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絶対執事!?  作者: 暇人
執事とVRMMO日記
PR
65/85

執事と願い

「おおリリーよ! 死んでしまうとは情けない!! おまえのLvは……」

 教会なのに王冠被った太ったオッサンの言葉も聞かず、由利はそそくさと教会を後にした。


 教会を出て、中央広場を抜け、モーク広場をヨロヨロと危なげな足取りで進んでいく。途中、何人かと肩をぶつけたが、謝ることもしなかった。いや、出来なかった。


「………いだ」

 モーク広場の裏道に入った由利は、近くの木箱に腰を下ろして顔を手で覆った。

「……せいだ」

 唇を噛み締め、手に血管が浮き出るほど顔を押さえつけ、固くつぶった眼からは涙がポロポロ零れた。


「私のせいだ!!」

 ガンッ!! と拳を木箱に叩き付ける。


 あの時、もっと早く反応していれば。

 あの時、私が勇人を突き飛ばしていれば。

 あの時、私が犠牲になっていれば。


「クソッ、クソッ、クソッ!!」

 そう声を漏らしながら、ガン、ガン、ガンと何回も拳を叩きつける。木箱が叩きつける毎に軋み、耐久値がどんどん減っていった。何回か拳を叩きつけた拍子に、木箱は壊れてしまった。


 木箱が壊れ、由利は埃っぽい地面に投げ出される。投げ出された拍子に顔を強打したが、今はそんなことさえ気にならなくなっていた。由利は虚ろな目で、頬にこびりつく砂を指で摘まんで見つめる。現実と同じようなジャリっとした感触を残して、砂はサラサラと地面に落ちていく。


 あの時、アタシがしっかりしていれば……。

「勇人は……、死なずに」

「勝手に殺さないで下さいよ」

 突然頭上から声が飛んできて、バッと顔を上げると一人のプレイヤーが呆れた顔で立っていた。


「勇……、人……?」

「ほら、立ってください?」

 勇人は頭を掻きながら由利に手を差し伸べる。しかし、由利はその手を掴むこと無く、ただ虚ろな目を向けるだけであった。


「お嬢様……?」

 勇人が不思議そうに問い掛けると、由利は虚ろな目を地面に向けて黙り込んでしまう。

「…………ハァ、ほらお嬢様!!」

 勇人は由利の腕を掴むと強引に引っ張り上げる。


「こんなとこで寝てちゃ風邪引きますよ?」

 勇人はそう言いながら、無理矢理立たせた由利の身体に付いている砂埃を丁寧に払う。


「……んで」

 由利がボソッと呟く。

「何で……、勇人が……、死んだは…」

「いやいや、だから勝手に殺さないで下さい」

 勇人は小さく笑いながら否定する。


「それで、ほかの人たちは……」

 勇人が辺りを見回しながらそう言うと、由利の体がビクッと震えた。自分の体が微かに震えているのが分かる。そんな由利を見て、勇人は少し間をおいてから小さくため息をつき、強引に由利の手を取る。


「取りあえず、ココ出ますか?」

 勇人の問いかけに、由利は黙って俯いているだけだった。


「そうすれば、あんな奴にも寄り付かれませんよ?」

 勇人がそう言いながら路地裏の奥の方を指す。其処には、パツンパツンのジーパンにチェックシャツ、赤いバンダナに穴空き手袋を付けた小太りの男たちが、折り重なるように倒れていた。その全員に体の何処かに毒針が刺さっており、そしてその全員が何故か恍惚の表情を見せていた。


「ああ、美少女に痺れさせられるなんて……、僕もう死んでもいいk…」

「行きましょか、お嬢様」

 ボソボソと変なことを呟いているプレイヤーを踏みながら(ワザと)、勇人は由利の手を引っ張って路地裏を後にした。



◇◇◇



「で、どうしたんですか?」

 勇人は由利を引っ張りながら人ごみを掻き分けていく。

「……」

 由利は黙って手を引かれるままについていく。

「黙ってても、何も伝わりませんよ?」

 勇人が問いかけても、由利は黙って首を振るだけだ。そのまま二人は無言で歩き続け、いつしかモーク広場の一番端に来てしまっていた。


 其処はちょっとした広場になっていて、中央に樹齢400年はあろう大きな樹が立っていて、広場はその樹をグルリと囲む形になっている。


「落ち着きましたか?」

 勇人が後ろの由利に問いかけると、由利はこくんと頷いた。取り敢えず、近くにあったベンチに由利を座らせる。由利は小さく息を吐いてから、思い出したようにアイテムウィンドゥを開いた。


