第81話 夢咲の進路確定
11月。空はどこまでも高く、透き通る。
冬の気配が忍び寄り、朝夕の冷え込みが増してきた。
それでもまだ、昼休みの屋上は、心地よい陽射しに包まれていた。風は冷たいのに、陽の光がその分だけやわらかく体を温めてくれる。
屋上には、いつもの顔ぶれが集まっている。弁当や菓子、コンビニのチキンやジュースを並べただけの簡単なセッティング。
今日は、少しだけ特別な日。
夢咲が、推薦入試を突破した。予告通り、看護学校への進学を決めた。そのお祝い。
夢咲「ありがとう、みんな。……なんか、照れるね。こういうの」
夢咲は頬を赤らめながら、ケーキを紙皿に分けていく。いつものガサツ感を残しつつも、ほんの少しだけ、大人びた落ち着きがみえる。
カイオ「看護学校、かっこいいな。宣言通り、ブレない。夢咲らしいよ」
美月「うん、絶対向いてる。すごくいい看護師になれると思う」
夢咲は「そんなことないよ」と笑いながら手を振る。
夢咲「でも。誰かを支える仕事に就きたいって思いは、ずっとあった。やっと、入り口に立てた感じ。ほっとしてる」
七海はそれを聞きながら、チリチリとしたものを感じていた。
七海も、人を支えることに関心を寄せ始めている。グリーフケア。深く傷づいた人々に、どう寄り添うか。そればかり、考えるようになった。
一方で、まだ進路が決まっていない仲間たちもいる。
長谷川「いいなあ……もう進路がはっきりしてるの。俺はまだ迷ってる」
長谷川がため息混じりに言う。カイオも苦笑して、肩をすくめた。
カイオ「俺もだよ。社会学を勉強したい気持ちはあるんだけど。残り時間が少なくなると、余計に迷うんだよな」
カイオの言葉に、美月が静かにうなずいた。
美月「わかる。推薦とか一般とか。結局は、タイミングの違いに過ぎないってわかってるけど……やっぱり焦っちゃうよね」
いつもの美月とは違って、弱々しく響く。
七海は、思わず美月をみつめた。
蓮は手にしていた水筒を机に置き、静かな声で言った。
蓮「決まった人も、まだの人も。それぞれのタイミングがある。焦っても仕方がない。大事なのは、目をそらすことなく、必死になること。いつもと、変わらない」
その言葉が、場を落ち着かせる。七海は横目で蓮をみて、小さく笑った。
屋上の柵の向こう。校庭で、サッカーをしている下級生たちの姿がみえる。
ボールを追いかける声がする。眩しい陽射しが、彼らの輝きを後押しする。彼らにはまだ、時間がある。しかし……。その差が、影となって、漂っている。
美月「まあでもさ、今日は夢咲のお祝いだし。悩むのはまた明日からにしよ!」
美月が無理に明るい声を出す。カイオが「そうだな!」と力強く答える。笑いが起こり、少しだけ重たい空気が軽くなった。
夢咲はケーキを配り、照れながら言った。
夢咲「こうして、一緒に食べてくれるみんながいたから、頑張れた。ありがと」
進路は確かに分かれていく。それぞれが、違う道を歩むことになる。でもいまは。いまはこうして、同じ空の下にいる。その事実は、揺るがない。
冷たい風が吹き抜け、七海の髪を揺らす。雲が流れて、陽射しがまた差し込む。
卒業まであとわずか。まず最初に、夢咲の未来が、弱々しくも形を持った。
お忙しい中、第81話までお読みいただけたこと、本当に嬉しいです。ありがとうございます。あと数話で完結です。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
夢咲は、宣言通り、看護学校への入学を果たしました。もちろん、夢咲にも迷いはありました。しかし、外からはそのようには見えません。こういう人は、やたら、周囲を不安にさせますよね。
あと少しだけ、お付き合いいただけたら幸いです。




