執事と加盟
「ま、マジですか?」
勇人は目の前の青年が下げた頭を上げるのを見つめて思わず呟いた。勇人の言葉に、ニックはムスッとした顔で肩を落とした。
「何で驚かれるんだよ……? 俺様しょんぼり……」
「あ! いや、その……、すいません……」
ワザとらしく肩を落とすニックに、勇人はあたふたと慌てて近寄る。
「だ、だいじょうぶで……!?」
勇人の言葉が途切れたのは、いきなり腕を掴まれて引き寄せられ、抱き締められたからである。
「え!? ちょっと!?」
「へへ、つっかまえた~っと!」
ニックは無邪気な笑みを溢しながら勇人の髪に鼻を押し付ける。髪に鼻を押し付けられにおいをかがれた勇人は逃れようとジタバタもがくが、身体をガッチリと固定されて動きたくても動けない。
そんな勇人たちの光景に、周りのプレイヤーは面を喰らったような顔で突っ立ってる者、若干顔を赤くしてそっぽを向く者がほとんどだった。一人を除いて。
「何さらしとんじゃァァァァアアアアア!!!!!」
突然由利がその体のどこから出るの?と言いたくなるような咆哮を上げながら構えていた剣と斧を素早く腰のあたりに引いて、そのまま地面を蹴ってニックに突っ込んできた。
その際、赤いオーラが発せられ、由利の勢いが跳ね上がる。
「『ソニックスライド』!!!!」
由利が鋭く叫ぶと、剣と斧を時間差で前方に斬り上げる。剣が空気を切り裂く風圧が辺りに突風を巻き起こし、辺りのプレイヤーの視界を奪った。
『ソニックスライド』は、先ほど由利がした様に剣を腰のあたりに構えて一気に突進し、その勢いを剣に乗せて前方に斬り上げる技である。また、斬り上げる際に辺り一体に小規模なソニックブームを起こす追加攻撃が存在し、主に群れで行動するMOBに切り込みかく乱させる対MOB用の技である
。
その威力は他のものより劣るもの、その速度は片手剣技中最速であるため、人間の反射神経では避けることは不可能に等しい。あんな至近距離で放たれたら尚更だ。
辺りはソニックブームで巻き上げられた砂ぼこりにより視界が遮断されている。その中で静かに立っている由利は手に持つ剣と斧をに目を落としていた。
正直言うと、手応えはかなりあった。腕に走った鈍い衝撃が、確かにニックに一太刀浴びせたことを裏付けている。
筈だった。
「ああっ……、オニューのコートが……」
「ッ!?」
不意に背後で声が聞こえ由利は反射的に振り向き、振り向き様に剣で砂ぼこりの層を容赦なく切り裂いた。斬撃の軌道残る砂ぼこりの層が綺麗に裂けて、その間に藍色のコートがヒラヒラはためいているのが見えた。コートも襟から裾まで一直線に切れ込みが走り、左右にハラリと分かれて地面に落ちる。
「あぁ…………」
切れたコートの影から、ニックが足元に落ちたコートに弱々しく手を差し伸べているのが見えた。そこに勇人の姿はない。
「まだ買って2時間くらいしか……」
ニックはしょぼーんと肩を落としているが、由利は剣と斧を握る手に力を込めた。
(どうして!? 何で立っていられるの!?)
確かにソニックスライドはニックの身体に当たった。なのに、ニックはケロリとした顔で突っ立ってる。
太刀で受けた? いや、太刀で受けた場合は鋭い金属音が鳴るはずだ。
由利が困惑した表情で突っ立っていると、ニックは布きれと化したコートを拾い上げる。ニックの手がコートに触れた瞬間、コートは光の破片となって散り散りに消えてしまった。
「15000ギルが……」
「コートより自分の心配をしたらどうな……の!!」
由利の鋭い叫びと共に、二振りの刃がニックを襲う。
「わわっ!!!!」
ニックは声を上げながら四mほど大きく後方に飛びその刃を避ける。由利は鋭い眼光をニックに向けたまま歯をギリッと噛み締める
「ちょ!? ま、待った待った!!! ストップストップ!!! 落ち着いて!!!」
ニックが両手をブンブン振りながら慌てて口を動かす。が、由利はその姿に怒りが頂点に達した。
「落ち着けるかァァァァァァァアアアアア!!!!! てかテメェが言うなァァァァァァァァアアアアアア!!!!」
火に油を注ぐとはこのことか、と血が上りすぎた由利は盛大にシャウトしながらニックに全力で斬りこむ。このままでは騒ぎが大きくなってしまう。不意にニックの手が下がり、その手にいつの間にか太刀が握られる。
「仕方がないか……」
ニックは苦虫を潰した様な顔でそう呟くと、小さく地面を蹴った。
小さく……なのか? ホントに小さくか?