「これ……」

 由利が差し出したのは、勇人が消える直前に由利に手渡したジャックナイフであった。

「あ、ありがとうございます……」

 勇人は由利からナイフを受け取ると、そのままインベントリに放り込んだ。由利はその姿を見ながら、今度はアイテムウィンドゥを閉じて背中に手を回した。


「! それは……」

 由利が手にしたのは、由利が今まで愛用していた剣と斧であった。しかし、その二振りに剣と斧だった面影はなく、ただの刃がこぼれた木の棒と化していた。


「……この子たち、あたしを守ってくれたんだよ」

「……どういう意味ですか?」

 勇人が問いかけると、由利は力なく笑いながら淡々と話し始めた。


「勇人、消えちゃったじゃない? あの後、あたし何もかもが分からなくなっちゃって、気付いたらマゼンタクリ―目掛けて突進していたの。今考えるとバカなことよね? バカ正直に真正面から突撃するなんて……」

 勇人は黙って聞いている。


「案の定、マゼンタクリ―はあたしを迎撃するために光の槍を召喚して飛ばしてきたわ。あたし、その時避けるなんて概念が全くなかった。避けるでもなく、受け流すでもなく、ただ猛然と突っ込んでいった。そして、光の槍は私の胸を捕らえた」

 由利は胸に手を当て、静かに息を吐いた。


「何かとがったものが胸を抉る感覚で、私は一瞬正気に戻った。でも、時すでに遅く、槍は完全に私を捕らえ、あとはその勢いのまま私の胸を貫くだけだった。でも……」

 由利は手に持った残骸を持ち上げる。


「たまたまなんだけど、光の槍が当たる寸前に私の手から離れたの。そして、光の槍と胸の間に落ちてきて、光の槍が私の胸を貫くのを防いでくれたの……」

 由利は力なく残骸を握りしめる。

「それで、体力が0にならずに済んだのよ……」

「じゃあ……」

勇人が口を開いた。


「何でお嬢様ココにいるんですか?」

「!? そ、それは……」

 勇人の言葉に、由利はまた表情を暗くする。


「どうしてですか?」

「…………」

 勇人が覗き込みながら聞いてくるので、由利は渋々といった感じで続ける。


「言ったでしょ? 一瞬だけ正気が戻ったって。槍を喰らって生き残った後、私はまた正気を失って、そのまま突っ込んでいったの。まぁ、正確には『瞬歩』の連続技だったけど……」

「何で、一回戻らなかったんですか?」

 勇人の鋭い言葉に、由利は少し戸惑いながらも口を開く。


「我慢……、ならなかったのかな? 勇人が消されたことが……」

「僕は生きてますよ?」

「勇人が居なくなると、なんか頭に血が上っちゃってさ。いつも訳が分からなくなるんだよ……って、何で頭抱えてんの?」

「いや、こうも華麗にスルーされるとなんか……」

 一人で頭を抱えている勇人をしり目に、由利は微笑を溢しながら続ける。


「前、休暇と評して勝手に執事に適してるかどうかテストやった時、あんた消えちゃったじゃない?私と孝章だけが探そうと言って、あとは撤収しようとしていたって話したよね? あれ、ホントは私が周りの反対意見を押し切って探しに行こうとしたの」

「探しに行こうとした(・・・・・・)?」


「あんたの現在位置が把握できなくなった瞬間、いつの間にか検証拠点だったホテルを飛び出してアンタを探しに行った。……正確には探しに行っていた、かしら? 保護されたときはか細い声であんたの名前を何回も呼んでたらしいわ」

「何で、そんなに……」

勇人の問いかけに、由利は口をきゅっと結んだ。


「……無我夢中だった」

「え?」

「って言ったら嘘になるかな?」

 由利はそう言いながら力なく笑う。


「ホントは、怖かったんだと思う」

「怖かった……?」

「うん。あんたが……、あのまま何処かへ消えちゃうんじゃないかって……」

 その時、由利に瞳から何かが零れた。


「うちの家、もの凄くしきたりにこだわってるんだよ。お父様はそこまでだけど、特にお母様が……。勉強から楽器の演奏、食事のマナー、言葉遣いまで徹底的にしきたりに沿わせる人だった。だからあんたと会った時、変な言葉遣いだったでしょ?」


