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絶対執事!?  作者: 暇人
◆執事決定戦
11/85

執事と携帯

「百八十日トレーニング、お疲れ様です」

「お、お疲れ様です……」

 勇人は晴子の言葉に余り反応しなかった。


(あの子はいったい……?)


 勇人の頭の中には、ある少女のことがぐるぐると回っていた。


 少し高飛車な性格に、肩まである神を後ろで結んで垂らし、あどけなさと幼いながらもしっかり前を見据えたブラウン色の瞳。そして、何処か不思議と引き寄せられる笑顔。


 そして、手紙のようなものに書かれていた『ゆりちゃんへ』という文字。考えても考えても頭が働かない。


「あの……どうかされました?」

「え!? いやぁ……なんでもないですよ」 晴子から急に声をかけられて勇人は驚いたが、すぐに笑顔を向けて曖昧に答える。


 上手く笑えているだろうか……おそらく顔が引き攣っているだろう。晴子は数秒ほど勇人の顔を見つめ、何か納得したようにため息をつく。


「まぁ、明日朝早いですから早めに休んでくださいね?」

 晴子はそう言うと、踵を返して反対側の廊下へと消えていった。一人残された勇人はポリポリと頭を掻いていて小さくため息を溢した。


「やっぱり……バレたかな……?」

 勇人はそう呟きながら頭をポリポリと掻き、晴子が消えていった反対側を振り向いて自分の部屋へと向かった。




 晴子は、勇人が自分の部屋に向かって行くのを曲がり角からコッソリ見ていた。


 頭を掻きながら、何処か申し訳なさそうに顔に影を落とす勇人が向こうの方へと歩いていく。そして、勇人が向こう側へと消えていくのを確認してから、角から体を離し、廊下の壁に持たれかかって天井を見上げた。


 其処には、柔らかいオレンジの光でを照らす蛍光灯がぼんやりと光っている。晴子はその明かりを暫くの間じっと見つめていた。


(何でホントのこと言ってくれなかったのよ……)

 光を見つめる晴子の顔には、何処か後悔と憤怒の感情が浮かんでいた。それは、先ほどあいまいな笑顔で話をはぐらかした執事に向けられたものであった。晴子は不意に蛍光灯から目をそらし、照らされた絨毯を見つめてポツリとつぶやいた。



「バカ……」


 とても小さく、ちょっとした物音に簡単に掻き消されてしまうほど小さな声であった。晴子はそう言ってもう一度ため息をついた後、そそくさを自分の部屋へと歩いていった。




 自分の部屋に着いた勇人は早速荷造りを始める。と言っても、執事服や下着類をバックに出来るだけ詰め目こむだけの簡単なお仕事なのだが。


 荷造りはものの五分で終わった。余りの荷物のなさに少し苦笑しながら机に目を向ける。其処には、携帯が無造作に転がっていた。


(あれから、何にも連絡なしか……)

 勇人はおもむろに携帯を取り、着信履歴を見た。発信履歴を表示させて、何個か下にスクロールしていく。そして、ある人物の名前表示のところで指を止めた。


『西沖 隼人』


 その名前を目にしたとき、勇人はほんの数日前に自分から掛けて説教された時のことを思い出した途端胸が熱くなるのを感じた。


 電話越しでもビシビシと伝わってきた親友の声。本気で怒ってくれた親友の声、本気で心配してくれた親友の思いが今も携帯からにじみ出ているような感覚がした。しばらく画面を見ていた勇人だが、不意に苦笑いを浮かべながら机に携帯を置いた。


「来るわけないか……」

 そう言って携帯を鞄に入れようとしたとき、おもむろに携帯の端っこの方が点滅し、バイブの振動が伝わってきた。普段誰からも掛かってこず、掛かってきても業務連絡ぐらいしか来ない携帯だ。不思議に思って携帯を手に取って画面を見た時、勇人は思わず言葉を失った。


 画面には、白い光のロゴみたいな文字が浮かんでいた。


『西沖 隼人』


(ま、マジか!?)

 勇人は驚きのあまり携帯を取り落とした。


「や、ヤベェ!!」

 床に落ちたら壊れかねない携帯を寸での所でキャッチしてひとまず安堵の息を漏らす。携帯は今も震え続けている。勇人は震える手で、電話にでようとした。が、途中で手が止まってしまった。

(この電話に出てもいいのか……?)


 今この電話に出て、なんと話しかければいいのか、どんな言葉を掛ければいいのか、出ていいのか……。そんな想いが勇人の指を固まらせた。


 携帯は震え続けている。親指で通話ボタンを押すだけの簡単なことなのに、どうしてか、指は石像のように固まって動かない。何もしてないのに、固まっている手の甲からあせが滲み出てきた。指の震えが激しくなる。


(押せ、押せ、押せ、押せ、押せ、押せ、押せ、押せ!!)

 目を見開きながら、そう心の中で自分に言い聞かせた。携帯は震え続けている。そして、勇人の指が動いた。




 唐突に携帯が鳴り止んだ。


 さっきまで五月蝿くなっていた携帯は、それが嘘のように勇人の手の中で止まっていた。勇人の指は通話ボタンではなく、横の電源ボタンの上に乗っかっている。着信が掛かっている際、そこを押せば着信を切ることが出来るボタンだ。


 勇人は携帯を見つめ、苦笑いを浮かべた。


「俺って……ホントヘタレだよな……」

 誰かにそう囁くと、勇人は携帯を机の上に置いて逃げる様に部屋から出ていった。



 勇人が出ていって暫く、またもや携帯が震えだした。携帯は十回ほどコールすると、プツリとそのコールが止んだ。


 窓から夕日が差し込み、机の上の携帯がその光を反射している。ポツンと置かれた携帯の表面が、青白く点滅している。


 そこには、青白い文字で『留守電メッセージあり』と表示されていた。

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