家族
母が倒れたその日、とりあえず寝かせて、翌日、医者に診せることにした。
学校から帰った愛は、玄関から出てきた白衣を着て、聴診器を首にかけた初老の男性と鉢合わせた。思わず駆けよる。
「お医者さん。お母さんの具合はどうでしたか!?」
「過労でしょう。2~3日安静にしていれば治ります」
「そうですか。ありがとうございます」
愛は深くお辞儀をして、医者を見送った。その足で母のもとにかけた。母は布団で横になっていた。
「お母さん!」
「そんな大きな声を出すんじゃないよ」
母はむくりと半身を起こす。
「過労だって?」
「最近、がんばっちゃったからね」
「どうしてそんなに?」
母は目線を落とす。
「子供の頃からおとなしくて、食の細かった愛が、学校の屋根から飛び降りたって聞いたときは、子の気持をまったく理解していなかった自分を責めた。悲しかった。そんな愛が半年ぶりに帰ってきたと思ったら、ずいぶんと明るく、たくましくなって。愛が帰って来てからずっと、料理がんばったから、疲れが出たんだろうね」
「お母さん…」
「愛。あなたが傷ついていることに気がつかなかった。ごめんなさい」
遙は、愛にむかって深くお辞意をした。愛は母の肩に手をおいた。
「謝るのは私の方だよ。どうしてあんなことしたか覚えてないけど、親を心配させるなんて最低だよね。ごめんなさい」
愛も母に頭をさげる。
「お母さんは安静にしてて。家事は私がやるから」
「学校があるだろう」
「休む」
「学校は休んじゃダメ。行きなさい」
「こうみえて、成績は良いんだ。全クラスAだよ」
「驚いた。ずっとDクラスだったのに」
「怪我の治療とリハビリのおかげで、だいぶ良くなったんだよ。頭も身体も」
ニコッと微笑む。母も安堵の笑顔を浮かべる。
父と祖母、弟がやって来る。
「愛。学校は行きなさい」
「お父さん」
「洗濯、掃除は俺がやる」
「仕事は?」
「休む」
「ダメじゃん」
「有給が貯まってるからな。これを機に消化だ」
「姉ちゃん。俺も学校から帰ってきたら手伝う」
「愛。料理なんてしたことないだろう?」
「おばあちゃん。痛いところを突くな」
「あたしも歳のせいで身体の自由が利かないから、最近は家事のほとんどを遙さんに任せてしまったからね。口ぐらいなら出せるから、料理を指南してやるよ」
「よろしくね。おばあちゃん」
父はタライで洗濯物を洗い、物干し竿に干す。お風呂を洗って、廊下の雑巾掛けに走る。愛は放課後、縁と一緒に商店街へくりだす。進は風呂を焚き、食器を洗い、夕餉の卓を準備する。
愛は台所で野菜を切る。祖母が言う。
「左手は猫の手。包丁を猫の手に当てながら引けば手は切れない」
愛はぎこちなく野菜を切ってゆく。野菜と豚肉を炒めて、祖母の指示どおり調味料を投じる。
ぐつぐつ煮干しを茹でている鍋に鰹節をひとつかみ投じて火から下ろす。あら熱がとれたら煮干しと鰹節を濾して再び火にかけ豆腐やワカメを入れ、煮えたらおたまで味噌をゆっくりと溶かす。
ほどなく、人生 愛渾身の夕餉が完成する。
遙の寝ている部屋の襖が、愛の足で開かれる。
「お母さん。夕御飯できたよ」
遙はゆっくりを半身を起こす。
「愛が作ったの?」
「一応」
母の元に、夕餉のお膳を置く。
「良い匂い」
おもむろに椀を手にして味噌汁を口に含む。
「うん。美味しい」
「ホント!?」
「これは野菜炒めかな」
箸でつまみ口へはこぶ。
「ちょっと焦げてる」
「火加減まちがえたかな、はははは」
「ご飯も?」
「ごめん。それは父さんが炊いた」
「良くできてるじゃない」
「ほとんど、おばあちゃんのおかげだけど」
「これなら料理は任せられるね」
「全然ダメだけどね」
「お母さん。私これから、炊事手伝うよ」
「あなたの本分は勉学よ」
「朝食と夕食なら手伝える。学校が終わったら買い物して帰るから」
「仲良くなったお友達がいるんでしょう。部活動も楽しんできなさい」
「正直、学校の部活動には興味ないんだよね」
「愛」
「なに?」
遙は箸を置き、愛を正面から見つめる。
「友達は大事にしなさい」
鬼気迫る母の面持ちに、愛はたじろぐ。
「お手伝いはその後でいい」
遙はニコッと微笑む。
「うん。わかった」




