1話 いつもの任務
人類の領域から外れた海上。一隻の艦船が竜の領域を航行していた。その艦船の一室、竜の巣の破壊を担当する隊員たちが装備を着込んで準備をしていた。
「タイガ、帰ったらローストビーフ作ってくれよ。でっかいやつを頼むぜ」
「アレク先輩、ズルいです! 今回は私のリクエストを聞いてくれる番ですよ!」
「ケイシー、細かいことは気にすんなって。そこは年功序列で先輩に譲っとけ」
「そう言って前も先輩に譲ったじゃないですか! 今回こそはカレーライスを作って貰うんです! それもスパイスからこだわって!」
特殊な機械が装着された軍服を着込みながら言い争いをしているのは、長い黒髪をポニーテールに結んだ長身のアレクと、亜麻色の髪を肩で揃えたケイシーだ。
アレクは先輩という立場を利用してケイシーの順番を自分に譲るように言っていた。しかし同じ手には乗らないケイシーはアレクに文句を言った。
前回はアレクに譲った分は、そのうち順番が来たときに譲ると言われていた。しかしそのときはいつになっても訪れなかった。
それどころかまたリクエスト権を譲れと言われたのだ。温厚なケイシーでも文句の一つも出るというものだ。
二人が口論をしていると、ケイシーに加勢があった。
「アレク、私たちは仲間だろ。小さなことでも軋轢を生むのは良くないことだ。ちゃんと順番を守れ。そして借りを返すんだ」
加勢したのは副隊長のカレンだ。カレンは煌めく金髪をショートにしている美女だ。ルールを守ることを大事に思っており、不和を起こしかねないアレクに注意をした。
「カレン副隊長、そんな厳しくしないでくださいよ。ついでに副隊長の好きなビーフシチューもリクエストしておきますから」
「む、何だと……」
カレンはアレクに少し流されそうになっていた。心が揺らぐほどにタイガの作る料理は絶品なのだ。
「カレン副隊長! 流されちゃダメですよ! アレク先輩、自分だけ大好物を食べるのはズルいです! 絶対今回は譲りませんからね!」
ケイシーは断固とした意思でアレクの強権を突っぱねた。
「まぁ何を作るかは結局タイガ次第だな。タイガ、何を作りたい?」
アレクは口論を静かに聞いていたタイガに声を掛けた。
「全部作りますよ。皆の好きなもの、全部です。それなら解決でしょう?」
「おいおい、太っ腹だな! 良いねぇ! それでこそタイガだ!」
全員のリクエストを聞くと言ったタイガにアレクは感嘆の声を上げた。
「タイガ君、良いんですか? 大変じゃないですか?」
「大丈夫。作りがいがあるってもんです」
ケイシーはタイガのことを心配した。全員のリクエストを聞くと、調理の手間が増えて大変なのではと思ったのだ。
そんなタイガはむしろたくさん料理を作る方が、作りがいがあると言った。
平和的な方法で解決して、空気が和んだところで部屋の扉が開いた。
「いつまで話してるんだ! そろそろ作戦領域内だ! 準備を終わらせろ!」
「了解!」
部屋に入ってタイガたちに発破を掛けたのは、この部隊の隊長であるタクマだ。タクマは茶色の髪にツーブロックを入れた大柄な男だ。
隊長の一声に、部下であるタイガたちは気を引き締めた。無駄話を止めて急いで装備を着込み、作戦会議室に向かった。
そしてタイガたちはタクマの前に並んだ。
「よし、来たな。これよりブリーフィングを始める。今回の目的は海上の小島に発見された竜の巣の破壊だ。規模は小さく、危険度の高い竜は確認されていない。いつも通り陣形を組んで島に上陸し、そこで竜を殲滅する」
「タクマ隊長、確認された竜の数はどれほどでしょうか?」
「偵察隊の情報では十数匹とのことだ」
副隊長のカレンがタクマに質問した。偵察隊が遠目から確認したときは、島には十数匹の竜が確認された。
「今回は余裕そうだな」
