第十六話最終章
――――――休日の朝――――――
通久と玉藻はぎこちない空気を引きずりながらも、並んで玄関を出た。昨日までの雨が嘘のように、空は透きとおる青さを見せている。街のざわめき、行き交う人々の声が、どこか休日らしい解放感を漂わせていた。
「えっと……まずは街に行こうか」通久の言葉に、玉藻は首を傾げる。
「街で、買い物を?」
「うん。普段から必要なものもあるし、せっかくだから玉藻に似合うものを見つけてみたい。」
「……通久様が選んでくださるのですか?」驚きと照れが入り混じった瞳が向けられる。通久は少し肩をすくめて、微笑んだ。
「まあ、僕の好みになっちゃうかもしれないけどね。」
電車に揺られ、繁華街へ着いた。休日の人波が溢れ、ショッピングモールは活気に包まれている。
最初に立ち寄ったのは衣料品店だった。
「玉藻、こういうのどう?」通久が差し出したのは、淡いベージュのワンピース。
「わ……清楚で素敵ですけれど……私に似合うでしょうか」
「きっと似合うと思う。ほら、試着してきなよ。」玉藻は少し戸惑いながらも試着室に入り、やがて姿を現した。その瞬間、通久は言葉を失った。柔らかな布が彼女の体を包み込み、普段の妖艶さとは違う可憐さを際立たせている。
「……どうですか?」
「すごく似合ってる。……本当に、可愛い」思わず口から出た言葉に、玉藻の頬が赤く染まった。
「そ、そんな風に言われると……落ち着きません。」
その後も二人で店を回り、雑貨や日用品を見て回った。玉藻はどの品にも興味津々で、木製の食器やアロマキャンドルに目を輝かせる。
「この香り……落ち着きますね」
「じゃあ、買ってみようか。家に置いたら雰囲気も変わるし。」
「……通久様と一緒に選ぶもの、全部が宝物になります。」そう言われ、通久の胸の奥に温かさが広がる。街での買い物は半日ほどで切り上げた。荷物を抱えた二人は電車を乗り継ぎ、午後からは少し離れた場所にある庭園へと向かった。
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庭園は、街の喧騒を離れた静かな丘の上に広がっていた。木々は秋の色を帯び、風に揺れる枝葉から柔らかな光がこぼれている。池には錦鯉が泳ぎ、石橋を渡れば、かすかな水音が耳に届く。
「わあ……綺麗です」玉藻は思わず感嘆の声を漏らした。街の喧騒に比べ、ここはまるで別世界だ。
「玉藻、自然の中だと一段と輝いて見えるよ」
「……また、そういうことを」嬉しそうに頬を染めながらも、玉藻は小走りに石畳を進んでいく。
二人で園内を歩きながら、四季折々の景色を眺める。芽生えた枝葉が風に舞い、池に映り込む様は絵画のようだった。
「ここなら、妖の気配も穏やかです。静かで、心が澄んでいくよう……」
「やっぱり分かるんだね。」
「はい。人の手が加わっても、自然と調和している場所は、妖も安らぐのです。」玉藻の言葉に、通久は静かに頷く。人と妖、その境界を歩む彼女だからこそ感じ取れるものがあるのだろう。
ベンチに腰を下ろし、しばし休憩する。周囲は鳥の声と水の音だけが響き、穏やかな時間が流れた。
「通久様」玉藻が唐突に口を開いた。
「こうして並んでいると……本当に、普通の夫婦のようですね。」
「夫婦、か……」思わず言葉に詰まる通久。その横顔を見て、玉藻は少し笑う。
「気を悪くしたわけではありません。ただ、夢のように思えるのです。妖の私が、人のあなたと肩を並べて歩いていることが。」
通久はその言葉に応えるように、そっと彼女の手を取った。
「夢じゃないよ。僕はちゃんと玉藻と一緒にいる。」玉藻の瞳が潤み、微笑がこぼれる。
「……ありがとうございます。通久様」
その後も園内を巡り、茶室で抹茶をいただいたり、竹林の小径を歩いたりした。人々が静かに楽しむ中、二人だけの世界が広がっていく。
夕暮れが迫る頃、庭園の高台から街並みを一望した。オレンジ色に染まる空が広がり、遠くに灯りが瞬き始めている。
「綺麗だな」
「ええ、本当に……」並んで眺める景色に、言葉はいらなかった。ただ、その時間を共有できることが何よりの幸せだった。
――こうして休日は、ぎこちなさと甘やかさを抱えながらも、確かに二人の絆を深めていったのだった。
夕暮れの庭園。高台から街の灯りを眺めていた玉藻は、ふと通久の袖を小さく引いた。
「通久様……もう少しだけ、こうしていてもいいですか。」
「もちろん。」答えると、玉藻はそっと寄り添い、肩に頭を預けた。柔らかな髪が頬に触れ、通久の心臓はまた早鐘を打つ。
「今日は楽しかったです。買い物も……庭園も。全部、通久様と一緒だから。」囁く声は甘く、どこか切実で。
「でも……やっぱり欲張りになってしまいます。あなたを独り占めしたくて。」
通久は苦笑しながらも、彼女の肩を軽く抱き寄せた。
「僕だって、玉藻を離したくないよ」その言葉に玉藻は小さな笑みを浮かべ、安心したように目を閉じる。
夕陽に染まる庭園の中で、薄桃色の花びらに挟まれた二人はしばし寄り添い、穏やかな時間をそのまま抱きしめていた。




