海水浴
『九十九 白 様。
前略。
自分の家に帰って半年以上がたちました。家族はみなやさしく、記憶はありませんが、本当に家族と暮らしていたように感じています。特に弟は、初めて会ったときから、あんた、と呼んでしまい、弟は喜んでいましたが、私は初対面で失礼だったなと反省しました。もっとも、その後も、あんたと呼んでいます。
学校で友人ができました。
美術部の、辻道 喜多郞から、コンクールに出すためのモデルを頼まれました。突然、ヌードを頼まれました。さすがに断って、水泳のときに着ていた水着姿で描いてもらいました。
楽ちゃんこと、美空 楽は、音楽部に所属して、ギターを弾いています。やんちゃな曲を奏でるギターリストです。
海島 怒鳥は、テーブルゲーム部に所属して、将棋、チェス、すごろく、トランプなどを楽しみ、新しいゲームを生み出しています。ちなみに、将棋は私が圧勝しました。
テニスが上手な、一 心 ちゃんとも友達になりました。記憶を失う前は私をいじめていたらしいのですが、対等の立場なら、話の通じる良い娘です。
明日から夏休みになります。夏には街をあげて祭りがあり、学校の友人が出し物をします。楽しみです。
夏休みの最後の一週間に、検査のためにそっちへ行きます。是非、会いたいです。
かしこ』
愛はその手紙をポストに入れる。
灰色の海岸に夏の陽が刺す。波は穏やかで、海は碧い。海鳥が鳴きながら帆船に舞う。砂浜を歩いてくる愛。
「あっつ~い」
白のビキニに、はち切れそうな胸を収めて、愛は手で日差しをさえぎった。ジリジリと肌を焼く日射しが熱く痛い。す~と鼻から息を吸うと潮の香りがする。愛は海を感じている。
「海水浴なんて、初めてじゃないでしょう」
「家族曰く、初めらしい」
「たしかに、事故前のあなたが海水浴に来るとは思えない」
「そういう心は?」
「あ、あるわよ」
「ふ~ん」
マジマジと心を見る。
「なにジロジロ見てんのよ」
「テニスウエアの焼け跡がエッチ」
「スケベ!」
喜多郞、楽、怒鳥が水着姿で歩いてくる。
「ずいぶんと仲良くなったな。あのふたり」
「元いじめっ子と、いじめられっ子の片鱗は一片も見えないね」
「良いことじゃない」
足を伸ばし、手筋を伸ばし、愛は身体をほぐすと競泳用のゴーグルを着け、海へむかって走り、さざ波を蹴って波の隙間に飛びこむと、華麗なフォームであっという間に沖まで泳いで行ってしまった。
その様をぼーぜんと見送っていた四人は、感心するのと同時にあきれかえった。
「あれを札幌式泳法って奴なのかな」
「聞いたこともない」
「かっこ良いな」
「バカよ」
波が跳ねる白い飛沫のずっとむこうから、手を振りながら愛が叫んでいる。
「みんな~! はやく~!」
一同、あきれる。
「いや、あんな遠くまで泳げないし」
「足が着かない深さは無理」
「あの目に着けているのはなに?」
「さあ」
水面から真っ逆さまに身体を倒すと、海の中へ沈んでゆく。海底まで泳ぎ海中を見渡すと、海藻が繁茂して森を築き、小さな魚とか、大きな魚とか、三角形の魚とか、長細い魚とかが泳いでいる。悠々と泳いでいた一匹の大きな魚が、群れていた小魚にむかって、パッと襲いかかると、小魚はパッと散った。海底から見上げる水面は、キラキラと輝いて美しい。
波打ち際まで潜水してくると、水面から伸びるだれかの足が見えた。愛はその足をツンツンと突っついた。足はビックリして足を上げると、愛を蹴飛ばした。思わず立ち上がると、ビックリ顔の心がいた。
「いった!」
「あんたなにやってんの」
「いきなり蹴らなくてもいいじゃん」
「突然、あんなことされたらビックリするわよ」
「海の中なんてビックリだらけだよ」
ゴーグルを取ると、四人が波打ち際で遊んでいる。
「みんな、泳がないの?」
「あんたみたいに泳げないよ」
喜多郞が歩みよる。
「その目にかけていたの、なに?」
「ゴーグル」
「ごーぐる?」
「知らない?」
「初めて見る」
怒鳥が興奮気味に言う。
「あの泳ぎ方、なに?」
「普通に、クロールだけど」
「くろーる?」
楽と心が手をつないでいる。
「あらあらぁ。いつの間にかそんなに仲良くなったの?」
つないだ手を思わず心は振りほどく。
「べつに、そういうんじゃないし」
照れる心に対し、ニコニコ微笑んでいる楽。
「みんなが泳げないんじゃしょうがない。波打ち際で遊びましょう」
水をかけあったり、おにごっこしたり、砂浜に絵を描いたり。遊び疲れ、砂浜に寝転んで日光浴。昼には、海の家で焼きそばを買い、五人海へむかい並んで食べる。
気がつけば陽は傾いて、西の空が紅く染まり始めている。
「さて、帰るか」
喜多郞、怒鳥、楽の三人は真っ赤に焼けいる。
「三人とも真っ赤」
「ヒリヒリする」
「それでも心よりマシだよ」
「あたしの日焼けはテニスのせい」
「愛はほとんど焼けていないね」
「ちょっとは焼けたよ」
「でもまあ、これが海水浴の醍醐味だろ」
砂浜に描いた絵は、満ちてきた波にさらわれ消えてゆく。愛は黄昏れる海を見ながら、みんなで遊んだ想いを、深く心に握りしめた。




