第80話 白嶺学院、文化祭
9月。ある週末。
神戸、白嶺高校は文化祭の本番を迎えていた。
普段は落ち着いた雰囲気の校舎。でも、この日ばかりは賑やかさで満ちている。中庭には模擬店の屋台が並び、焼きそばやクレープの香りが漂う。
日本でも有数の偏差値の高い高校だ。様々な下心を持った来校者で満ちている。
講堂では演劇部や吹奏楽部が発表を行っている。廊下では生徒たちの笑い声が途切れなかった。その中にあって、ひときわ異彩を放っていたのが、北高と白嶺の医学研究会が合同で出した展示室だった。
『大学を超える、高校になる』
『生徒一人当たり、査読つき論文の数で、大学を凌駕する』
『高校生の方が、大学生よりも下? 大学に行く必要性を疑おう!』
挑発的な横断幕が掲げられていた。横のスクリーンでは「信頼性の高い論文を生み出すまで」と題した短い動画が流れている。
そこでは、研究テーマを決め、データを集め、論文にまとめて学術誌に投稿し、査読者のコメントを受けて修正し、再提出する──その一連の流れが、分かりやすい説明とともに紹介されていた。
文化祭に来た一般の人にとっては、普段触れることのない世界。驚きの表情を浮かべる保護者や、興味津々で質問する中学生の姿が目立った。
入り口で、脅す。
展示は、査読を突破し、世界的に認められた論文の紹介からスタートする。
『自己組織化と人体レジリエンス——指標設計と制御則の数理枠組み / Self-Organization and Human Resilience: A Mathematical Framework for Designing Indicators and Control Laws』
教室の中は分科会ごとにブースが並んでいる。
それぞれの研究計画や途中経過がポスターや動画で紹介されていた。どのブースにも「いまはどんな段階か」「どんな雑誌に投稿するのか」といった情報が明示されている。
単なる展示ではなく、明確に「査読付き論文へのチャレンジ」を目指す姿勢が示されていた。重要なのは、この姿勢だ。
教室に入って最初に目を引くのは、「ボランティア団体の課題」を扱う分科会だった。この場を担当している七海が、その魅力で、来校者を強く惹きつける。
教室をチラと覗くと、七海がみえる会場の設計。あざとい。
七海「ボランティアは善意で成り立っています。ですが、続けるのは簡単ではありません。途中でやめてしまう人も多く、リーダーに負担が集中しやすいです。どうすれば続けやすい仕組みができるのか、その解決策を探しています」
ポスターには「人材の定着」「感謝や承認の大切さ」といったキーワードが並んでいる。子どもたちのプライバシーに配慮しつつ、動画では実際の活動の様子が紹介されていた。
七海「この研究は、複数のボランティア団体と協力して進めています。国際的な雑誌に、論文として投稿する予定です」
みていた保護者から、感心の声が上がる。
隣のブースは、「海外医学部の検討」だ。
白嶺の生徒たちが中心となって、世界各国の医学部の学費やカリキュラム、卒業後の進路を比較した資料を展示していた。「海外の医学部って、現実的なんですか?」と質問する高校生に、学生が真剣に答えている。
生徒「条件次第では可能です。ただ、経済的な負担や国家試験の互換性の問題があります。だからこそ、正確な情報を整理し、論文として社会に発信する意味があります」
動画では、実際に海外の医学部に進学した在校生、卒業生へのインタビューが流れる。リアルな体験談が伝わってくる。数はまだ足りないが、そうした体験も数字で計測され、統計データとして処理されていた。
教室の中央では、「人工知能時代の看護の優位性」をテーマにした分科会が展開されていた。蓮がプロジェクターを操作しながら来場者に説明する。
蓮「人工知能が進歩しても、看護の役割はなくなりません。むしろ、人に寄り添うという点で、看護の重要性はさらに増していきます」
ポスターには「AIが得意なこと」と「人間にしかできないこと」が対比されている。データ処理や診断支援はAIに任せられる。
一方で、患者の感情を理解し、安心を生み出すためには、看護師が必要と示されていた。動画では高齢者ケアの様子が流され、優しい声かけが不安を和らげている場面が印象的だった。
奥のブースは、「スポーツ科学の可能性」分科会だった。カイオと美月が担当しており、握力計やジャンプ測定器を並べて、来場者が実際に体験できるようにしていた。
子どもたちが楽しそうに参加し、笑い声が絶えなかった。
美月「スポーツ科学は、健康や予防医学に直結します。体を動かすことが心身にどんな効果をもたらすかをデータで示し、論文として社会に届けたいです」
ポスターには、「運動と心の健康」「高齢者の転倒予防」といったテーマが掲げられている。
動画では研究会メンバーが測定を行う様子が流れていた。そこに、「論文投稿に向けて準備中」とテロップが表示され、来場者は思わず頷いていた。
午後。全分科会の代表が短くスピーチをする、「ライトニングトーク」が行われた。
七海は少し緊張しながらも、しっかりと前をみて話せた。
七海「私たちは、うまくいった結果だけを書くのではなく、どう考え、どう準備したかも記録していきます。ここにあるのはその途中経過です」
七海「人と人が支え合い、受け入れ合いながら研究を進めてきました。だから、研究の過程そのものが、私たちを作っているのだと思います」
その言葉には、七海自身が人間関係に悩み、それでも受け入れ、受け入れられる中で成長してきた実感が滲んでいた。
続いて蓮が短くまとめる。
蓮「研究は、良い結果が出なくても意味があります。大切なのは、誠実であること。正直に伝えること。そして、それを次につなげることです」
夕方になり、模擬店の明かりが次々と消えていくころ。この教室には静かな達成感が残っていた。
神戸、白嶺の文化祭。この教室で行われたのは、ただの研究発表ではない。終わりのない挑戦の宣言だった。
人を受け入れ、受け入れられ。悩みながらも前に進む。その歩みが確かに形になっていた。
最終章。第80話が終わりました。ここまで読んでいただけたこと、ほんとうに嬉しいです。ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
あくまでもフィクションです。高校生の可能性について示せればと考え、執筆しました。
引き続き、よろしくお願い致します。