アレクが横に並ぶタイガに耳打ちした。実際のところ、竜の種類にもよるが、この部隊の実力なら危険はなかった。
「油断するな。偵察時と状況が違う可能性もある。それぞれ全力を持って任務に当たれ!」
「了解!」
「それでは鎧竜に乗り込み、出陣する! 行くぞ!」
タクマに続いて作戦会議室を出て行くタイガたち。甲板に出ると小雨が振っていた。その雨に濡れた竜が甲板に並んでいた。
それは鎧竜と呼ばれる人類の兵器だ。死んだ竜の体に特殊な機械鎧を付けて改造したもので、生きる屍と化した竜を操ることが出来るのだ。
タイガたち鎧竜騎手はそれに乗って、竜を殲滅するのが役割なのだ。
タイガたちは竜に乗ると特殊なチューブを体に刺した。これにより鎧竜と神経を接続して緻密な操作が可能になるのだ。
タイガたちは神経接続を終えると竜の挙動を確認した。足や翼を動かして違和感がないかを調べた。
鎧竜は自分の手足のように動いた。
「問題のある奴はいないか?」
「問題ありません!」
部隊の全員が問題なく鎧竜を動かせた。
「よし! では第八鎧竜騎手部隊、出陣!」
タクマの声を受けてタイガたちは鎧竜の翼を羽ばたかせた。そして艦船の甲板から飛び立った。
「健闘を祈ります!」
「ありがとうございます!」
甲板いる艦船の乗組員は飛び立つ部隊に一声を掛けた。タイガはそれにお礼を言ってそのまま竜の巣のある小島に向かって飛んでいった。
※
艦船から出陣したタイガたち鎧竜騎手は、小雨を体に感じながら空を飛んでいた。遠くで雷鳴が響いていた。
艦船から竜の巣のある小島までは少し距離があった。
「簡単な任務で助かったぜ! さっさと終わらせて祝勝会をしようぜ!」
右翼に位置取るアレクが、既に任務を終わらせた気で軽口を叩いた。
「こら、アレク。油断は禁物だぞ!」
そんな慢心しているアレクを、陣形の中央で一際大きな鎧竜に乗っているカレンが注意した。
「タクマ隊長も注意してやってください。最近のアレクは調子に乗りすぎです」
アレクの鎧竜騎手としての実力はかなり高い。卓越した操縦技術と状況判断力がある。それで多くの戦果を上げてきた。
野心的なアレクは将来的に自分の部隊を持ちたいと考えていた。自分は上に立つのが相応しいと思っているのだ。
「アレク、慢心は良くない。もっと慎重に行動しろ」
「大丈夫ですよ、タクマ隊長。それより、帰ったらタイガが好きなものを何でも作ってくれるらしいです。タクマ隊長もリクエストを考えておいた方がいいですよ」
「何、本当か?」
作戦会議前の会話を聞いていなかったタクマは驚いた。タイガの美味い料理を何でも食べることが出来ると聞いたからだ。
「タイガ、次の祝勝会だが、俺の家族も連れてきていいか? お前の料理を食べさせてやりたいんだ」
「はい! 光栄です! 腕によりをかけて作ります!」
既婚者のタクマは祝勝会に家族を連れてこようとしていた。家族にも絶品と評判のタイガの料理を食べさせたいのだ。
「お子さんはまだ小さかったですよね。好きなものを作りますよ」
「ありがとう、タイガ」
タクマはタイガに感謝した。
「まったく。皆もう勝った気になっている」
「まぁまぁ、カレン副隊長。気楽にいきましょうよ」
呆れるカレンにケイシーは慰めの言葉を掛けた。
そしてしばらく飛んでいると竜の鳴き声が聞こえ始めた。竜の巣のある小島に近づいたのだ。全員の顔が引き締まった。
臨戦態勢に入ったのだ。
「陣形を維持しろ! 竜を殲滅するぞ!」
「了解!」
部隊は菱形のような陣形を組んでいた。最前線にケイシー、右翼にアレク、左翼にタクマ、中央にカレン、そして最後尾にタイガがいた。
部隊の竜との戦いが始まった。
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