第73話 私が学ぶべきこと
昼休みの屋上。長谷川と八尾を加えて、7人がいる。
高校3年生。いよいよ、最後の1年が始まっている。
七海、蓮、美月は、特進クラスの3年A組。カイオと八尾は、3年C組。夢咲、長谷川は、ラッキーなことに同じクラス、3年D組になっていた。
七海「そうだ。私たち、また、結婚しました!」
夢咲「もう、そういうの飽きたから、いい」
美月「ほんと、あんたら公害だからね! 少しは自重しなさい」
長谷川「七海さんたちは、高校生のうちに2度も結婚するんですね。すごいです」
夢咲「長谷川くんだって、すごいよ」(乙女モード)
蓮「そういえば、カイオ。お前、白嶺でも大人気だったよ。パテシエの話、聞きたいって」
カイオ「いまの俺、パテシエじゃなくて、大学に進学するつもりなんだ」
蓮「え? そうなの?」
美月「なんかね、社会学に興味あるんだって。いまのカイオは」
七海「迷うことは、知性。カイオくんは、知的に誠実なんだよ。そこ、自信持っていいと思う」
カイオ「七海ちゃん、嬉しいです。そういうの」
七海「でね。私もカイオくんを見習って、進路変更することにした」
——自分の学ぶべきことを、疑う。
七海「柔軟性は、その人の幸福度と正の相関があります(※1)。だから、こうして悩んで、考えて、進路変更をするのは、そもそも、良いことです。カイオくんは、前に、こういうのカッコ悪いって言ってた。けど、むしろ、良いことです」
カイオ「今日の俺、もしかして、確率変動中? すごく嬉しいんだけど」
蓮「ちょっと、嫉妬するからやめて、七海」
七海「私、グリーフケアと社会起業を勉強します。大学は、そのために行くつもり」
八尾「グリーフケアも、社会起業も、初耳です。どういう勉強なんですか?」
七海「まず、グリーフケアは、大切な人と死別した人の悲しみを和らげる支援です(※2)。で、グリーフケアのメッカは、イギリスなの。だから私、イギリスの大学に行くつもり」
八尾「留学! どうなんですか? 旦那様としては?」
蓮「楽しそうだし、すごくいいなって思ってる」
美月「留学の費用は、どうするの?」
七海「大丈夫。うちの旦那様、高級取りだから。ね、蓮くん♡」
蓮「ま、まあ、お金の心配はしなくていいけど」
カイオ「そうなの? 蓮って、どれくらい稼いでるの?」
蓮は、小声でカイオに耳打ちする。驚くカイオ。
カイオ「何それ! 家、買えるじゃん!」
七海「次に、社会起業について。簡単にいうと、ボランティア団体の経営を学ぶの(※3)。こっちは、オンラインで学べる大学を探してる」
美月「ボランティア団体の経営って、大変そう。お金、なさそうだし」
七海「だからよ。チューリップみたいな活動、本当は、もっと大きくしないと。必要な人に、必要な分だけ届かない。だから、ボランティア団体を大きくする方法を学びたいの」
八尾「奥様。大学、2つ同時に行くんですか?」
七海「そんなの、海外では普通のことよ。みんな、そうしてる。私にだって、絶対、やれる」
蓮「いいね、七海。応援する」
七海「ありがとう。うん。知ってる。どんな選択をしても、蓮くんは私のこと、応援してくれるって」
テレる蓮。かわいい蓮を初めてみて、動揺する八尾。
蓮「イギリスで暮らすことになったら、いよいよ、ふたりきりの生活になるね」
カイオ「あれ? 蓮は、アメリカの大学だったよね、確か?」
蓮「うん。プリンストン大学の大学院に入ること、ほぼ、決まってる」
八尾「大学院? 旦那様、大学は?」
蓮「いく必要ない。大学レベルの数学は、もう、十分わかってるし。前に査読を通した論文のおかげで、複数の大学院から、入学のオファーもらってる。研究しながら、給与がもらえるとこばかり」
長谷川「学費を払うんじゃなくて、給与をもらいながら勉強するんだ……」
美月「あれ? じゃあ、イギリスとアメリカの遠距離になるの?」
蓮「どこも実質リモートで大丈夫。イギリスで七海と暮らしながら、アメリカの大学院で研究する。だから、七海とふたりで暮らして行ける」
夢咲「絶対、すぐに子どもできちゃうやつだ」
美月「間違いないね」
真っ赤になる七海。
八尾「イギリス留学かぁ。お金がないと、とてもできない選択だよね」
七海は、姿勢を正し、息を整えてから
七海「そ、そうなの。お金は、とても重要なの。白嶺の人たちは、お金、嫌ってるみたいだった。でもあれは、子どもだと思う。お金のあるなしで、選択肢は変わるから」
夢咲「あんた、お金で苦労してきたもんね。報われて、よかったよ」
七海「うん。大切なのは、お金を遊ばせないこと。自分が学ぶべきことに、使い切る覚悟が重要だと思う。私のお金は、私のもの。蓮くんのお金も、私のもの」
美月「ジャ、ジャイアニズムだ。実在するんだ」
みんな、笑う。
夢咲「七海、元気な子になったよね。マジで、かわいい。かわいいの定義、私の中で、変わった」
七海「この世界から、大切な人と死別することの悲しみを減らしたい。私は、そのために生きる。きっとまた迷うけど、まずは、そう行動する」
蓮「七海。とても、素敵だ」
七海「蓮くんの隣に立ち続けるために必要なのは、学び続けることだってわかったの」
カイオ「七海ちゃん、ほんとうにかっこいいです」
——自分の学ぶべきことは、自分で決める。迷い、決めづづける。
七海「私は、これからもずっと迷う。自分が学ぶべきことを、絶対に、固定化しない。ダイナミックに、変化し、学び続ける。そして自分が学ぶべきことを、疑い続ける。それが私なんだって、そう決めたの」
最終章? 第7章の始まりです。第73話までお読みいただき、ありがとうございました。とても嬉しいです。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
七海が自分のことを、知的に誠実に、理解していきます。そうして理解した自分は固定的な存在ではなく、ダイナミックに変化します。だから七海は、学び続ける覚悟をしているのです。
引き続き、よろしくお願い致します。
参考文献;
1. Pyszkowska A, Rönnlund M, et al. Psychological Flexibility and Self-Compassion as Predictors of Well-Being: Mediating Role of a Balanced Time Perspective. Frontiers in Psychology. 2021;12:671746.
2. Forte AL, Hill M, Pazder R, Feudtner C. Bereavement care interventions: a systematic review. BMC Palliative Care. 2004;3:3.
3. Cuervo-Cazurra M-J, et al. Social Enterprises: Conceptual Debates and Approaches. In: *Handbook on Social Entrepreneurship*. Springer; 2022. In the chapter “Social Enterprises: Conceptual Debates and Approaches”.