『まったく……、何危ない方向に妄想膨らませているのですわ!!』『……も、もう一度、言いますわ』

『ここは私のお屋敷ですわ』

 今思い出せる限りのことばとして、なんか語尾に『ですわ』ってつければいいんじゃね?みたいな無理やり感があるように思える。

というか……。


「……あれただ作者がめんどくさくなっただけじゃないんですか?」

 勇人の冷静なツッコミが聞こえてないふりをしながら、由利は遠くの方を見て話し続ける。


「あたしね、昔っから後悔ばかりしてるんだ。勉強で間違えた時、バイオリンの演奏で楽譜を読み間違えた時、食べ物を口に運ぶ時に落としちゃった時とか。あたし、鈍くさかったから……。そして、いつも決まってお母様から叱られてた、『お前は駄目な子だ!!』って。そのたびに部屋にこもって泣いてた。こうしなければよかったのに、こうしなければお母様に叱られなかったのに、って。だから後悔する癖がいつの間にか付いちゃったの。何をしても、真っ先に不安と後悔が来る。不安と後悔で頭がいっぱいになっちゃうの。でも……」

 遠くを見ていた視線を外し、勇人に視線を向ける。


「勇人と一緒にいると、何故か分からないんだけど笑えるんだよ。どんな結末が見えても、結末の後に大きな後悔が押し寄せてきても……。あんたの顔を見ると、自然と笑顔になるの」

「……何故?」

「分かんない。ただ、『安心』……、ていうのかな? あんたが近くにいると、心の中でモヤモヤしてることが、どうでもよくはないけど、ちっぽけなものだって、そう思えてくるの……。何故か心が落ち着くんの……。何故か笑顔になれるのよ」

 由利は力なく勇人に笑いかける。


「理由なんてない。あるのは……、安心するって事実だけ。それ以上も、それ以下でもない……。ただそうであるという事実……。でも……」

 そういうと、由利はまた顔を背けた。


「あの日……、確か勇人と孝章が初めて会ったとき、あんた自分の部屋で電話してたよね? あの二人に」

「…………聞かれましたか?」

 勇人は問い掛けると、由利は小さく笑う。


「あの男の子の声、もの凄く響くのね。扉越しからでも聞こえたわ」

 そう、それはとても私の心に響き、そして、私の心を深くえぐった。


 また間違いを犯してしまったという自ら思った一言でも、その時の自分の心を深く抉った。今度は取り返しのつかないであろう、絶対に間違えてはいけない間違い(ミス)をしてしまった、と。

「その時は……、ものすごく後悔した……。私の自分勝手な考えと、周りの意見を聞かずに行動に移した己の執着心、不十分すぎた周りへの配慮とその展開を読めなかった自分の矮小な頭に。そして何より……」


「あなたたちの絆(あいだ)に大きな傷をつけてしまったことへの罪悪感と、その間にすら入れないと気づかされた劣等感が……」

そう言った由利の体は小刻みに震えていた。

「不安だったんだよ? いつか、勇人の口から私を攻め立てる言葉が出てくるのかって、いつか私の元からいなくなってしまうのかって。ずっとビクビクして過ごしてきた……。」

震えが大きくなり、瞳から涙がポロポロとあふれてくるが、由利はそれでも必死に笑顔を保とうとする。


「怖かったんだよ? 勇人が、私のことを……、恨んでるんじゃないかって……」

由利の顔は、涙と後悔の色、懺悔の、罪悪感の色でグチャグチャになっていた。

いや、もっと簡潔に言うのならば、生まれて来たことを(・・・・・・・・・)後悔しているような、そんな顔だ。


その顔を見た時、勇人の胸に何か突き刺すような痛みが走った。痛みは勇人が顔を顰めた瞬間潮が引いてくように消えていった。


「いや……、もう……、分かってたんだよ」

由利が不意に口を開く。

「勇人が、私のこと……、恨んでるって……」

「違う!!!!」


勇人はいつの間にかそう声を張り上げていた。何故かはわからない。でも、由利の言葉を聞いた瞬間、弾かれた様に立ち上がり、そう叫んでいた。


由利は驚いたように勇人を見つめていたが、すぐに表情を崩し苦笑いを浮かべた。

「……、無理しなくていいのよ?」

「違う!!! 俺は……、俺は……!!」

(何でだよ……、なんでその先の言葉が言えねぇんだよ!!! 簡単だろ!!! 『俺はそんなことなんか思ってない!!!』って言うだけだろ!!! なんで言えねぇんだよ!!!)

