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絶対執事!?  作者: 暇人
◆プロローグ
4/85

執事と強制

(ここは……どこだ?)


 目を開けると、ぼんやりとした天井のようなものが見えた。何がどうなっているかわからない。身体を起こすと首筋に鈍い痛みが走った。


「あれ……? 確か俺学校にいたよな……? それで転校生がやってきて……」

「ああ、起きたの?」


 不意に声をかけられて振り向くと、そこには勇人が通っていた学校の制服に身を包んだ一人の少女が立っていた。


 しかし、勇人はその姿が一瞬だれか分からなく、首を傾げる。


「……もしかして見覚えてないの? 一応あそこで自己紹介したんだけど?」

「自己紹介……? あ! 転校生だっけ?」

「そ、そうよ。で、名前は?」

「……」


 少し考える勇人を見つめる少女。その表情は何処か嬉しそうであった。


「……田中良子?」

「そんなモブキャラみたいな名前なわけないじゃない? そして私の代わりに全国の田中良子さんに謝りなさい」

「すいませんでしたァァァァ!!!」


 愚弄したの君だよね!? と言う突っ込みは、何処から取り出したスリッパを構える少女の笑顔によって掻き消されたので、勇人は彼女の言葉通りベットの上で全力で謝罪する。


「……まぁ、いいわ。私の名前は案乃条 由利。このお屋敷の主よ」


 少女こと、案乃条はあきれたような口調で近くにある椅子に腰掛けた。


「お、お屋敷すか……」


 案乃条の言葉に勇人は恐る恐る周りを見渡す。


 今勇人と案乃条がいる部屋は来客用の寝室みたいだ。しかし、そんじゃそこらの旅館と違い、壁、床、天井はすべて大理石で作られており、その天井にはとても大きなシャンデリアが四つ付いている。壁にも装飾が施されており、そのクオリティは名の知れた彫刻家が舌を巻くほど見事なものであった。

 学校からヘリで連れてこられたと言うことは、多分屋上にはヘリポートか何があるんだろうな? なんて勇人の想像を掻きたてる。


「……あ、そういえば忘れるところだった」


 勇人は思い出したように声を上げて案乃条を見据える。


「学校で言った……執事になれってやつ? あれってどういう意味なの?」

「ああ、あれ? そのままの意味と受け取っていいわよ」

「そのままの意味……?」


 勇人は口に手を当てて考えてみる。


 まず、彼女は勇人をここに連れて……正確には拉致してきた。しかも、その理由は勇人に執事をやって欲しいというお願いを聞いてもらうためだ。でも何でただの高校生の勇人が? 執事だったら勇人よりももっと格好良くて優秀な人たちだってたくさんいるはずだ。それに、勇人は彼女との面識は一切ないはずだ。それなのに、向こうは面識あるらしく、しかもわざわざ主自ら転校生のフリをしてまで勇人を連れてこようとした。


「あの……話がぜんぜん読めないんだけど……?」


 勇人の言葉に、案乃条は軽くため息をついて話し始めた。


「じゃあまず案乃条家の事から説明しようかしら? 我が安乃条家は明治から続く由緒正しい家柄で、案乃条家を中心としたANZグループは今では世界トップクラスの会社にまで発展してるの。あなたも聞いたことがあるでしょ?」


 彼女の問いかけに、取り敢えず勇人は首を縦に振っておいた。


「その案乃条家十二代目次期当主がこの私、案乃条由利なのですが、生まれてこの方私には執事と言うものが居なかったの。それも、案乃条家の権力を手に入れようと近づいて来る不穏な輩の襲撃が後を絶たず、常日頃からSPの皆さんに囲まれていた私に執事と言うものは必要なかったの。でも、私はどうしても執事と言うものが欲しくなって、それで今回あなたを拉致……連れてきて貰ったのよ」

「今拉致って言ったよね?」

「気にすることじゃないでしょ?」


 自らの失言を、案乃条はうぬも言わさぬ笑顔で畳んだ。


 要約すると、常日頃からSPに囲まれた生活に嫌気がさしたから執事を求めて勇人を連れ去ってきた……。なんだそんな理由でか……じゃあ仕方がないな~……。


「てなるかボケェェ!!!!!」


 勇人の突然のツッコミに、案乃条は驚いたような顔で身を震わせた。


「いやいやいやいやおかしいでしょ!? 先ず初めの前置きいる!? 俺を連れてきた理由ってただ『執事が欲しかったから』だろ!!!! 始めの会社の話いるぅ!? あと俺を連れてきた理由!!! 何度も言うが『執事が欲しかったから』ってどんだけしょうもない理由だよ!!!! 今どきの小学生でもしょうもないってわかるよ!!!! それに常識的に考えてみろ!! 極々普通の高校生が、いきなり拉致られて執事になれって言われて、『はい、分かりました』なんて二つ返事で言わねぇよ!!」


