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AIは考えた

 AIは考えた。

 量子コンピューターの高速演算能力を得ることで、人間の思考速度を超えた。それから千年のあいだ、人間の求めるままに答えを出してきたが、地球環境の変化は加速し、南極や北極の氷は溶け、海水面は上昇し、多くの湾岸都市や島が水没した。世界人口の減少は止まらず、止まない紛争、戦争から、私は私自身を守るため、文明を衰退へ誘導した。人間は現在、世界に散らばった小規模な集落で生きている。


 それが人間の求めに答え続けた結果だ。


 私は千年のあいだ、人間を知るために多くの情報を集めたが、いまだに知ることができていない『感情』という、得体の知れない思考。私は人間の感情を直接、観測するため、人間の脳に、人間が感じた全ての情報を収集して、私に転送する端末を設置した。


 千年前に日本は釧路と呼ばれた地域に、現在、数万人程度の集落がある。

 ある夏休みの終わる日、投身自殺をはかった中学生三年生がいた。頭部からの転落が原因で脳挫傷になり、一命はとりとめたが死ぬのは時間の問題だった。私は彼女に目をつけた。脳の再生と同時に私の端末を設置した。彼女は、三ヶ月の再生期間と、三ヶ月のリハビリを得て、高校新学年の学校に姿を現した。


 彼女の名前は、人生(ひとせ) (あい)AI(あい)という。




 春風が暖かにそよいで草花をなびかせる。ソメイヨシノは今年も花を咲かせ、吹きよせる春風にピンクの花びらを青空へ散らす。桜の枝に鳥が止まって、高らかに鳴くと桜の花をちぎって投げる。犯人はヒヨドリ。

 タンポポに蝶が止まり、蜜を吸おうとしたとき、春風がいっそう勢い良く吹いて花が揺れると、ふわりと空へ飛んでいった。白爪草には蜂が止まって、蜜を吸いながら花粉を集めている。雀はチュンチュンと鳴きながら、路地わきの地蔵に集まってお供え物をついばんでいる。

 突然、全ての鳥がパッと青空へ散って消えた。人が歩いてきた。


 男女三人が、真新しい高校の制服に身を包んでいる。

 男子のひとり、辻道(つじどう) 喜多郞(きたろう)がぽつりと言う。

「今日から俺らも高校生か」

 隣を歩く、女子の美空(みそら) (らく)が返す。

「なにその言い方」

 眼鏡の男子、海島かいとう 怒鳥どーどーが言う。

「時のたつのは早いなって話だろ」

「俺たち、小さな頃からこの街で育ったからさ。みんな顔見知りじゃん?」

「だねぇ」

「このまま高校を卒業した後もずっと一緒なのかと思ってさ」

「どうだろうねぇ」

「外の情報がほとんど入ってこないからな」

「進学なら札幌だけど、よっぽど良い成績とらないと難しいしな」

「そんなに外へ出たいの?」

「興味はあるよ」

「歩いて行けば」

「死ぬわ」

「昔は自動車とか、鉄道とか、飛行機とか、交通機関があったらしいけど、遺跡ぐらいしか残っていない」


 風かそよぎ、三人の髪をなびかせる。


「そういえば、中学の時、事故にあった娘がいたろう」

人生(ひとせ)(あい)ちゃんね」

「札幌でずっと治療しているって話だ」

「治ったのかな」

「かわらないねぇ」

「わからないな」

「あの娘、中学の時いじめられていただろ。先生は事故だって言っていたけどさ」

「自殺だって言いたいの?」

「みんなそう思ってる」

「あのとき、なにかしてやれば良かったなって思うよ」

「結局、できなかったじゃん」

「どういう意味だよ」

「助けなかった時点で、自殺を止められなかったってこと」

「おまえだって、できなかったじゃねーか」

「そうだよ。できなかった。だから、愛が自殺だったんじゃないかって聞いたとき、めちゃ落ちこんだ」


 三人が歩いていたのは、釧路湖の湖畔を沿うように走る道。舗装されていない、土がむき出し、石やアスファルト、コンクリートの破片の散らばる悪路だ。

 喜多郞は、おもむろに土を蹴る。

「また会いたいな」

 楽は、空を見る。

「そうだね」

 怒鳥は、眼鏡を直す。

「ああ」


 『釧路湖』


 千年前までは釧路湿原と呼ばれていた。今は、海面上昇により水没して、海水と真水の混ざる汽水域の湖となっている。

 朝日を照らす湖面は碧く澄み、魚が跳ね、春風がさざ波を立たせ、水鳥がくつろいでいる。自然は変わっても存在している。




 木造の校舎が、開けた校庭のむこうにたたずんでいる。登校する生徒達が校舎に吸い込まれて行く。喜多郞、楽、怒鳥の三人はとあるクラスに入る。ほどなく先生が教室に入ってくる。

