表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶対執事!?  作者: 暇人
◆執事決定戦
16/85

執事と戦い

 一回戦目は真張の言ったとおり、洗濯であった。


 ルールは至ってシンプル。


 制限時間三十分の間に各選手に配られたカッターシャツを洗うのだが、そのカッターシャツには様々な汚れや黄ばみが計算されたようにこびり付いており、一つ一つをきちっと正確な方法を迅速にやらなければとても間に合わない。


 開始前に、唐松審査員長が手本として選手たちの前でやって見せたが、コレが早いの何の。泡が踊るようにカッターシャツを包み込み汚れを落としていく。あまりの速さに、会場中が息を呑んだ。


 ものの二十分ほどで、カッターシャツは新品のごとく白い輝きを放っていた。会場中が賞賛の拍手を送ったが、唐松は顔色一つ変えず、ブスッ、とした表情でマイクを受け取り、強く握り締めた。


『それでは……始めぇぇ!!!』


 こうして開始されたのだった。



◇◇◇



 唐松審査員長の開始宣言から二十五分が経過した。


 勇人はギリギリ滑り込む形で何とか間に合った。制限時間内に間に合ったことに安堵の息を漏らすが、すぐ近くで言い放たれる無慈悲の声に、思わず身を震わせた。


「駄目だ、失格」

「う、嘘だろ!!!」

 唐松審査員長の温かみの影も見えない言葉に、背広でキッチリ決めていた男が頭を掻き毟り悪態をつきながらトボトボと脇を歩いていく。その哀愁漂う姿を見つめながら、勇人は自らが洗ったカッターシャツに視線を落とした。


 これまで何人の人が落ちたんだろう……。


 すべてではないが、確認できる範囲では誰一人合格と言われたものが居なかった。ほとんどの人が手渡して数秒で『失格』の二文字を叩きつけられていたのだ。一点の曇りも無いその判断に、会場中がどよめいている。その中で、合格したものは本の一握りだろう。


 そんな不安を抱きながらカッターシャツを改めてみる。


 一応手の尽くせるだけはしたつもりだ。しかし、焦っていたのでしっかり隅々まで行き届いていることが心配でたまらなかった。

(ポケットにごみが溜まってないか……? 黄ばみはちゃんと堕ちているか……? 厄介な墨汁は落ちているか……? 垢や汚れが隙間に入り込んでいないか……?)


 疑いだしたらきりが無い。ますます不安とプレッシャーで頭がおかしくなりそうだ。


(ととと、とりあえええ、ず、おおおおちちちつけえええ!!!!)

 頬を力いっぱい叩いて自分を奮い立たせる。しかしそれすらも逆効果でしかなかった。


「うむ、合格だ」

 唐突に声がして、会場中がどよめいた。


『ここでようやく十三人目の進出者が出ました!!!』

 巨大なスピーカーを通して、実況が狂ったように叫んでいる。

『進出者はエントリーナンバー三九七八番、クルーム=マトリック選手です!!!』

 そう呼ばれたのは一人の少年であった。


 小麦色の肌に赤と黄色の布を巻きつけた、いわゆるサリーを身にまとった少年。歳は十八歳ぐらいだろうか、勇人より一回り大きく身体もがっちりしている。短めの金髪に鼻が高くとても端正な顔立ちである 耳のイヤリングが太陽に負けじと輝いていた。


 クルームは黙って観客席を見回していた。観客の歓声にもこたえることなく、ただじっーと見回している。


 そして、不意にクルームと目が合った。どうしていいのか分からなくて、勇人は取り敢えず曖昧に笑ってみせる。クルームは黙って勇人を見つめていたが、踵を返してスタスタと控え室へと消えていった。


 曖昧に笑ったのに無視された、なんか変な感じである。


「うおおおおいい!!! 何で俺様が失格なんだよぉぉぉぉ!!」

 突然鼓膜がやぶれるほどに爆音が勇人の鼓膜にストレートを咬ましてきた。あまりにも急すぎて、失神しそうになったが何とかこらえた。声の方に目を向けると、一人の大男が唐松に向って、何か言い争いをしているみたいだ。


「言葉通りだ」

「そんなんじゃ納得いくわけねぇだろうが!!!」

 唐松審査員長と大男の選手がなにやら口論をしているようだが、その男の声が馬鹿でかいこと、傍の何人かは失神して倒れている。「何でこんなに綺麗なのに失格なんだよ!!」

「コレをみて綺麗と言えるか?」

 唐松審査員長はまったくブレないトーンで大男にあるものを突きつけた。


「…………ボロ雑巾?」

 勇人以下、ほとんどの人がそう呟いたか、もしくは思っただろう。


 唐松が手にしているものは、ボロ雑巾のようにしわくちゃになっていて、所々解れたナイロンの糸が見える。面影すらない哀れな()カッターシャツであった。


「コレの何処が綺麗なんだね?」

「何処って……全部に決っているだろう! 黄ばみの垢も汚れも無い、完璧だろ?」

 確かに、男の言うとおり、カッターシャツには渡されたときについていた黄ばみや垢、墨汁などの汚れは全く見受けられない。ある意味完璧な白さであった。



「それで……貴方はシャツをボロボロにして汚れを落としたと……」

「方法までは制限されて居なかったからな!!」

 大男は自身たっぷりに言い放つと、会場が沈黙に包まれた。誰も声を出そうとするものも居ない。ただ、唐松審査員長の言葉を待っていた。


「失格ぅぅぅぅぅぅ!!!」

 唐松審査員長が高らかに叫ぶと、傍に控えていたSPが三、四人ほどが大男に飛び掛った。


 「てめぇ、なにすんだ!」「おとなしくしろ!」「知るかボケェェ!!」と叫び声と共に小さくだが悲鳴が聞こえた。


 大男とSPの取っ組み合いが終わるころ、大男はロープで縛り上げられてぐうの音も出ない様子。SPのうち、一人がその場に倒れている。おそらくさきほどの小さな悲鳴は彼のものだろう。


 倒れているSPを他のものが抱えて、暴れた大男を引っ立てるように連れて行く。大男は忌々しそうに唐松審査員長を睨みつけていた。大男が消えると、何事も無かったかのように変わらない顔で話しかけてきた


「さ、次の方?」

「え? あっ、はい!!」

 大男との取っ組み合いを間近で見ていた選手が我に帰り、自分のカッターシャツを渡す。


「失格」

 渡すと同時に言われて、その選手は呆然とした様子でトボトボと歩いていく。その姿が、数分後の自分の姿のように思えてしまうのは、軽く禁断症状でも出ているのだろうか?


 そんなことを考えながら、勇人は額に冷や汗を滲ませ、またあの不安とプレッシャーとの戦いに身を投じていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