執事と脱出
モブキャラだって夢が見たい!
「しっかし、ホントに遅いな~……」
勇人たちが色々と話し合っている宿屋の前、沢山の群衆がひしめき合う中、一人のプレイヤーがポツリと呟いた。
時刻は九時を回ったところ。彼がこの宿屋に到着したのが七時半過ぎだったので、約一時間半ココに居たことになる。彼は今なお沈黙を保つ宿屋を一瞥して、小さく溜め息をついた。
「やっぱ書き込みのせいかな……?」
彼がココに来たのは、掲示板に載せられた書き込みを見て、ノースと言う女プレイヤーに興味が持ったからである。
書き込みで『FCOに舞い降りた天使』だとか、『我等の目の保養』だとか、『我等が女神!! 聖母!!』なんて、彼女を女神扱いする書き込みを良く目にすることがあり少し気になっていたのもある。
更に昨日見つけた書き込みに、彼女がマゼンタクリーを飼育MOBとして、ソイツの効果が経験値一、五倍と言う魅力的なモノであるとたと書いてあったことに俄然気になり始めて今日やって来たと言うわけだ。
しかし、彼は別に彼女をパーティに誘うためにココに居るのではない。勿論、彼女が持つ経験値一、五倍と言うのには結構後ろ髪を引かれるが、パーティすら組んでない自分に彼女が気に止めることなんかない。例えるなら、人気アイドルの取り巻きみたいな感じかな? 一目見ればそれで十分みたいな?
「ノースちゃァァァんんんんん!! いい加減出てきてくれないかなァァァァ!? おにーさんとパーティ組もうよォォォォ!! 何が問題なのー!?」
「まずお前が問題だろ……」
隣のプレイヤーが声を張り上げて宿屋に問いかける男に悪態をつきながら、彼は再度宿屋を見る。
しかし、男の声に反応するものはなかった。まぁあんなんで反応されても困るんだが……。宿屋は沈黙を保ったまま平然と構えている。男の頭では、ある結論が成されていた。
「ガセだったかなー……」
良く考えてみると、ノースを絶対パーティに入れたいと思う人間がやりそうなことは、先ず同じ目的のライバルを出来るだけ排除することだ。そして、排除するのに手っ取り早いのが、偽情報を流して意識を別の場所に向けさせることであろう。
もしノースを手に入れたいがために掲示板に偽情報を流し、それに自分達がまんまと釣られたのなら、未だに彼女が出てこないのも頷ける。そして、偽情報を流した奴等は悠々とした足取りでノースに接触し、パーティに誘っているのかもしれない。
要するに、無駄足だったってことだ。
男と同じ考えなのか、一人、また一人と肩を落としてココを去っていくプレイヤーもちらほら見受けられる。その姿に、流石に迷惑だろうと思ったのか、男は踵を返して去ろうとしたとき、にわかに声が上がった。
何が起こったのかと顔を上げる。
そこには、宿屋の二階、左から二つ目の窓が開いているのが見える。今まで沈黙を保っていた宿屋の突然の変化に周りのプレイヤー達は一気に沸き上がり、各々好き放題に変態な歓声をあげていた。
「ノースちゃん居るのーー!? 居たら返事してー!!」「ノースちゃんー!! 少しで良いから顔見せてくれなぁ~い!?」「俺とパーティ組もうよー!」「寧ろ俺の晩御飯作ってくれぇ――!!」「スクショ取らせて――!! 出来れば上から見下されるのが希望です!!」「もういい!! 俺と結婚しよっ!!」「ノースは俺の嫁!!」「いいや俺の嫁だ!!」「勝手なこと言ってんじゃねェよ!! 彼女はみんなの……、いや俺の嫁だ!!!」「「「「「「テメェが言える立場かゴラァァァァァ!!!」」」」」」
新たな犠牲者がまた一人散っていった。複数のプレイヤーにボコられるプレイヤーをしり目に、男は再度窓が開けられた部屋を見る。
「……で、これからどうすんですか?」「物凄い注目集まってるよ~」「計画通りね。じゃあハルと真張、早速よろしく!」「はいはい……」「切り裂いちゃダメなんですよね?」
窓から漏れだす声と共に短めの詠唱スペルが聞こえてくる。
と、思っていたら、ガタガタガタと辺りの家屋が急に震えだし、足元の木の葉や砂利、石ころなどが勢い良く空に舞い上がり窓の方へと吸い込まれていくのが見える。明らかに空気の流れがおかしくなっていく。その光景に、周りの(まともな)プレイヤーがにわかに騒ぎ始める。
そして、ふと風が止み一枚の木の葉がヒラヒラと舞い降りるて来るとき―――。
「「エアスライド!!」」
二つの声と同時に巨大な爆音と、何かを吹き飛ばすバサバサッ!! と言う音と悲鳴が男の鼓膜を叩く。思わず耳を塞ぎ目を瞑る男の頭に、何か紙みたいなが被さった。頭に被さった紙を手に取り、そこに書かれていた文章に目を通す。