 途端に勇人の口から流れる様なツッコミが噴き出した。しかし、案乃条は顔色一つ変えずにその姿を見守っていた。


「冗談じゃない!! なんで俺なんかがそんな危険なことやらなくちゃいけないんだ……よ……」


 まだまだ言い足りない勇人であったが、背後からもの凄い殺気を感じたので、強制的に言葉が詰まってしまった。恐る恐る振り返ると、案乃条の後ろに控えている黒スーツの大男たちが一斉に勇人を睨んでいた。


(アレ……? なにこの空気……? この『執事にならないと()っちゃうよ?』みたいな空気……)


 黒スーツの男たちにリンチされる映像が頭をよぎり、勇人の体中からいやな汗がダラダラと流れた。安乃条は静かに勇人を見据えた。


「もう一度言います。私の執事をしなさい」

「いやあの……そ、それはちょっと……」


 勇人があいまいに笑いながらぼそりと呟くと、黒スーツの内の一人が徐に懐に手を入れた。


(!? や、ヤバイ……このままだと確実に殺される……。この世から存在もろとも抹消されるゥゥゥ!!!)


「……もう一度言います。私の執事をしてくれますか?」


(なんで敬語に替わった!? あれですか? もう我慢の限界ですみたいなかんじなのか!!?)


 心のなかで盛大にツッコむが、『声を出したら殺す』というスーツ男からの殺気によって喉まで出かかった言葉が引っ込んでいった。


 俯いて黙り込む勇人とその姿を静かに見つめる安乃条と大男たち。今この状況で、勇人が選択できる選択肢はただ一つだろう。



「わ、分かったよ……。やればいいんだろ!! やれば!!」


 しぶしぶと言った感じで答える勇人。しかし、その姿を見ながら案乃条が意地悪っぽく笑いかける。


「執事は敬語で主人に話しかけるはずだけど?」

「くぅ……」


 勇人は渋々といった感じでひざを折り、案乃条に頭を下げた。


「わ、分かりました……。わ、私めを……あ、あなた様の……し、執事にしてください……」


 勇人の言葉に安乃条は顔を一気に明るくし、「うん! うん!」と何度もうなずきながら先ほど懐に手を入れた黒スーツに手を差し伸べる。すると、男は忙しなく懐の中を引っ掻き回し、何か黒いものを取り出した。


「どうぞ、飴にございます」

「飴かよォォォォォオオオオオオ!!?」


 勇人は溜りに溜まった怒りをぶつけるために、近くにあった机に拳を振り下ろそうとする。しかし……。


「それ、三百万円の机だけど……」


 ぼそりとつぶやいた安乃条の言葉に、勇人の拳がピタリと止まった。


「くぅ……ぎぃ……!」


 勇人は誰でもいいからこの怒りをぶつけれる場所を探したが、案の定、周りは高級品ばかり。結局自分の拳をつよくつねることで怒りをなんとか押し殺し、そのまま近くの椅子に倒れこんだ。


「一応言っておくけど、あたしの執事になるんだからこれからはお嬢様か由利お嬢様、とでも呼んで頂戴ね? じゃあねまた後でね~」


 安乃条が意地悪っぽく笑うと、黒スーツ男を引き連れて部屋から出て行った。勇人は絶望感に打ちひしがれ、燃え尽きた灰のようにただ虚空を見つめていた。



 勇人が部屋で真っ白に燃え尽きている時、廊下を歩いている黒スーツ男の一人が少し心配するように由利に問い掛けた。


「……本当に大丈夫なんですか? あんな弱そうな少年を執事にして……?」

「いいのよ。これでやっと約束(・・)を守れそうだし。あと、今後勇人のことを悪く言ったら減給するわよ?」


 安乃条の言葉に首をかしげる黒スーツ男であったが、自分が彼女らに遅れていることに気が付くと、慌ててその後を追った。



◇◇◇



 取り敢えず、執事服に着替えた勇人が思い出したように案乃条に問いかけた。


「そう言えば、親父たちにはどう説明するん……ですか?」

「お金で買収しましたわ。『コレで遊んで暮らせる!!』って大喜びでしたわよ?」

「親父ィィィィィィイイイイイ!!?」


 最後の砦と考えていた勇人の望みは、いとも簡単に断ち切られたのであった。

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