だって、ニックの体はまだ二、三m距離が開いた由利の目の前に突然現れたのだから。
「ッ!!!?」
由利は斬りかかった剣を引っ込めようとするが、その前に白く光る刃が横からかすめ取った。あっ、と声を上げる暇もなく、ニックは由利の首筋に手刀を叩き込む。由利の足が吊っていた紐を切ったようにグニャリと崩れ、前のめりに倒れる身体をニックが片手で受け止める。
「お嬢様!!!!」
「安心して。気絶しているだけだから」
勇人が駆け寄る先にニックが由利を寝かせ、ポーチから青色の小瓶を取り出しその一滴を由利の額に落とす。
パァーッと青いオーラが一瞬立ち上がるとすぐに消えて、由利がモゾモゾと動き出した。
「気つけ薬」
ニックがそう言いながら小瓶をしまうと、由利は頭を押さえながらヨロヨロと起き上がる。
「気分はどう?」
「……、最悪の気分だけど……」
由利がまだくらくらする頭を振りながらムスッとした顔で呟く。由利は勇人の手を借りて何とか立ち上がり、ニックを睨み付ける。
「おっと待った!! 俺は別に君とやりあおうなんて思ってねェよ?」
「………………」
ニックの言葉に、由利は信用ならないと言いたげな白い目で睨みつけてくる。
「…………、はぁ~」
その姿を見つめながら、ニックは何か思い付いたようにこう言った。
「じゃあこうしよう。俺は君たちのパーティに入れさせてもらう」
「「「「「はあっ!?」」」」」
その発言に、周りのプレイヤーたちはいっせいにニックに詰め寄った。
「何言ってんの!?」「俺達と一緒じゃないのか!!?」「何であんな娘と!!!」「もう一回考えて!!!?」
周りから数々の罵声、おもに勇人たちの罵声を浴びながらニックは何か早口で説明している。そして、プレイヤー達は口々に文句を言いながらもそれぞれが散り散りに去っていった。去っていくプレイヤーに手を振りながら見送ると、ニックはコチラを振り返りニカッ、と笑った。
「よし、これからよろしくな!!」
ニックの言葉に誰一人として反応するものはいない。
「あの……、どういうことで?」
勇人がそういうと、由利はこくんこくんと首を振る。
「? だから、君たちについていくんだよ」
ニックは当たり前のようにそう言うが、全く理解できない。
「何で僕たちなんですか?」
「理由なんている?」
「出来れば」
勇人がそういうと、ニックは頬ポリポリ掻きながら素っ気なく言った。
「まぁ、何だ。君たちに興味があるから、かな?」
「興味……ですか……?」
「まぁ気にすんなよ!!! さぁ行こうぜ!!!」
ニックは慌てた様に話を終わらせ勇人の手を取り、そのまま強引に引っ張っていった。由利たちも仕方がないと溜め息を吐いて、その後を追っていった。
◇◇◇
「あっつ…………」
勇人は手足をだらんとさせて今にも倒れそうな声でそう呟いた。
好き勝手に長々と生えた雑草を踏む、または切る、目の前に飛び出ている枝を折る、または切る、MOBがご丁寧に排泄していったウ〇コを脇に押しやる、または投げつける、こんな作業を長時間繰り返しているのだ。因みに、投げつけたウ〇コは風の力(人為的な)で吹き飛ばされ、計算された様に勇人の頭に降り注ぐ。
「もうやだこんな立ち位置…………」
髪にウ〇コを付けた勇人が肩を落としながらそう呟くと、後ろから声がした。
「何やってるの? 早くしないと進めないじゃない?」
「そろそろ変わってくださいよ~……」
勇人の呟きに対する声は聞こえなかった。
勇人は大きな大きなため息(全員に聞こえる様な)を溢すと、また目の前の道を作る作業に戻る。
今勇人たちが進んでいるのは、ツインリベロから南に進んだ『グリーンベレー』と呼ばれる湿地帯である。ココは昼夜問わず気温が高く湿度も多いため、大型の肉食MOBや草食MOBが多く生息しておらず、植物系MOBが数多く生息している。植物以外のMOBが踏み込むことはまずなく、仮に踏み込んだものは生きて帰ってこれない、まさに植物の植物による植物のための王国なのである。では、何故そんな植物の王国を進んでいるかというと……。
「ホントに……、ココにいるんですか?」
「ああ、間違いない」
勇人の問いに、ニックは自信満々に答えた。
『このエリアの何処かに『カヤノヒメ』と呼ばれる泉がある洞窟があり、そこにシアンクックの群れがいる』
これがツインリベロを出る際、ニックが教えてくれた情報である。
渡り鳥であるシアンクックは綺麗な水辺を好んで住処にする習性があり、季節によって水の透明度がもっともよい場所に住みつくのだという。そして、今の時期は『カヤノヒメ』の水が一番透明度が高く、シアンクックもそこにいる、というのがニックの見解である。
それしか情報が無いので、ていうかニックが言うならそれしかないでしょ? もし違ってたら、勇人たちは運営側に喧嘩売りに行くつもりだ。
「とりあえず、前進あるのみ!!」
ビシッと前方に指される由利の指を全力でへし折りたい衝動を抑え込みながら、ひたすら草を掻き分けていると不意に視界が開けた。妙に開けた広場みたいな場所に、勇人の背丈二倍はあろう大きな洞窟が重々しく鎮座していた。
……いや、洞窟?
