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第十八話第五章

 摺上原の戦場は、刻一刻と修羅の色を濃くしていた。義親の太刀はなおも冴え渡り、敵兵を斬り伏せては血に染まっていったが、その身にも次第に疲労と痛みが蓄積していった。


 左肩に走った槍の穂先の裂傷は深く、血がじわりと袖を濡らす。右の脇腹には刀の一撃がかすめ、呼吸のたびに鋭い痛みが突き刺さる。それでも義親は歯を食いしばり、刃を振るう手を止めなかった。敵の鬨の声に押されれば、蘆名の軍は瓦解する。それを防ぐためには、一人でも多く討たねばならぬと信じていた。


 「退けぬ……まだ退けぬ!」怒号とともに、義親は眼前に迫る敵兵の兜を割り、返す刀で脇から突き込んできた兵の喉を斬り裂いた。血が飛び散り、視界を曇らせる。だが視界の隅に映るのは、次々と崩れていく味方の旗印、退却を始める兵たちの背中。


 ――もはや持ち堪えられぬ。


 戦場を覆う空気が、義親の胸に冷たく落ちた。敵の波は途絶えることなく押し寄せ、いかに刃を振るっても埋めきれぬ隙間から次の槍が迫る。その瞬間、背後から鋭い痛みが奔った。振り返れば、若い伊達兵が必死の形相で槍を突き込んでいた。義親はその穂先を両腕で払うと、力任せに太刀を振り下ろし、敵兵を地に沈めた。だが、背に走ったその傷は深かった。血が噴き、脚に力が入らない。


 「……ここまで、か」


 呻くように呟きながらも、義親は倒れることを拒んだ。歯を食いしばり、刃を杖のように支えにして立ち続ける。眼前の敵を睨み据え、なお斬りかからんとする気迫が彼を支えていた。


 しかし、次々と押し寄せる伊達の軍勢に抗する術は残されていなかった。蘆名の軍列は崩壊し、旗は倒れ、声は散ってゆく。義親は味方の退却の声を聞き取り、ついに己も後退の決断を下した。


 血に濡れた太刀を強く握り、後ずさりしながらも敵の追撃を防ぎつつ、戦場を離れていく。その背は重く、心はなお前へ進もうとするが、身体はもはや限界であった。


 摺上原の戦い――蘆名の敗北は明白であった。


――――――――――――――――――


 敗戦の報は瞬く間に広がり、蘆名義弘は主力を失ったまま白河へと逃げた。義親がそのことを知ったのは、血止めの手当てを受け、朦朧とした意識でようやく体を起こした時だった。


 「……義弘公が、白河へ……」その報せに、義親の胸は深い沈痛に沈んだ。己が刃を振るったところで、主君が逃げ去っては何の意味もない。護るべき旗は倒れ、支えるべき柱は影もなく、ただ敗北の現実だけが重くのしかかる。


 義親はなおも蘆名の残兵を糾合しようとした。だが、その試みは虚しくも空を切った。各地に散った兵は戦意を喪い、領内の農民や町衆も敗軍に従うことを拒んだ。


 「……これ以上は無益だ」義親は苦渋の末に刀を収め、深々と地に膝をついた。屈辱とともに平伏し、己の無力を噛み締めた。仙子との約束を思えばこそ、生きて帰るためにはこの屈辱も呑み込まねばならなかった。


 戦から一月。敗軍の将としての日々は、耐え難きものであった。義親は城下に身を潜め、かつての誇りを胸の奥に押し込みながら、仙子と共に静かに暮らした。外に出れば人々の目は冷たく、背に浴びる視線は嘲りと憐れみが入り混じる。左頬に刻まれた古傷とともに、その屈辱は深く義親を苛んだ。


 しかし、救いの手は意外なところから差し伸べられた。佐竹家であった。


 敗戦の後、蘆名家の残党をいかに処するかが周囲の大名の間で議論となった。伊達は苛烈な処断を求めたが、佐竹義重は異を唱えた。摺上原で義親が奮戦したこと、そして最後まで主君を裏切らなかったことを高く評価し、「その忠節を惜しむべし」と主張したのだ。


 「敗れたりとて、義のある者を潰すべからず。むしろこれを生かし、将来のために用いるべし」佐竹義重の言葉は重く、やがて周囲も頷かざるを得なかった。こうして義親には、以前と変わらぬ領地と生活が保証されることとなった。


 その知らせが義親のもとに届いたのは、戦が終わってからおよそ一月後のことであった。

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