頭では分かっている、でも口が、体が言うことを聞かない。自分の中にいる何かに声帯を取られたかのように、勇人は声を一つたりとも絞り出すことが出来なかった。


何とか声を出そうと悶絶する勇人の姿を見て、由利は小さく笑う。

「やっぱ、優しいんだね……」

由利がポツリとつぶやく。

「でも、きっと恨んでるよね? だって勝手に拉致して、勝手に執事をやれって言って無理やりやらせたんだから……」

そう言いながら、由利は俯いた。


「分かってるよ……。分かってる……」

由利は自分に言い聞かせる様に何度も呟く。その姿に、勇人は声を出そうと悶えるのをやめた。

どうしてかは分からない。だが、何故か勇人は悶えるのをやめて、そして真っ直ぐな目で由利を見つめた。今から、由利が口にする言葉がすでに分かっているかのように。


「私は、今まであんたにかけた苦労を水に注ぐことが出来るならなんだってする。たとえこの身がボロボロになっても、あんたから見限られようとも……。もちろん、口先だけの言葉ならなんだって言える……」

由利は顔を上げて勇人を見据える。

「だから、私は今までどうやって勇人に謝ろうか、どうやって償おうかと考えていたの……。もちろんいつも頭の中であれやこれやと思い浮かべていたし、無意識のうちにそのことを考えていたこともあった。そして……、今、ようやく決めることが出来た」

由利はそういうと、刃こぼれした剣を握りしめ、深々と頭を下げた。


「ごめんなさい」

由利はそのままの状態で10秒ぐらい頭を下げ続けた。顔を上げた由利は、何処かすっきりしたような顔で勇人に笑いかける。

「こんなんじゃ謝りきらないけど、まずは一回」


由利は手に取った刃こぼれした刃物を握りながら勇人に見せる。

「そして、これはあなたに罪を償うきっかけを与えてくれたもの。私はこれを、あなたへの『償い』の印とする」

由利は手に持つ刃物を力の限り握りしめる。現実だったら破片が手に食い込んで血が出ているだろう。いや、血が出ないこの世界で、その決意を刻み込もうとしたのかもしれない。目の前の執事に向けた、犯してしまった罪への『償い』を示すための、傷(しるし)なのかもしれない。


「例え、あたしが傷つくことが、それがあんたの願いであり、それが償いとなるのなら……、喜んでそれに従うわ」

由利はそう言って小さく笑った。

「だから、それで許してくれるよね?」

勇人は何も言葉を発しない。

が、不意に勇人の手が動いた。


由利が見せていた刃こぼれたした刃物を、強引に由利の手から引っ手繰ったのだ

「ちょ!?」

由利が取られた刃物を取り戻そうと手を伸ばしたとき、ピシッ、と音が聞こえ、勇人の手が一瞬ブレる。

「え?」

由利が声を漏らすと同時、


パキン!! と音ととも、勇人の手の中で、刃物は真ん中から真っ二つに折れた。折れた刃物はバランスを崩したように勇人の手から滑り落ちる。刃物は地面に落ちながら白い光の粒となり、カランと音をたてて光の粒へと姿を変えた。光の粒は地面に落ちると跳ねる様にバウンドし、そのまま地面に吸い込まれいった。


光たちが消えていった地面を、呆然とした様子で見つめる由利。今何が起こったか、全く分からない。目の前で、勇人への償いを宣言し、そして刃こぼれした刃物が勇人への懺悔の印だと言った。そしたら、勇人は由利の手から印を引っ手繰り、目の前で破壊してみせた。


「勇人!? 一体なn……」

由利がそう叫びながら勇人の胸ぐらを掴んだ瞬間、その言葉が唐突に途切れた。


「…………」

勇人は黙っていた。目を見開いて、歯を力の限り食いしばって、額に血管を浮き出させて、拳をブルブルと震わせて、身体をブルブルとふるわせて、勇人は黙っていた。その顔に、『怒』の表情を浮かばせて。


由利は思わず掴んでいた手を離し、一歩後退りする。

「……」

勇人が真っ直ぐ目を向けながら一歩由利に詰め寄る。由利はまた一歩後ずさる。

「……」

勇人はまた一歩踏み出す。

その表情は、相変わらず『怒』であった。


(怒られる……)

