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絶対執事!?  作者: 暇人
◆執事決定戦
8/85

執事と特訓

「しかし困りましたね……」

「何がですか?」

 孝章が帰っていった日の夜、夕食で使った食器を片付けている時に晴子がぽつりと溢した。


「今日、北条様が言っていた『北条式』のことなんですけど……、表向きは北条様が言ったとおり、北条家の繁栄と一族の幸福を願う式らしいんですが……」

「?」


「実は、裏では北条家の新しい執事を決める大会、言わば闘技大会みたいなのがあるんですよ」

「……はぁ?」

 晴子の言葉に、勇人は首を傾げる。

「闘技大会って……北条家の執事を決めるんですよね? だったら僕は関係ないんじゃないんですか?」

「実はそうとも言い切れないんですよ」

 勇人の言葉に晴子は洗い終えた食器を水切りに立てかけながら続ける。


「毎年、この安乃条家の執事もこの闘技大会に出場することになってるんですよ」

 晴子の言葉に、勇人は危うくイギリスの某高級メーカーの大皿(五百万円)を危うく取り落しそうになる。

「えっ!? や、でも北条家の執事を決めるんですよね?」

 勇人の言葉に、晴子は新たな皿とスポンジを握りながら頷く。

「だ、だったら案乃条家の執事が出る意味が無いんじゃないですか?」

「両家の交流として、特別参加枠として参加することになってます」


「…………マジですか?」

「マジです。それで、安乃条家の執事が危険で難しい仕事であるという要因の一つがこれなんです。なんせ、相手は執事になろうと真剣ですからね。最悪命を落とすかも知れませんし……」

 晴子の言葉に、勇人はまたもやフランス某有名ガラスメーカーのグラス(六百万円)を取り落とし、寸でのところで晴子がつかみ上げる。

「まぁ、頑張ってくださいね」

 グラスを勇人に押し付けながら、人事のように片付けた晴子は手をヒラヒラさせながらキッチンを後にしようとする。


「ま、待ってくださいよ!? そんな大会出たらいくつ命があっても足りません!!? 第一言いましたよね僕にはそんな力も能力もないって!!」

 勇人は悲痛の叫びを上げながら晴子の足にしがみついて助けを乞う。その姿に、晴子は困惑した表情を見せる。

「うーーん……。まぁ、無いことはありませんが……」

「ほ、本当ですか!?」

 晴子の言葉に勇人はぱぁ、顔を明るくする。晴子は一瞬勇人の顔を見てからすぐにそっぽを向いて続ける。

「ま、まぁ……」

「お願いです!! それを教えてください!!」

 晴子に喰らい付く勇人を見て、彼女は口に手を当ててちょっと考えた。暫くの間考えていた晴子は、もう一度足にしがみつく勇人を一瞥してから、大きなため息を吐いてこう言った。


「まぁ、いいですよ」

「あ、ありがとうございます!!」

「ただし条件があります」

 不意に飛び出した晴子の言葉に勇人は思わず二、三歩後退りした。


「……そんなに怖いですか?」

「いえ。なんか本能的に……」

「そんな人はもう知りません」

「うわぁぁああああ!! 助けてくださいぃぃぃいいい!!!!」

 再び晴子の足にしがみつく勇人。その姿に晴子はため息をついて掴んでくる手を払った。

「……まぁあの子が強制的に君を執事にしたんですから多少の手助けをしてもいいでしょう。今回は条件なしでいいです。ではこの後時間を置いてから私の部屋に来てください」

「はい!! ハルさんの言葉なら何なりと!!」

 そう叫びながら晴子の目の前で膝を折る勇人。その姿を見つめていた晴子は不意に顔を背けた。


「……これいいですね?」

「ん? どうかしましたか?」

「い、いえなんでもありません。と、とにかくこの話はこちらの準備ができ次第連絡をするので、では」

 勇人が顔を覗くように聞いてくるので、晴子は顔を見られない様にぱっと向こうを向いて歩いて行った。その姿に疑問を持ちつつも、勇人は取り敢えず何とかなることに安堵の息を漏らして自分の部屋へと向かっていった。


「はぁ……」

 晴子は廊下の曲がり角を素早く曲がって早足で歩いていく。その顔は太陽のように真っ赤に染まっていた。廊下の角を曲がった際、晴子は壁に寄りかかって小さく息を吐いた。


(ど、どうしましょう……。勇人君に覗き込まれただけでこんなに焦るなんて……)

 先ほどの勇人に覗き込まれてから、今まで心臓が狂ったようにバクバクいっている。顔も今までにないような熱を帯びている。こんなことは今まで一度もなかった。


「まさか私……。いや、余計なこと考えるものじゃありませんね?」

 早まった思考を冷静に保ちながら、晴子はゆっくりとした足取りで自分の部屋に帰っていった。帰っているときの晴子の顔はいつもと戻っているものの、顔が真っ赤だったのを彼女が知ることはなかった。



◇◇◇



「あの~~……。これはいったい……?」

「これって……修行の場所ですよ?」

「ですよね~……。あはは、あはは……」

 晴子の言葉に、勇人は顔を引き攣らせながらあいまいに笑った。


 そこはお屋敷のある一室……であるのだが、なぜかその扉の先にはこのお屋敷がすっぽり入りそうなほどの巨大な空間が広がっていた。扉は大きな寺院みたいな建物の入り口らしく、そこから見えるのは真っ白な壁が永遠と広がっている光景が広がっている。


