愛と心
漆が黒光りする木造校舎。瓦葺きの尖った屋根には、東側に朝日、西側に夕日を浴び、夏に陽を避け、冬に風を逃がす。見た目だけなら江戸時代に建てられたかのようないでたちだが、校内の照明は発光素子で照らされ、空調は自動、水洗トイレに水道も出る。校内の各所にカメラが取り付けられていて、AIは常時人間の挙動を監視している。
千年前に主流だった、コンクリート造りの校舎は遺跡にしか残っていない。
放課後、人生 愛は、一 心に呼ばれ、木造校舎の裏にやってきた。
「きたわね」
「まあ、呼ばれたので」
「ここ、どんな場所か知ってる?」
「校舎の北側です」
「覚えていないんだ?」
「どういう意味ですか?」
「去年の夏休みの終わり。新学期、登校初日にあんたが自殺しようとしたところだよ」
一瞬、暗い顔をする愛。ざまあ、と蔑んだ表情で愛を見る心。
次の瞬間、愛は心に詰めよって、真面目な顔で問いかける。
「それ、詳しく教えて」
「え!?」
戸惑う心。
「私、事故前の記憶ないんだよね。事故前の私を知っているのなら、教えて」
その様子を校舎の影からうかがっている、辻道 喜多郞、美空 楽、海島 怒鳥の三人がいた。
「ここ、愛の事故現場だよな」
「新学期の初日、生徒より早く登校した先生が発見した」
「頭から血を流して倒れてたって」
「学校の屋根から落ちた、というのが警察の発表だけど」
「わざわざ学校の屋根に登らないよね」
「そんなことより、あのふたり、なに話してるんだろ」
愛に詰めよられたじろぐ心だが、気を取り直して、校舎の屋根のてっぺんを指す。
「あそこから飛び降りた」
「へ~。そうなんだ。なんで?」
「あたしが知るか!」
「それで、私が飛び降りた場所に呼んで、何のよう?」
「ひざまずけ」
「嫌だ」
「前のおまえは、ここでひざまずいた」
「それで?」
「それでって、服従しろ!」
「嫌だ」
「前の自分を知りたいんだろ」
「前の自分は知りたいけど、前の自分になりたいとは言っていない」
以前の愛は、暗くて、弱くて、従順だった。いじめがいがあった。事故の話を聞いたとき、あたしが自殺へ追い込んだのだろうと、なんとなく思った。悲しい気持はまったくなかった。それより、ざまあみろと、心底、思った。
今、目の前には、血色が良く、自身に満ちて、あたしの言うことを聞かない、むかつく奴がいる。
まっすぐあたしを見つめる目がうざくなって、おもわず手を振りかざした。その手を受け取ると、逆につかみ返して愛は言う。
「そうやって私をぶっていたんだ」
「!?」
「図星か」
パッと手払う。
「記憶を失っているんだよ、覚えているわけないじゃん」
「はめたの?」
「純粋に、あなたのことを知りたかっただけ」
「散々あんたをいじめたあたしのことを、知りたいって?」
「知りたい」
「あんたバカ?」
「かもね。用事はこれで終わり?」
「…」
「それじゃ、私帰るから。また明日、学校で会いましょう。さようなら」
ニコッと笑って、愛は立ち去っていった。
クソ! むかつく奴。
校舎裏から出たところで、三人に呼びとめられた。
「愛! だいじょうぶだった?」
「怪我してない?」
「監視カメラの死角に連れこむとは計算高い」
三人の顔を見て、愛は言う。
「みなさん、どなた?」
「「「あっ」」」
「自己紹介しよう!」
「そうだな」
「待って。その前に言うことがあるでしょう」
三人は、愛にむかって深くお辞儀をする。
「「「ごめんなさい!」」」
うろたえる愛。
「えっと、なんのこと?」
喜多郞は言う。
「実はずっと、人生さんがいじめられているのを見てきてさ」
楽が語を継ぐ。
「なにもしなかったのが、ずっと悪い気がしてて」
怒鳥がまとめる。
「今さらだけど、人生さんの力になりたいんだ」
「「「よろしくお願いします!」」」
「あっはっはっはっ!」
と、大笑いして、笑い泣きを拭い、ニコッと笑って愛は言う。
「こちらこそよろしく」