由利は思わず目を固く瞑り、顔を腕で守った。その際、涙が頬を流れた。

殴られる、罵られる、叱られる、叩かれる、間違えた(あの)時のように…………。




















「別に過去なんかで悩んでも意味がない」

「え……?」

由利は思わず顔を上げ、勇人を見た。勇人のさっきまでの『怒』の表情は消えていた。代わりに小さい子供に読み聞かせるような、そんな柔らかい表情があった。


「それよりも未来いまのことをあれやこれやと考えたほうがよっぽど楽しいと思う。過去に囚われてウジウジするより前を見て進む。どんなに失敗をしても、それが次の成功への糧となる。だったら、失敗を恐れず、何事にも全力で当たっていくことが何よりも大切で、これからの人生を変えていくものになる」

勇人が淡々と言葉を漏らしていくのを、由利は目を丸くして見つめる。

「例え、犯した罪が軽かろうが重かろうが、その行いを悔い改めて、正しい道、成功への道へと邁進まいしんする力に変えることができることが、本当の意味で『償い』になる……。ま、やりすぎは良くないけど……」

こう言い終えた時、スッと勇人が息を吸いながら目を開ける。由利はその姿を呆然と眺めているだけであった。勇人はその顔を見て、小さく笑う。


「これ……、お嬢様が言った言葉ですよ?」

勇人の言葉に、由利は無言で頷く。今の言葉は、勇人の私情の喧嘩に巻き込んでしまった、という群青と瑠璃の謝罪の際、由利自身が彼らに言い聞かせた言葉であった。


しかし、なぜ今その言葉を勇人が口にしたのかが分からない。何故なら、由利は今その言葉に従っているのだから。


「確かに、自分の犯した罪を償おうとするのは至極真っ当なことで、当たり前なことだと思いますよ? それが自分の身を滅ぼすことであるなら、それに従って滅びるのも全くの正当、正論、一般の認識に違いありません」

勇人は由利の頭に手を置き、クシャっと軽く撫でる。


「償わなくてはいけない人に一生つき従うのも、その人のために働き潰すのも、すべて正しい答えです」

「……そうよ、だからわたs……」

由利の言葉を遮るように、勇人が顔を近づけた。

「確かに、お嬢様がやってきたことは、『仕方がない』なんて簡単なことでは済ますことのできないことですよ? だって勝手に拉致して勝手に執事にしたんですから」

勇人の言葉が、由利の胸に思いっきり貫く。

「世間体に言えば犯罪なんですからね? しかも、それを権力と財力を持ってもみ消しにしたのも事実。消世間体では、謝って済むことじゃないですよ?」

「だ、だから……」

「勝手に執事にされて、わけのわからない試合に出場させられて、検証されて、『使えない』と判断されて、捨てられて、正直ふざけてんのかと思ってましたよ」

勇人の言葉が、さらに胸を抉る。

「俺自身の人権を真っ向から否定されて、自由を奪われ、友達とも引き裂かれ……、理不尽すぎだとおもいませn……」


「分かってるって言ってるじゃないの!!!」

由利が思わず声を張り上げて、勇人の胸に拳を叩き付ける。

「分かってるよ……、あんたがどれだけあたしを恨んでいるのか……。どれだけあたしを嫌っているか……、わかってr……」


「分かってねェよ!!!!」

勇人が叫びながら、由利の両腕を掴んで壁に由利を押さえつける。

「全然わかってない!!! お嬢様は…………、いや、由利(・・)は何もわかってない!!!!」


由利は思わず目を見開く。

「恨んでるだぁ……? 嫌ってるだぁ……? そんなもん、勝手に決めてんじゃねェよ!!!! 誰がそんなこと言った!!! 俺がいつそんなことを口走った!!!!」

勇人は目を真っ赤にしながら由利を見つめる。

「勝手に人のことを決めつけんな!!!! 自分の中だけで人を結論付けるな!!!! 今のお前の行動は、ただ自分のイメージを他人に押し付けてるだけじゃねェか!!!!! ただ自分と同じ考えを他人に押し付けて、自分が満足してるだけじゃねェか!!!! そんなんで人のこと分かったような口きいてんじゃねェぞ!!!!!!」

