第82話 それぞれの未来へ
卒業式まで、もう指折り数えるほどの日しか残されていない。
3年間を過ごしたこの校舎も、もうすぐ日常ではなくなる。
昼休み。屋上に、いつもの顔ぶれが集まる。みんなで弁当を広げる光景は、繰り返してきた日常のひとコマにみえる。けれど、今日はどこか違っていた。
胸に淡い痛みを抱えながら、それぞれの未来を語り合う時間。
それぞれの進路は、もう、だいたいわかっている。けれど、しっかりと自分の口から伝えたい。本人の口から聞きたい。
カイオ「俺、社会学部に進むことになった」
少し照れくさそうに口を開く。
カイオ「人と人とのつながりとか、社会の仕組みとか……ちゃんと勉強してみたい」
カイオの言葉には、迷いを振り切れていない弱さもにじんでいた。ただ、決めたという事実。その事実が、カイオの印象を少しだけ大人に変えている。
美月「私は、物理学科にした。機械工学と、最後まで迷ったんだけど」
美月は、進路変更をしていた。
美月「医療機器を作るんだって思ってた。でも、物理が好きになっちゃった」
その声に夢咲が「美月なら大丈夫」と笑う。七海はうなずきながら、その表情を心に刻んだ。
長谷川「俺はスポーツ科学。カイオに影響受けたのにさ……カイオは社会学って、なんだよ」
笑いながら、いつもの落ち着いた声で続ける。
長谷川「体を動かすことが人の健康にどう役立つか、勉強してみたい。サッカーで得たものを、別の形に変えていければと思ってる。大学でも、サッカーは続ける。まだ、プロ、あきらめてない」
その言葉にカイオが、「お前らしいな」と笑って肩を叩いた。
それぞれの未来が、はっきりとした輪郭を持った。それは、輪郭に過ぎない。しかし、それぞれの輪郭は、まったく違っていた。それが、なんだか苦しい。
七海「なんか……本当に終わっちゃうんだね」
夢咲「うん。毎日一緒にお弁当食べたり、屋上でしゃべったり……そういうの、なくなるんだ」
柵の向こうに、校庭が広がっている。校庭の白線が、風で、淡くかすれていくのがみえた。
カイオが空を見上げる。
カイオ「でも、これで終わりじゃないだろ。場所が変わっても、つながってる」
美月「そうそう。別々でも、会おうと思えば会えるし」
夢咲「うん。そだね」
蓮が、静かに声を重ねる。
蓮「俺たちは、ここにいた。その事実は、ずっと、変わらない」
七海は弁当を口に運びながら、仲間たちの顔を一人ひとりみつめた。
笑顔の奥に不安や迷いが透けて見える。けれど、前に進もうとしている。
——みんな、さようなら。
光が、少しだけ傾きかけていた。
最終章。第82話でした。ここまでお読みいただけたこと、本当に嬉しいです。ありがとうございます。あと2話で完結します。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
知識も経験も足りない、高校生が進路を決めること。そこに迷いや不安がないはずがありません。ただ、そうした迷いや不安と向き合うのは辛いことです。しかも、仲間との別れとセットなのです。
どうか、あと少しだけ、お付き合いください。




