馴れ初め
畳敷きの居間に大きめのちゃぶ台が置かれている。その上には鶏のから揚げが大皿に盛られ、煮魚が家族の分だけ切り分けられている。筑前煮。味噌汁。菜の花のおひたしには味噌と梅肉を和えたタレがかかっている。
風呂上がりの愛は、ほくほくする体をわくわくしながらちゃぶ台につく。みんなで箸を持って言う。
「「「「「いだだきます」」」」」
から揚げをひとつご飯を一口。もふもふと頬を膨らませ、お味噌汁を飲んで、煮魚をほぐす。小骨はまるごと、残るの背骨だけ。よくかんで飲み込み、菜の花をつまむ。
「うま~」
思わず声にでる。これが人生家の食事か。札幌で食べていた食事に比べると、ずっと質素だけど美味しい。
目の前にいる四人は私の家族らしい。おぼえてはいないが、懐かしさはある。
私の正面に座っているのが父、人生 誠。大工をしている。そのとなりに座っているのが母、人生 遙。専業主婦。私のとなりに座っているのが弟、人生 進。小学校六年生。私の左側に座っているのが祖母、人生 縁。祖父は既に他界している。以上、五人家族だ。
誠が愛の食べっぷりを見て言う。
「ずいぶんと豪快に食べるじゃないか」
「そう?」
「前はひと言も話さないで黙々と食べていたからな」
母は言う。
「美味しそうに食べてくれると、作りがいがあるっていうもんだ」
「なにより、明るくなったな」
「ねえちゃんなんかさ、薪割りなんてしたことなかったのに、俺がやってるのを見て、簡単にこなしちゃったんだ」
「これも治療の成果なのかね」
「学校はどうだ?」
「楽しいよ。さっそく友達もできたし」
「友達か。どんな子だ」
「ひとりは美術部の男子で、もうひとりは音楽部の女の子で、もうひとりは将棋が好きな男子」
「男子の友達か」
「それがなにか?」
「仲が良ければそれで良い」
父の態度がちょっとおかしい。はは~ん。これはあれだ。思春期の娘を心配するあれか。
「ところで父さん、訊きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「父さんと母さんの馴れ初めは?」
その瞬間、雷に打たれたように、両親が固まる。
「なんだ、突然、そんなこと」
「なんとなく、知りたくなった」
「そ、それは、その~あれだ」
「愛、ごはんのおかわりは?」
「もらう」
愛は茶碗を母に渡す。
「父ちゃんと母ちゃんの馴れ初めを恋愛の参考にしようとおもってさ」
「しかし、恥ずかしいな」
祖母がボソッと言う。
「話しておやりよ」
母はご飯を盛った茶碗を愛に手渡す。
「ありがとう」
「お父さんが大工をしているのは話しただろう」
「うん」
若い頃の誠が、額に汗をかきながら金槌で釘を打っている。
「とある現場で数ヶ月間、仕事をしていたことがあってな、その時、行き付けの料理屋で食事をするのが習慣だった」
夕暮れ。仕事帰りの誠と仕事仲間が料理屋の暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ」
明るく客を出迎えたのは、若かりし頃の遙。
「遙ちゃん。いつものちょうだい」
「玄さんは?」
「腹減ったから定食もらおうかな」
「人生さんはどうしますか?」
「そうだな、から揚げもらおうか」
「承りました」
注文を受けると、遙は颯爽と厨房へ消えた。
「へ~、そこで知り合ったんだ」
「まあ、そうなる」
「どうやって口説いたの?」
「ブーーーー!」
父は思わず、飲んでいた酒を吹き出す。
「汚いな~、もう」
「悪いわるい」
「それでどうなったの?」
「まあ、あれだ。現場の最終日に告白した」
「おお! やる~。それでお母さんはどうしたの?」
「それは…」
父はチラッと遙に目をやる。遙はうなだれて箸に手もかけていない。
「OKがもらえたから、愛と進がいるんじゃないか」
「そうか。お母さんの料理がやけに手が込んでいるかと思ったら、料理屋で働いていたからなんだね」
愛が遙に語りかける。しかし、遙はうなだれたままだ。
「お母さん?」
その時、初めて家族全員が遙の異変に気がついた。
「おい、だいじょうぶか?」
誠が肩に手をかけると、遙はそのまま横に倒れた。
「遙! だいじょうぶか!?」
「お母さん!?」
「かあちゃん!」
倒れた遙は、家族の呼びかけに応えることなく、浅い呼吸で胸を微かに揺らせていた。