勇人は一通り叫び終えると、そのまま黙って由利を見つめる。荒くなった域を整えるために、肩が忙しなく動く。由利は勇人の一喝を聞いて、顔に影を落としていた。

そして……


「……んないよ」

由利がボソリと呟く。

「…………何?」

「分かんないよ!!!」

由利が叫び声を上げながら勇人に詰め寄った。その瞳にあふれんばかりの涙を携えて。

「分かるわけないじゃん!!!!! 人の頭の中だよ……? そんなの分かる人が居るわけない!!!! メンタリストじゃあるまいし!!! だからあたしたちは自分の考えを相手に同化させるしかない!!!! そうするしかないのよ!!!! アンタだって思ってるんでしょ!? あたしが憎いって……、嫌いだって!!!! 」

最後の言葉を漏らす際、由利の眼から大粒の涙がポロポロと零れる。

「思ってねェよ!!!! だから勝手に決めつけんな!!!! 勝手に人の考えを踏みにじんな!!!」

「じゃあなんなのよ!!!! あたしはあんたに何をしてやればいいのか分からないの!!!! じゃああんたは何をしてほしいのか教えてよ!!!」

「笑え!!!!」















いま、なんて?

なんていったの?

心の底から、由利は勇人に問いかけた。


「笑えばいいんだよ!!!! ただそれだけだ!!!!」

何で? 何で笑わないといけないの?

あたしはあんたを傷つけた。そして償いにあたしが傷つく。

これが普通でしょ? これ以外何か方法があるの? 何で笑うの?

笑えるのは傷つけられたあなたで、傷つくあたしを見て笑うんでしょ? 何で、どうして傷つけたあたしが笑うの? 笑うことが出来るの?


「……熱くなってすいません。それと、先ほどの言葉のご無礼、お許しください」

勇人は深々と頭を下げた。

何で? どうしてあなたが謝るの?

「先ほどの話に戻りますが、償われる人間が、償う人間を傷つけたいと思うなら、償う人間はそれに従わなければならない。それが自然の摂理です。」

分かってるよ……、それがあたしたちでしょ? あたしが傷つくことを、あなたが願っている、違うの?


「でも、これには一つ落とし穴があります。先ほどは、償われる人間が気付付けたいと思った、しいては願ったことで、この関係が成り立つんです。だけど、それには例外があるんです」

何で? それが普通なんでしょ? 何で? 何であなたは私を抱き締め……、って、ええ!?


放心状態だった由利は、突如勇人に抱き締められたことで正気を取り戻した。勇人は力の限り由利を抱き締め、その肩に顔を埋めている。由利が急いで引き剥がそうと腕に力を込めた時、勇人の体が小刻みに震えていることに気付いた。


「例外が……、僕です。お嬢様に、笑っていてほしいって、暗い顔をしてほしくないって、そう願っている例外なんです」

勇人が絞り出した様な声を聞いたとき、由利の身体が強張り、その瞳から一滴の涙がこぼれた。

「自分の犯した罪を後悔や懺悔するよりも、それを償おうと努力することは、お嬢様が言った通り決して悪いことじゃないんです。分かってます……、でも、思いもしない、願いもしないことを勝手に自分の本心だと決めつけられるのは、とても悲しいことなんですよ? 僕みたいに笑ってほしいのに、そんな悲しい顔をし続けることが自分の願い(つぐない)になるなんて……、悲しすぎますよ……」

「だから……、忘れないでください……。」

勇人は抱き締めていた腕を解き、由利の頭をやさしく撫でた。


「償いの先に、人の思いが、願いが、人そのものがいるってことを……」

由利は思わず手で口を塞いだ。目からあふれんばかりの涙だが後から後から流れ出てくる。心臓が狂ったように鼓動を刻み、体中が熱くなってくる。胸の内に溜まっていた思いが、今になって一斉に込み上げてきた。その思いが一気に吐き出されようとしている。

「それと……」

勇人がぼそりと呟いた。


「ため込むのも……、身体に悪いですよ?」

「~~~~~~~~~!!!!」

勇人の言葉の後、由利は感情の全てをぶちまけた。おもいっきり、ワンワンと声を上げながら。まるで、今までため込んでいたものをすべて吐き出すように。人目もはばからず、子供のように泣きじゃくった。

「笑ってくださいよ?」

勇人が小さく呟くが、その言葉が聞こえて無いようで、由利は更に泣き声を上げる。その姿に、勇人は小さく息を吐く。


「ま、無理強いはしませんが……」

そう呟く勇人の手には、一枚のスクリーンショットが表示されていた。

これはクライマックスじゃありません

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