『スイマセン。私はもう他の人とパーティを組んでいるので、貴方達と一緒に行くことは出来ません。せっかく集まっていただいたのに、それを裏切ることになってしまい申し訳御座いませんでした。それと、もうこのような騒ぎは周りの方に迷惑になるので、出来ればやめてください。何卒、よろしくお願いします。by ノース』
紙には懇切丁寧に謝罪の文と、今後一切こんな騒ぎを起こすなと釘を刺すのが書き記されていた。と言うか、文面がアイドルの不祥事を謝罪する感じになってるのは気のせいか?そんなことを突っ込んでいると、裏にも何か書かれていることに気づき、裏返して読み始めた。
『この度は、うちのノースがご迷惑をお掛けして誠に申し訳御座いませんでした。彼女のアイドルとしての自覚が薄く、軽薄な行動のせいでこのような事態を招いたこと、深くお詫びいたします。しかし、今回の騒動の要因はとあるプレイヤーが掲示板に彼女のスクリーンショットを載せたことでもあります。なので、今後不用意に彼女のスクリーンショットを貼り出すのを自重していただきたいです。そして、今後このような書き込みとスクリーンショットがあっても、全て私どもとは一切関係ないとご理解頂けるよう、お願い申し上げます』
こちらもこちらで長々とした謝罪文を書き連ねていた。
(……、言葉が完全に芸能プロの社長なのを突っ込んだら負けなのか? いやでもこれは突っ込んでくれって言ってるのか?)
男が突っ込むか、突っ込まないかで堂々巡りに陥っていると、不意に彼に影が掛かった。
不思議に思って上を見上げると、黒いベルトを押し返す二つの膨らみが目の前にあった。
「へ?」
「あ」
二つの声が上がるか上がらないかのうち、男の顔は膨らみの中に埋もれていった。
ドシーーーン!!! と盛大な音をたてて二人は倒れ込み、その時に男は後頭部を思いっきり強打した。後頭部に鈍い痛みが走る。
目の前は黒一色に染められ、顔にはマシュマロみたいなものが押し付けられている感覚がする。オデコの辺りにドクドクと心臓の鼓動が聞こえる。
「痛たた……。もー、ハルさんたち力加減してくださいよ……」
塞がれた視界の上で少女の声が聞こえた。つまり、今自分の上に乗っかっているのが女である。
目の前を覆うほどの大きさで、マシュマロみたいな感触、心臓の鼓動が直に聞こえる。そして、頭上から声が聞こえる…………、つまり?
「さてと、ん? ……、って大丈夫ですか!?」
頭上の声は自分の下でモゾモゾ動く男に気づいたのか、慌てて男の上から退く。そして頭を持ち上げられ、また柔らかいもの乗せられる。それと一緒に、左目の辺りに柔らかいものが触れる。
「大丈夫ですか!? 頭打ちました? 痛みは大丈夫ですか?」
塞がれてない目を開けると、ボンヤリして見えないが、そこには美少女らしきプレイヤーが覗き込んでいた。
どうやら膝枕をされているらしい。じゃあ左目に乗っかるのは……?
「あ、目が覚めましたか。良かったぁ~……。起き上がれますか?」
「あ、ああ、はい……?」
少女に促された男は片手で背中を押されながら何とか身体を起こした。やはり後頭部を強打したせいで頭がクラクラする。
「うぁ……」
「やっぱり頭打ったんですね? ちょっと待ってください」
そう言いながら、少女はウィンドゥを表示させて何かの瓶を出現させた。
「これどうぞ。気付け薬です。あとハイポーションも」
「あ……、どうも」
痛みで視界がボヤけて良く見えない中で、気付け薬とハイポーションを受け取る。その姿を見て少女は(たぶん)ニッコリと笑い、服の砂を払いながら立ち上がった。
「皆さん! 集まってもらって申し訳ないんですが、私にはもうパーティを組んでるので貴方達と組むことは出来ません。なので、今日みたいなことを今後起こさないようお願いします!!」
少女はそこでペコリと頭を下げた。その時、見計らったようにその肩に赤い鳥が舞い降りた。すると、少女の足元から赤い光が発生し始め、少女の身体を包んでいく。少女の身体が光に包まれた瞬間、目を貫く鋭い閃光と共に、彼女の姿が光となって消えていった。
そして、頭上から鋭い嘶きが聞こえて上を見上げると、真っ赤で巨大な鳥がその羽を羽ばたかせて山の向こうへ飛んでいくところであった。
男がボヤけた視界で鳥が飛んでいくのを眺めていると、複数の影と明らかに人型じゃない影が掛かった。
「よぉ~……、良いご身分じゃねぇか……、ええ?」
「な、何が?」
「惚けンじゃねぇよ……。お前さっきその面埋めただろ? あの双丘に……」
「どうしやす……? 取りあえず逃げれないように手足縛りますか? 痺れさせますか? いっそのこと足切り落としますか?」
ちょっと待て。今明らかにオカシイ言葉があったよな?