 晴子曰く、この扉は別の建物、というか異次元に繋がっているらしい。その異世界に少し踏み込んで辺りを見回すと、入ってきた扉の横に、何故か巨大な砂時計が付いていた。逆の方を見ると、同じような砂時計がついている。それはまるで……。


「……これ完全に精神と時の……」

「それ以降はアウトですよ?」

「ふぁい……」

 勇人の言葉を消すように飛んできた晴子のキツイビンタを喰らい、真っ赤に腫れあがった頬を擦りながら勇人は涙目で頷く。


「ここではどなたでも自由に修行ができますし、ココの百八十日は外での一日ですから、余裕を持ってできますよ?」

「ああ、修練の……」

「それ以降は禁句ですよ? というかマイナー過ぎません?」

「ボケにもダメ出ししないでくださいよ……」

 先ほどとは違う方の頬をさすりながら、勇人は何とか声を絞り出す。

 『そんな失礼なこと言ったらなおさら駄目ですよ!!』と、晴子に突っ込みたくなったが、これ以上喰らうと精神面が崩壊しそうなので勇人は黙っておくことにした。


 そう決意している勇人をしり目に、晴子は扉の近くにあった建物に入っていく。勇人も晴子についていく。


 中は、人ひとりが寝るには十分すぎるほどの大きなソファーに、ダイニングキッチンがついている。その横には、催した際のトイレやテレビ、筋トレマシーンなどが完備されている。正直、勇人が住んでいた家よりも広いし、家具も最新のものばかりだ。

 何か悔しい……、と勇人は人知れず唇を噛み締めた。


 そんな勇人をしり目に、晴子はダイニングキッチンに置いてある白い箱の扉を開けて勇人に見せる。


 そこには、色とりどりの肉や野菜がぎっしり詰め込まれていた。


 豚肉の塊やベーコン、ハム、ソーセージ、チーズ、骨付き等。野菜はレタス、ピーマン、ニンジン、大根、パプリカ、トマトなどなど。あまり料理をしない勇人から見ても、その充実ぶりは目を見張るものがあった。


「食料はこの中にあります。なくなっても勝手に補充されるので気にすることもありませんから気にかけなくてもいいですよ」

「わかりました……」

それまるっきり精神と時の……。

「だ・か・ら、駄目だと言っているでしょう?」

「ぐあぁ……」

 もう、突っ込むのは辞めよう。

「お願いしますね?」

 ナレーションと会話しないでください。

「じゃあ、頑張ってくださいね~」

 勇人の突っ込みも軽くかわした晴子は、するりと扉から出て行った。


「……ふぅ」

 勇人は屋敷の部屋(?)を見まわして、ふとため息をついた。


(まさかこんなことになるとはな……)

 今更ながら、この安乃条家に来たことを後悔している自分が居る。


 安乃条家と古くからの付き合いである北条家。その北条家で開催される『北条式』の裏で行われる執事決定闘技大会。下手をすれば命を落とす。そのため、この部屋で百八十日間(外では約一日)の修行をしなければいけない。


 なんだかんだいって、この数日いろんなことがあった、いや起こりすぎている。逆にいろいろありすぎてこれが普通になってしまった自分が居るのだが……。


(また、元の高校生に戻れるのかな……? そしたら隼人や春乃たちとまたばかできるのかな……?)

 不意に、手の甲に温かいものが落ちてきた。


 涙であった。


 気付いた瞬間、せきを切ったように涙があふれてくる。後から後からどんどんあふれ出てくる。止めように止められない。おもわず後ろを向いた時。


「んぐっ!?」

 何かやわらかいものに顔面を突っ込んだ。


 何かはすごい弾力があり、勇人は後方に勢いよく吹っ飛んだ。その際後頭部を強打。

(やっぱついてねぇ……)

 そう溢しながらゆっくり上を見ると……。


「フーーゥ、フーーゥ、フーーゥ」

 鼻息を荒げ、不機嫌そうに勇人を見下ろす熊が立っていた。

「…………」

 勇人はフリーズした。


(何で熊が……? ここ屋敷の中だよね? ……てかなんで二足歩行……?)

 あまりの突然の出来事に思考回路が違う方向に行ってしまう。熊はこちらをじっと見つめたまま立っている。


 そのまま二分が経過した。


 まだ思考回路が戻らない勇人を尻目に、熊がのっそのっそと勇人に近づいていく。その距離三メートル。熊は勇人を獲物として認識したのか、後ろ足を下げて前のめりの態勢をとった。


 そして-----。


「ブアァァァァァ!!!?」

 熊が声を上げながら突進してきた。

「ッ!!? あぶねっ!!」

 間一髪 勇人はとっさに横に跳び回避した。


 熊はそのまま走っていったがすぐに方向を変えて突進してきた。迫って来る熊を後ろに勇人は反対方向に全力で走り出した。


(やっぱり来るんじゃなかったぁぁぁぁぁぁあああああああ!!?)

 そう心で叫びながら逃げ回る勇人であった。

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