テニスシューズ
テニスコートは、芝の手入れもまともに行き届いていない、土がむき出しのうえ凸凹だ。対戦者はニヤニヤしながら愛を見つめ、部員達も集まってくる。
「心。ラケットとシューズ貸してくれない?」
「ラケットはいいけど、シューズは嫌だ」
「なんで?」
「サイズが合わないよ。あんたの方が小柄だし」
ふと目にとまったテニスシューズは、ボロボロにやつれ、真っ黒に汚れている。かなり使いこんでいる。というより、買い換えていない?
「私に革靴でテニスやれって?」
心はしぶしぶテニスシューズを脱いで、愛に渡す。
「ありがとう」
愛は、心のシューズを履き、上はシャツ一枚になってコートへむかう。ガットを手にして感触を確かめる。
「あんた、テニス歴は?」
「う~んと、三ヶ月ぐらい?」
どっと、観戦者が笑う。
「ハンデをあげてもいいけど」
「それじゃあ、私が先のサーブで」
「いいわ」
ポンポンとボールの感触を確かめて、愛はトスをあげる。綺麗なフォームでサーブを打つがネットに捕まる。クスクスを観戦者が笑う。
「なるほど。こんな感じか」
再びトスをあげてサーブを打つ。ボールは風を切ってコートを刺し、彼女の脇を飛び去っていった。彼女はまったく反応できなかった。格下と思って油断していたけどサーブに反応できないなんて。彼女の闘争心に火が点いた。しかし、次のサーブにも追いつくのがやっとで、愛のコートに返すことができない。そのまま、あっという間にワンゲームが終わった。
次は相手がサーブする。
トスをあげ、ボールを打つ。愛の前でボールが跳ねる。愛は深いストロークでボールを打ち返す。ボールは加速して相手のコートに刺さる。彼女は返されたボールに追いつくことさえできない。
勝負は圧倒的に愛有利で進む。相手は審判に目くばせする。
愛がサーブの時、打ったボールがラインの十センチほど内側に入った。
「アウト」
「ちょっと待って。今のがアウト?」
「アウトです」
観客からクスクスと笑い声があがる。
「なるほどね、そういうことですか」
愛は、ボールがサービスコートのど真ん中に着地するように打つ。ボールは着地した瞬間、軌道と速度を変え、彼女を避けるように飛んで行く。
コートの外から楽と喜多郞が見ている。
「すっごい。愛ってあんなに強いんだ」
「ああ、すっごい揺れてる」
楽は喜多郞に肘鉄をくわらす。
「痛っ!」
「スケベ」
相手と審判によるアンフェアなジャッジの下、愛はワンセット、ワンポイントも渡さず完勝する。
「じゃ、約束は守ってね。それと、ここもAIに監視されているから、露骨ないじめには気をつけて。それじゃ」
相手は屈辱の汗を流し、観客は静まりかえった。喜多郞と楽が愛の下に駆けよる。
「すっごい! 圧勝じゃん」
「かっこ良かったよ~」
愛はラケットを心に渡す。
「どうもありがとう」
心は呆然と愛を見つめる。
「それとごめん」
「?」
「テニスシューズ、破いちゃった。やっぱりサイズちがいはダメだったみたい」
愛はシューズを脱いで見せる。破けたシューズには赤い染みが付いている。
「あんた、怪我してるの?」
言われて初めて気がついた。靴下が赤く染まっている。
「ホントだ。全然、気がつかなかった」
「なによそれ」
「この後、時間ある?」
「なに?」
「一緒にテニスシューズ買いに行こう。私のおごりだよ」
「なにそれ、皮肉?」
ニコッと笑う。
まったく。負けたよ。札幌でどんな治療やリハビリをしてきたか知らないけど、ここまで人が変わるなんて信じられない。
「今度は心があいつに勝って見せて。なんなら、私が教えてあげてもいいけど」
ニヤリとほくそ笑む。
顔を紅く染て、心は返す。
「別に、あんたに教えてもらわなくても、あんな奴に勝ってみせる」
「そう。じゃあ、勝ったときは、パンを買ってきてあげるわ」
「うっさい!」
ツンデレ全快の心を見て、クスクスと愛は笑った。
後日。
愛は、買い物帰りにテニスコートへよってみた。心は真新しテニスシューズを履いて、部員達と練習をしていた。




