝章の行動全てが、クロユリが今までやってきた行動とそのままリンクしていたのだ。

 


 そして、未だに達成されていないのが、真張を殺す際に胸を貫いたこと――――――。



「覚悟は出来てるかい?」


 思考の渦に飲み込まれていたクロユリの意識は、孝章の声と共に引き戻された。そして、目に映ったのは、一割を半分近く切っている自らのHPと、自らの腹部から数cmの場所に浮かぶ刺突剣の刃先。


「かかか、回復しろぉぉぉ!!!!」


 自分でも分かる位に震えている声で周りのプレイヤーたちに怒鳴る。その声に殆どの者がビクッと身を震わせた。



 しかし、誰一人として彼女を回復しようとする者は居なかった。


「な、何で……」

「当然だろ」


 蒼白な顔のクロユリが小さく呟くと、孝章がめんどくさそうに応えた。


「彼女たちは戦況の傾き具合と恐怖故、仕方がなくお前を回復していたんだ。だが、今の状況はどうだ? 明らかに僕の方が有利だろ。それに彼女たちは騒ぎを起こして男が帰ってくるのを望んでたんだ。この状況は、お前が勝手に出しゃばって、勝手に負けそうになってるだけ。お前に肩入れする義理なんかない」


 孝章の言葉を聞いたクロユリは蒼白な顔のままプレイヤー達を見る。クロユリを見つめる彼女たちの目は、敵対する者を睨み付ける者に近かった。


「さぁ、そろそろ終わりにしよう」


 その言葉と共に、クロユリの腹部にズイッと近づく刃先。その間は一㎝を切る。


「ま、待ってよ!!」


 突然声を上げるクロユリ。それにより、孝章が近付けていた刃先がピタリと止まる。


「ああ、あんただって同じはずよ!! 目の前から大好きな人、いや誰よりも大切な人が離れていくのを如何することも出来ずに見つめるしか出来ないのよ!! これ以上の苦しみがあるっ―――」


「ある」


 クロユリの言葉は、孝章の短い言葉で途切れた。話を途切れさせられたことにより、クロユリは黙って孝章を見つめる。


「絶対に実らない(モノ)を抱えること、それを諦めることなくいつまでも持ち続けること、その人の幸せを喜ぶこと、悲しみを肩代わりすること、怒りを自らのモノにすること。そして、その人の恋が別の場所で実ることをただ笑って祝福すること、そして……―――」


 孝章は先ほどから一変して自嘲染みた笑みを浮かべ、こう言った。




「目の前で、大切な人が消されたこと」


 その言葉は、クロユリは愚かその場にいたすべてのプレイヤーの耳に聞こえた。そして、その場にいた誰もが彼の大切な人が誰なのかを悟った。


「……もういいだろ」


 そう短く話を切った孝章はクロユリの腹部に近づけていた剣を頭上高くまで振り上げた。あとは、勢いを殺さずそれを振り下ろすだけ。


「ま、待っ―――」

「そう言えば、お前は『PK』って言う言葉が嫌いだったな」


 悲痛の声を上げるクロユリを、孝章は静かな声で黙らせた。不意に横からプレイヤーの騒ぐ声が聞こえたが、今の孝章には聞こえない。ただ、目の前にへたり込むクロユリに剣を突き立てることしか頭になかった。


「なら、こう言った方がいいか……」


 孝章の言葉と共に、先ほどまで自嘲気味だった笑顔から狂気が迸る不気味な笑みへと変わり、その口がこう動いた。




「死ね」



 孝章の言葉と共に、彼の頭上近くにあった剣が勢いよく振り下ろされる。クロユリの腹部に、深々と突き刺さるために。


「いやぁ―――」


 クロユリの悲鳴が真っ二つに切り裂かれると同時に、その腹部に剣が深々と貫いた。


 貫かれたことにより目を見開き嗚咽を漏らすクロユリのHPはみるみる内に削れていき、真っ黒に染まる。







 ハズだった。


「待ってください」


 鈴のような凛とした声が孝章の耳に響く。それと同時に、振り下ろそうとしていた腕を、何者かに掴まれた。突然のことに動揺する孝章であったが、すその動揺よりも気になるものがあった。


 それは、今しがた聞こえた声。いや、正確には、聞いたことのある(・・・・・・・・)声。


「待ってください、孝章様(・・・)


 もう一度聞こえたその声、更に孝章の本名を呼ぶ声。自らの腕を締め付けるほど握りしめる強さ、そして自らの肩にそっと置かれた手の温もり。


 どれもこれも、彼にとって今までに何度も感じたことのあるものばかりであった。


 孝章は顔を強張らせたまま後ろを振り返る。



「駄目ですよ、孝章様」


 そこには、いつも孝章の傍にいるメイドが柔らかな笑みを浮かべていた。

追記、ゲーム用語について少し説明


武器紛失(ファンブル)


戦闘中、何らかの強い衝撃を受けて武器を取り落とし、一時的に武器の所有権を失うこと。これを回復させるには落ちた武器を拾えば良いが、他人が拾った場合拾った物者に所有権が移る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