洞窟の縁ってあんな刺々したもの付いてるっけ? 洞窟の内部の壁って緑色だっけ? あんな変なネバネバした液体垂れてるっけ? あんなビクビク動くっけ? あと、洞窟の周りの何か生き物の骨が散らばっているのは何故?
明らかに、ホントどう見ても洞窟ではない何かが、大きな口を開けて待ち構えていた。
「説明を……っ?!」
勇人がそう言おうとしたとき、突如地面から無数の触手が飛び出してきた。不意を付かれた勇人の肩を触手が掠めると、掠めた辺りの服がシューシュー音を立てて溶けていく。
「何あれっ!?」
大きく後方飛び距離を取った勇人が肩を押さえながら悲痛な声を上げる。
「恐らくこの辺りのボスMOBだろ。侵入者が来たことに触発されたんだろな……、いやぁ悪い悪い!!!」
「のんきに分析している場合ですか!? 来ますよ!!」
勇人の言葉と共に、数本の触手が矢のように飛んでくる。それらを横飛びで回避しながら勇人は矢を構え照準を定める。狙うは、スルスルと戻っていく触手の一本。
予想範囲が出た瞬間、一息に矢を放つ。放たれて矢は一直線に飛んでいき、正確に狙った触手に突き刺さった。しかし、直ぐに音を立ててドロドロに溶けてポリゴンとなり消えていった。
「何か出てんの……」
勇人がそう吐き捨てると同時、二つの影が勇人の傍らを通り過ぎた。
由利とニックである。
「「ウオォォォォォオオオオオオ!!!」」
二人が咆哮を上げながら突っ込んでくるのを、触手達は二人に狙いを絞り一斉に襲いかかった。
「今だ!!」
ニックの声と共に、二人はクルリと向き合って互いに技をぶつけ合う。途端、ものすごい金属音と小規模なソニックブームが巻き起こり、襲いかかってきた触手達が怯んだように動きが鈍る。その瞬間、二人の周りに無数の閃光が走り、その線に沿って触手たちがバラバラと地面に落ちる。
しかし、触手は次から次へと数を増やし襲いかかってくる。
「ちっ!! キリがない!!」
新たに出現してきた触手の攻撃を掻い潜りながら、勇人は矢を構えて飛び出してきた触手に放つ。深々と刺さった矢は、またもやドロドロに溶けて消えていった。
「気を付けてください!! ソイツの体液は触れるだけで耐久値が減ります!!」
瑠璃が飛んでくる触手に針を突き刺しながら声を張り上げる。獣使いである瑠璃には、MOBの弱点や属性などを見極めるスキル『観察眼』を持っているため、この言葉は本当だろう。瑠璃の言葉に、勇人は触手の攻撃を掻い潜りながら納得した。
元々耐久値が低い矢は、触手に刺さった瞬間耐久値が0になって消えていく。つまり、矢特有の持続ダメージが期待できない。勇人にとって、分が悪いMOBだ。
勇人は後方に飛んで距離を取ると、素早く詠唱スペルを唱え、SPDを一時的に二倍にする魔法を由利とニックにそれぞれかけると、一様自分にもかけておく。
「勇人くん!!」
勇人がかけ終えたとき、瑠璃が声を上げた。
「アイツの弱点は【火】だよ!!」
「ホントですか!?」
瑠璃の言葉に、勇人は素早くポーチから火力薬を出現させて前線の二人に使う。
途端、二人が振るう剣の軌跡に沿って炎が上がり、触手たちに引火する
「ナイス勇人!!!」
燃え尽きる触手たちを剣で払いながら、由利がそう言った。勇人も火力薬を煽り、素早く矢を構えた
その時、突然大きな地響きが起こり、洞窟の口が動き出した。
洞窟は周りの岩を噛み砕きながらゆっくりと口を閉じていき、崩れる岩に紛れて緑色の皮膚みたいなものが現れ、黄色い目が無数についている顔が現れた。
背丈は勇人の三倍。その内2/3ほどは顔が占めている。バカでかい顔に似合わない細い首筋に小さな胴体。背中らしき場所には羽が付いている。
洞窟だったものは大きく口を開けて耳をつんざくような咆哮を上げた。
『ゴックンパッカー』