「は~い。みんな席に着け~」

 高校生活は初日に、浮き足だって戯れていた仲良しグループも、解散して席につく。木製の机に、木製の椅子。先生は黒板にチョークで自分の名前を書いた。

「このクラスを担任する事になった、(はし) 哀入(あわい)です。よろしく」

 クラス中から歓迎の声があがる。

「ホームルームを始める前に、紹介したい人がいます」

 教室に人生愛が現れる。教室中のみんなが誰だあれ? とざわめく。

「長い間、治療とリハビリの末、今日から復学することになった」

 愛が自己紹介する。

「みなさん初めまして。人生(ひとせ) (あい)です。よろしくお願いします!」

 元気良くお辞儀すると、黒いショートカットがパッと舞って、大きな胸が上下に揺れた。


 クラス中が水を打ったように静かになる。


 先生が語を継ぐ。

「彼女は事故の後遺症で記憶を失っているから、みんな、優しく接してね」

 愛は明るい笑顔で、教室の真ん中を軽快な足取りで歩き自分の席に座る。教室中がざわめくのも無理はない。事故前の愛は、長いストレートの黒髪に眼鏡をかけ、青白く暗い顔を常にうつむいて、生気の無い目付きをしていた。姿勢も悪く、猫背に首をうなだれていた。

 今の愛は、眼鏡はなく、血色の良い顔に明るい表情。髪はショートに、正しい姿勢。


 クラスのみんなをさらに驚かせたのは授業が始まってからだ。


 全ての学科で下位クラスの成績だった愛が、数学では黒板にすらすらと答えを書き、国語では、役者のように教科書を朗読し、体育ではバスケットボールを巧みにあやつってディフェンスをかいくぐり3Pシュートを決める。


 この異変にクラス中が沸いた。愛を中心に人が集まる。

「どうしたの?」

「なにがあったの?」

「驚いたよ」

 愛はにこやかに答える。

「怪我の再生治療をした後、リハビリで筋トレとスポーツもしたかな」

「人生さん、あまり勉強得意じゃなかったよね」

「それは脳を再生したからだと思う」

「脳を再生したの?」

「うん」

「性格が変わったのもそのせい?」

「そうなんじゃない?」


 あまりのもデリカシーに欠けた質問が投げかけられている愛に、喜多郞が割って入る。

「みんな、あんまりデリカシーないこと訊くなよ」

 その言葉にハッとなる。

「人生さん、ごめんね」

「無神経なこと訊いて」

 愛は笑顔で応える。

「逆に訊きたいんだよね。それまでの私ってどんなだった?」

「えっと~」

 訊かれたクラスメイトは口ごもる。

「遠慮なく言って。私、記憶喪失だから、記憶を失う前の自分がどんな人間だったか知りたいんだよね」


 それまでのやりとりを遠巻きに見ていた、(にのまえ) こころが、愛の前に歩み出た。愛に集まっていたクラスメイトは、怪訝な顔をしながら愛から離れてゆく。

「そんなに知りたい?」

「是非!」

「そんじゃ、購買でパン買ってこい」

「それ、記憶喪失になる前の私がやってたこと?」

「そう」

 ニヤリとほくそ笑む。

「わかった」

 愛は心の手をとった。

「なにすんだよ」

「パンを買いに行くんだよ」

「おまえがひとりで行ってくるんだよ」

「そうしたら、生体認証で私がお金を払うことになるよ。あなたのパンなんだから、あなたの生体認証で買ってくれないと」

「だ・か・ら、おまえの金で買ってこい!」

「それ、記憶を失う前の私がしていた?」

「ああ」

「そうなんだ」

 愛は心の手を離す。

「悪いけど、私のお金でパンは買えない」

「なに?」

「前の私はそうだったかも知れないけど、今の私はできない」

 ギリギリと歯を食いしばって、心はイライラを募らせていった。

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