「我等が天使、いや女神のむ……、にぃ! 顔を押し付けるとは……、羨ましい」
「因みにどんな感触だった? 何処まで顔を受け入れた? 臭いは? 汗臭い?」
「何言ってやがる! 女神は汗をかかない!! 勿論排泄物もだ!!」
「そりゃゲームの中だからな」
いつの間にか話が脱線して、女神は排泄するかしないか、簡単にいれば出すものは出すのかと言う議論に発展していった。
取りあえず、身の危険が危ういのでサッサとこの場を立ち去ろうとしたとき、不意に肩をガッチリ捕まれた。振り替えると、爽やかな笑みを浮かべたプレイヤーが、その笑顔に不釣り合いなほど禍々しいオーラを放つ明らかに人をいたぶるための武器を担ぎながらこう言った。
「取りあえず……、百三〇分の百二九殺しでいいや☆」
◇◇◇
「勇人……、アンタえげつないことしたわね……」
『え? 何がですか?』
「分からないなら気にしないで。取りあえず、私達はあのプレイヤーの冥福を祈るわよ?」
由利の言葉と共に、真っ赤な鳥の背中に乗る全員が黙祷を捧げる。
『でも、良く脱出出来ましたね? こんな無茶な作戦で、あんまり騒ぎにもならずに』
「騒ぎにはなったでしょ。掲示板で見た美少女が空から降ってくるなんて誰が予測できたとでも?」
真っ赤な鳥、もといマゼンタクリーに、いや正確に言えばマゼンタクリーの力を使った勇人に言い聞かせる様に由利が呟き、勇人は苦笑いを浮かべる。
彼処の宿から脱出する方法、それはマゼンタクリーの特殊スキルによって勇人をマゼンタクリー化させて飛び去ると言うものであった。
まだマゼンタクリーが勇人の手に無かったとき、マゼンタクリーがニックの父親と合体していたのは記憶に新しいだろう。つまり、マゼンタクリーにはプレイヤーと合体する何らかの特殊なスキルを持っている可能性があると由利と孝章は何となく推測した。事実、勇人がマゼンタクリーを手に入れた際、彼は『同化』と呼ばれるスキルをいつの間にか習得していた。
ここで説明をしておくと、『同化』とは、一定量のMPを消費することによって消費した分だけマゼンタクリーと同化、つまり合体してマゼンタクリーの身体を意のままに操ることが出来ると言うスゴイスキルなのである。
これより、マゼンタクリーと同化した勇人が先ず窓から飛び出し安全を確認して、そのあと残ったメンツ全員がマゼンタクリーに乗れば宿屋を脱出出来るんじゃね? と言う完璧(?)な作戦が二人の口から提案されたのだ。
しかし、いきなり自分たちがいる部屋からマゼンタクリーが飛び出すのはどうかと反論が上がり、一行は始めに紙か何かで下のプレイヤーに丁重に断りをいれた後、勇人が窓から顔を出して改めて謝罪。そしてそこでマゼンタクリーと同化して残りのメンツを乗せて飛び去ろうということになった。
「そして、紙を書き上げていざ飛ばすときに勇人くんも一緒に飛ばされたって訳だ。そして……」
「孝章様……、誰に話してるんですか?」
『気にしたら負けですよ』
一人ブツブツと何か説明している孝章を見つめる真張にそう言い聞かせながら、勇人少しスピードを緩めた。
「でも勇人。何で口で喋らないの? 正直不気味でしかたがないんだけど?」
『そーゆーことハッキリ言います普通?』
頭上の由利の言葉に、勇人はあからさまに落胆の声を上げる。
因みに今勇人はマゼンタクリーと同化しているのだが、口や表情などを動かすことが出来ないらしく、由利たちと会話も頭の中に直接問いかけるテレパシーを使用している。
『今更なんですが、孝章さんたちはこれからどうするんですか?』
「お? ああ、そう言えば何も考えてなかったなー……。何かクエストメール来た?」
孝章の問い掛けに、全員が即座に首を横に振った。
「……、じゃあ今日は自由時間ってことだな?」
「自由時間? どういうことよ?」
由利が怪訝な顔をして問い掛ける。
「この二日間、君たちは運営側からメールで届くクエストをやっていたよね? でもクエストって町にいるNPCやギルドなんかでも受注出来るんだ。それで、受注系のクエストの確認、また次の運営のクエストの準備のために、何日か運営側からクエストメールが来ない日があるんだよ。それが自由時間。この日は自分でクエストを受注してもいいし、レベル上げでダンジョンに入り浸りしてもいい。つまり、プレイヤーの過ごしたいように過ごせるんだ」
