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郷愁

 暮れを照らして輝く屋根瓦で、雀が数羽、かしましく奏でている。雀の歌声よりずっと大きな音が、カーン! カーン! と轟いているが、雀たちは自分たちの会話に余念がない。

 人生(ひとせ) (すすむ)は、庭で薪割りに余念がない。さっきから轟いているカーン! という音は彼が薪を割る音だ。割れる薪と同時に汗が飛ぶ。11歳にしてはたくましい筋肉質の身体が、黙々と薪を割る進の顔に夕日が浴びて、11歳の少年をより凜々しく魅せている。


 雀たちは突然、パッと空へ散った。人生(ひとせ) (あい)が、庭で薪を割っている進に歩みよる。

「薪なら秋に割ってあったでしょう」

「ねーちゃんが返ってきてから、薪の減りが早くなったんだよ」

「それは悪いことをした。私が代わろうか?」

「え?」

「なに驚いてるの」

「今までねーちゃんが薪を割ったことなかったから」

「そうか…。それは弟不幸な姉だったね。斧貸して」

 愛は斧を手に取る。

「ねーちゃん、薪の割り方知ってるの?」

「今、見てた」

「見てた?」

 適当な長さに切りそろえられた円い切り株に、軽く斧を落とす。斧は切り株の角に刺さる。切り株ごと持ち上げて、振り下ろす。切り株は真っ二つに割れる。割れた切り株をおなじ要領で小さく割ってゆく。

「すげー」

「ホント? ありがとう」

「ねーちゃん、学校から帰ってきたばかりだろ。早く家に入れよ」

 進は姉から斧を取る。

「後は頼んだ」

 意外にたくましい姉の姿に、進は少し、頬を紅く染めた。




 愛の家は、この時代では一般的な木造平屋作りだ。板に漆を塗って造られた壁や玄関が、夕日を浴びて黒光りする。硝子製の窓が夕日を反射して赤く光り、煙突から吹く煙も赤く染まっている。玄関は木でできているが、愛が近づくと、生体認証がはたらいて鍵が開く。

 玄関を入ると右手に土間がある。薪や炭を燃やして調理するコンロがふたつあって、調理棚、シンクがあり、蛇口はひねって止めるタイプだ。蛇口をひねって水を出し、手を洗ってうがいをする。

 玄関で靴を脱ぎ、板張りの廊下に足を踏み出す。キュ、キュっと、踏み出す歩みに合わせて、かすかに音が鳴る。廊下を進むと、左手に畳敷きの居間があって、人生(ひとせ) (はるか)が針仕事をしている。母は笑顔で愛を出迎える。

「お帰り」

「ただいま」

「学校はどうだった?」

「楽しかったよ。さっそく友達もできたし」

「そう…。ならよかった」

「着替えてくるね」

「今、お風呂沸かしてるから、晩御飯の前にお風呂、入りなさい」

「わかった」


 進んだ廊下の先。襖を開けると自動で室内の明かりが燈り、エアコンが動き出す。広い畳敷きの和室が愛の部屋だ。飾り気がない、いたって質素な部屋が愛の部屋だったらしい。

 この部屋に帰ってきたのは、ほんの一週間前。事故の治療とリハビリから帰ってきた時から。家も、部屋も、弟も、母も、懐かしさはあるが記憶にない。家の間取りは、トイレまで無意識に行けるほど覚えているし、箪笥や押入にしまってある衣類なども、意識せずに自分の求めた物を取り出せる。記憶には無いが、ここで生活していた習慣は染みついているらしい。

 愛は、そんな不思議な感覚を、一週間、続けてきた。

「お風呂入るついでに、着替えるか」

 愛は手慣れた調子で着替えを取り出すと、お風呂へむかった。




 お風呂は、木で造られた浴槽に、薪で沸かした湯を張る。

 お風呂を見て、愛は思う。家に入った時も思ったし、自室に入ったときも感じた。忘れているはずなのに、生活していた感覚。

 愛は服を脱いぐと浴室に入り、熱い湯を適度に水で薄め、浴槽に浸かる。思わず、ほっと一息。

「札幌でリハビリしていたときは、ジャグジーのある大浴場。足を伸ばして入られる大きなお風呂だったな」

 小さな木製の浴槽に、足を曲げて浸かっている。これが私の生活だったのだろう。いずれ思い出すことができるのだろうか?

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