大きな口の横にHPバーと共に出てきたウィンドゥにそう表示されていた。
見た感じ、食虫植物を巨大化して自我を持たせた感じ。自在に振るわれる触手は恐らく根っこであろう。というか、ここまでリアルに再現する必要があるのだろうか? 多分普通の女子なら悲鳴を上げて失神するレベルですよ。
「つまり、失神しない私たちは普通じゃないと……」
短剣を構えながら笑顔を向ける晴子に全力で土下座していると、ゴックンパッカーは口からネバネバした液体をそこら中に撒き散らした。液体に触れた草木は一気に茶色になって地面に溶けるように消えていく。恐らく周りの草木を腐らせて自分の養分にしているのだろう。
太い木までは流石に腐らせることが出来ないようなので、後方側は一旦木の上に避難。飛んでくる液体を腕で払い落としながら、由利はまた剣を構えて突っ込んでいく。我等がお嬢様に、避ける、逃げるという概念は微塵にも無いようです。
そのまま由利は大きく飛んでゴックンパッカーの右肩を切り裂く。切口から炎が上がり、ゴックンパッカーが悲鳴を上げながら触手を由利に向ける。しかし、由利は空中で器用に身体を反らして触手を避け、お返しとばかりに触手を斬り飛ばす。
その下、いつの間にかゴックンパッカーの懐に潜り込んでいたニックが大剣を振り回しがら空きの胴体を切り裂く。切り裂かれた場所から火柱が上がり、徐々にゴックンパッカー身体を蝕んでいく。
(あぁ、何かゴックンパッカーが可哀想に思えてきた……)
大木の上から二人の戦闘を眺め、勇人は思わずポツリとつぶやいた。
こういうゲームのMOBって、パターンさえ分かっちゃえば無傷で倒せちゃうからね。
前線の二人がさっきの魔法の効果で目にも止まらぬ速さを見せ付け触手を翻弄、斬り飛ばす、胴体を切り裂く、顔を切り裂くという一方的な私刑が展開されている。
そんな二人を見ている勇人のお仕事は、周りにワラワラ集まってくるチビ達を矢で次々と葬ることです。
何か飛ばされた液体が草木を腐らせ養分として地面に消えていった所から、約半分ぐらいの確率でゴックンパッカーの子供みたいなのが出現してきていきなり襲ってくるんですよ。チビ達一匹は強くないものの、巣を攻撃された蜂みたいに次から次へとワラワラ出現するので、それらを相手するのは結構疲れるんですよ。
地味なところで速射と3本射ちが役に立ってくれている。
よく見ると、晴子や瑠璃も大きい方は前線二人に任せてチビ達を相手にし始めている。まぁいい経験値源ですからね。こういうときに稼がないと稼ぐチャンスがありませんから仕方がないよね。
ある程度チビ達を葬ったところで、後ろからものすごい断末魔が響き渡り、由利たちも勝負が着いたことを告げる。振り返ると、ゴックンパッカーが仰向けに倒れていくのが見えた。チビ達はボスが殺られたことで蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
剣を収めながらコチラに近付いてくる全線組のHPは四割ほど削れている。流石に無傷では無理だったのだろう。
「お疲れさまです」
勇人は労いの言葉と共に前線二人にポーションを渡す。二人は口々に例を述べながらポーションを一息に飲み干した。
「さて、ここからが本番だぞ」
ポーションを飲み干したニックが前方を指差した。
そこには、先程ゴックンパッカーが潜んで(?)いた場所がポッカリ空いていて、その奥に人一人が通れそうな小さな穴があった。
「あれが……、『カヤノヒメ』がある?」
「ああ、そうだ」
つまり、ゴックンパッカーはこの洞窟を守るMOBだったようだ。
洞窟の入り口はちょうどゴックンパッカーの喉辺りにか? じゃあ、あそこには入ることはつまり…………、考えないでおこう。
知らない内に顔を青くした勇人に気付くはずもなく、一行は洞窟の中に進んでいった。