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第二十話第七章

 1940年の五月、鉄治郎が飛行学生に志願したわけではなかったにもかかわらず、突然その名が候補者として挙げられた。海軍上層部の方針によるもので、優秀な士官を幅広く振り分けようという動きが強まっていたのだ。ただ表向きはそうだろう。こうして鉄治郎は本人の意思に関わらず飛行学生として霞ヶ浦の航空隊練兵所に送られることとなった。


 そこにはすでに秦孚が教官として勤務していた。教え子の中に鉄治郎の姿を見つけたとき、秦孚は驚きと複雑な思いを抱いた。友としての気持ちと、教官としての責務。その二つが胸中で交錯したが、結局は後者を選び、冷静に彼を指導することを心に誓った。


 訓練はまず「赤とんぼ」と呼ばれる九三式中間練習機から始まった。操縦桿を握り、発動機の振動を全身で感じながら、鉄治郎は初めて空を舞った。機体がふわりと地面を離れる瞬間の緊張と興奮。その表情を秦孚はよく覚えている。次第に機動を学び、旋回や失速回避などを繰り返す中で、鉄治郎は空の感覚に馴染んでいった。


 続いて用いられたのは九〇式機上作業練習機。複座式で、偵察や通信を兼ね備えた機体だった。より実戦に近い操作を求められ、鉄治郎は操縦だけでなく観測や通信の基礎をも学んだ。無線機を通して交わされる短い言葉、緊張感漂う上空での合図。そのすべてが新鮮であり、同時に苛酷だった。秦孚は彼の努力を静かに見守り、必要なときには容赦ない叱咤を与えた。


 だが、訓練に費やせる時間は驚くほど短かった。半年も経たぬうちに、鉄治郎を含む学生たちは次々と海上勤務に就くことを命じられた。秦孚はその急ぎすぎる育成に不安を覚えた。かつてであれば一年以上の課程を経て送り出されるものが、戦況の緊張から短縮されていたのだ。その背景にあるのは、日増しに強まる国際情勢――特にアメリカとの対立であることを、秦孚は肌で感じ取った。


 「いずれ戦争になる。」そう思わざるを得なかった。

 訓練生の数、航空戦力の拡充、そして本来なら蓄えるべき時間の切り詰め。すべてが、近い将来の戦争を示唆していた。秦孚の胸に重苦しい影が広がった。


 やがて手紙のやり取りも制限され始めた。以前のように蓬や両親、そして鉄治郎との間で気軽に近況を伝えることができなくなった。検閲の強化もあり、言葉を選び、必要最低限しか記すことができない。海軍が戦いに備え、国全体が戦争という名の坂を転がり始めていることを、秦孚は否応なく悟った。


 1941年八月、ついにその時が来た。秦孚は海上勤務を経て、空母「赤城」へと異動を命じられる。赤城は第二航空戦隊、すなわち第一航空艦隊の中核を担う存在であり、日本海軍の航空力を象徴する艦であった。


 中尉からさらに昇進を重ねていた秦孚は、すでに大尉の階級にあった。その功績と経験を買われ、赤城においては一編隊を率いる飛行隊隊長として任命された。責任は重く、そして誇らしい役目だった。


 艦橋に立ち、広大な甲板を見渡したとき、秦孚は胸の奥で熱いものを感じた。これまでの努力と訓練の日々が、この瞬間のためにあったのだと。しかし同時に、迫り来る戦争の現実もまた、はっきりと目に映った。数百人の命を預かり、空を翔けるという責務。その先に待つものは、未だ見えぬ戦場であった。


 こうして秦孚は、赤城の飛行隊長として新たな局面を迎える。日本が未だ開戦を告げていないこの時期においても、彼の心はすでに戦場の風を感じ始めていたのである。


 鹿屋航空隊での急降下爆撃訓練は、わずか三か月という短さで打ち切られた。訓練生も指導官も皆、不完全燃焼のまま海へ送り出されるような感覚を抱いていたが、時局がそれを許さなかった。十二月の初め、秦孚は再び空母「赤城」に戻り、飛行隊長としての責務を果たすこととなった。


 1941年十二月八日未明。太平洋の波間に佇む空母から、発艦命令が下る。秦孚は第十四番機として飛び立つ順を与えられた。燻銀色の九九式艦上爆撃機に搭乗した。それに二五〇kg爆弾を抱え、真珠湾に向かう。爆撃と制空を兼ねた危険な役割だった。


 甲板を蹴り出すと同時に、機体は太平洋の空へと舞い上がる。朝の冷気が風防を叩き、機体の振動が操縦桿から伝わってきた。前方には仲間の編隊が点のように散り、後方では赤城がゆっくりと小さくなっていく。秦孚は喉の奥を乾かしながら、ただ目の前の空を見据えた。


 やがてオアフ島の輪郭が地平に現れる。薄く曇る空の下に、真珠湾の入り江と艦船群が眠っていた。秦孚は編隊を率いて急降下に移る。機体が風を裂き、腹に抱えた爆弾が機軸ごと震える。照準を艦に合わせ、思考を極限まで研ぎ澄ます。やがて指先が動き、爆弾が切り離された瞬間、機体は軽くなり、一気に上昇へと転じた。


 背後に炎と黒煙が立ち上る。爆撃の命中を確認する余裕はない。ただ一秒でも長く生き延び、帰投することがすべてだった。周囲では対空砲火が白い閃光を撒き散らし、仲間の機影がいくつも揺らめく。秦孚は機銃を撃ちながら必死に空を抜け、なんとか敵の弾幕を振り切った。


 長い帰路の果て、赤城の甲板が視界に戻ってきたとき、胸の奥で硬く縛られていたものが少しだけ緩んだ。着艦信号員の合図を受け、機体を降下させる。フックがワイヤーにかかり、機体は大きく前のめりに揺れたが、どうにか停止した。


 着艦直後、秦孚は操縦席の風防を開け、冷たい海風を吸い込んだ。爆撃の衝撃音、敵艦の炎、仲間の叫び――すべてが耳にこびりついて離れない。甲板員たちが駆け寄り、機体から飛び降りた秦孚を迎えた。


 「隊長、よくぞご無事で!」


 その声に短くうなずくが、秦孚の胸中は重かった。真珠湾攻撃は成功と伝えられるだろう。だがその裏で、空に散った仲間の影が確かにあった。そして何より、これは始まりに過ぎぬと分かっていた。日本は大きな戦争へと踏み込んだのだ。


 甲板の上に立ち、まだ煙を上げる西の空を振り返りながら、秦孚は唇を固く結んだ。これから続く戦いの長さと深さを思うと、勝利の声が遠い虚ろのように響いていた。


―――――――――――――――――― 

 

 ミッドウェー海戦での敗退から、秦孚は再び鹿屋航空隊に戻された。空母での苛烈な任務を経て陸上勤務となったが、心の奥に残る痛みは消えることはなかった。仲間を失った記憶、帰るはずだった艦を失った空虚――それらが夜ごとに胸を締め付けた。


 鹿屋での生活は訓練と指導の日々であった。飛行学生を育て、次代の搭乗員を養成することは重要な任務だと理解していたが、戦局が悪化するにつれ、送り出した若者が戻らぬことが増えた。名簿の赤線を見るたび、秦孚は唇を噛んだ。


 そんな日常を支えるのは、故郷から届く蓬の手紙だった。

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