「そうなの? だからいつまでも経ってもメールが来ないわけだ……」
「……じゃあ聞くけど、ハニーたちは何か予定でも?」
感心したように呟く由利を尻目に、孝章が勇人に問いかける
『ああ、実は今から森に……』
「アタシの飼育MOBを手に入れに行くんです!! 」
『……まぁそんな感……』
「何!?」
横から割り込むように入ってきた瑠璃に同調するように勇人が言うと、孝章は物凄く反応し、身を乗り出して勇人に詰め寄った。
「僕もついていって良いかな!!」
『へ?』
「は?」
孝章の言葉に、勇人と由利は同時に声を上げて彼を振り返る。
『な、何を言ってるんですか?』
「だから僕もついていきたいんだよ!! だってハニーたちが削って瀕死だったけど、一様マゼンタクリーにトドメを指したのって僕だよ!? あの攻撃のお陰で双剣の耐久値一気に削られて修理するのに僕の所持金が半分も消し飛んだんだぞ!?」
「まぁ、悪質な生産プレイヤーに引っ掛かったのもありますが……」
「……、た、確かにそれもある! でも一様僕も討伐に貢献したんだ!! 報酬を受け取る権利はある!!」
一人大演説をする孝章を尻目に、由利は困ったように瑠璃を見る。
「あんなのが居ても別に良いかしら?」
「はい、大歓迎ですよ!! 同じ志を抱く同士を拒絶しましょうか、いやしない!!(反語)」
「でも、このメンバーでパーティ組むと結構動きづらいわね?」
勇人を含めて、今ここには七人。パーティの最適人数は四人であり、それ以上だと連携が取れにくく、 格下の相手でも苦戦を強いられると言われる。
「じゃあパーティを分けますか?」
「そうね……、じゃあ一つは飼育MOBを捕まえる組、もう一つは……、まぁレベル上げする組で分けるわね?」
由利の号令に、全員が即座に頷いた。
「じゃあ勇人くんはアタシと一緒ね?」
『え? 何で……』
「ちょ、ちょっと待ちなさい!! 何で勇人が瑠璃と一緒なのよ!?」
「だって飼育MOBは保持者がパーティに居た方が仲間になる確率が高くなるんですよ。だったら勇人とパーティ組む方が断然有利でしょ! ソースは獣使い!!」
「で、でも……」
瑠璃の熱弁にぐうの音も出ない様子の由利はチラリと勇人を見つめ、そして溜め息をついた。
「…………分かったわよ。じゃあ勇人と孝章と……、真張は瑠璃と一緒でお願いできる? そして、後の二人は私とレベル上げでいいかしら?」
「わ、私ですか?」
狼狽えながら由利に問いかけたのはいきなり指名された真張だ。
「一つのパーティ回復役は必須でしょ?貴女たちが向かう所はそこまで強くないだろうけど、何かあったときの保険は必要だしね。何より孝章についていった方が何かと都合が良いでしょ?」
そう言う由利は、キョトンとしている真張にウィンクした。その数秒後、由利のアイコンタクトを理解した真張の顔が真っ赤に染まった。
「や!? え!? その!! ななななな、何で分かるん!? …………わ、分かりました……。誠心誠意、孝章さまとお二方を御守りします!!」
「いや別に勇人と孝章のことなんかどうでも良いわよ。男だし、逆にこき使っちゃっても構わないわ。出来れば一番か弱い瑠璃をお願いね?」
「ハニー、気付いてると思うが真張は僕の使用人だからね? 第一に僕を守るのが当たりま……」
「了解しました!!」
「真張!? 何勢いで口走っちゃってんの!? ってか熱っ!? オデコ熱っ!? おい、一旦落ち着けって!!」
顔を真っ赤にさせながらあれやこれやと口走る真張を諫めようと必死に止めに入る孝章。
『何気この二人お似合いですよねー?』
「でしょー?」
「二人は何言ってるんだ?」
「何もよ。ね、勇人?」
『はい、何にもですね』
由利の言葉に勇人は同調するように声を合わせ、徐々に高度を落とし始める。
『それじゃ、前に見える広場に不時着します。準備は良いですか?』
前方下のぽっかり空いた広場を嘴で指した勇人の言葉に全員が頷くのを確認して、勇人はスピードを落として広場へと向かって下りていった。




