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第71話 ふたり、影をならべて

 春休みの終わり、3月の夕暮れ。


 高宮家をあとにした七海と蓮は、川沿いの道を並んで歩いていた。


 玄関先まで、圭吾と共に見送りに出てきた圭吾の母が、「またいつでも遊びに来てね」と笑顔で手を振ってくれていた。それが、七海の胸にまだ、あたたかく残っている。


 手土産にと渡された焼き菓子の紙袋を抱えながら、七海は頬をほころばせた。


七海「圭吾くんのお母さん、ほんと優しい。お菓子までもらっちゃった」


蓮「そうだね」


 蓮は短く答え、夕暮れに目を細める。その穏やかな声を聞くだけで、七海の心は少し落ち着く。


 川沿いの桜は、まだ(つぼみ)のまま。でも、枝先に淡い紅色がみえはじめている。


 もう、冬ではない。風が、硬い蕾を優しくなでていく。


七海「新学期のクラス分け、どうなるかな」


 七海は袋を胸に抱きしめたまま、少し不安げに口にした。


蓮「3年になると、進路別クラス。俺と七海は、たぶん特進クラスだから、きっと一緒」


 蓮は川面に視線を落とした。沈みかけた陽が金色に反射して、きらきらと揺れていた。


七海「別のクラスになったら……やだな」


 そう言いながら、七海は蓮の腕に寄りかかった。


 一緒に暮らし、毎日を共にしている。けれど、クラスが離れることを考えただけで、七海の胸はざわつく。


蓮「大丈夫だよ」

 

 蓮が立ち止まり、七海の手を取った。指先から伝わる温もりが、まだ残る肌寒さを忘れさせてくれる。


蓮「一緒に通ってるんだし、放課後も変わらない」


七海「そうだけど」


 七海は唇を尖らせて、ぎゅっと蓮の手を握りしめた。


七海「同じ教室で、同じ時間を過ごしたいの」


 蓮は少し考えるように視線を落とし、それから七海を見て静かに言った。


蓮「じゃあ、同じクラスになれなかったら──学校、辞めちゃおっか? それで、ずっと一緒にいる。ずっと抱き合ってるの、どう?」


 その言葉に、七海の胸は高鳴る。もう、少しは慣れたはずなのに。


 顔に熱が集まるのを隠すように、七海は、紙袋を抱え直す。


七海「そういうこと、さらっと言うから困るんだよ」


蓮「?」


七海「だから、そういうとこ」


蓮「本心だよ? 別に、学校とか、どうでもいい。あ、でも医学研究会があるか。さすがに、医学研究会のことは、放り出せないな」


 もう、気持ちを誤魔化せない。七海は、蓮の腕にワシッとしがみついた。


 背の高さの違いに身体を預けると、七海の心臓の音は、穏やかに落ち着いていく。


七海「蓮くん、ずっとそばにいてね」


蓮「そういう約束になってる」


 蓮の「約束」の発音が、あまりにも重たくまっすぐで、とても優しく響いた。


 七海の胸に安心が広がる。

 

 蓮と出会った頃の自分なら、絶対に口にできなかった言葉。そばにいてね。


——ずっと、そばにいてくれる。


 今は自然に甘えられる。それが、嬉しい。


 ふたりはまた、歩き出す。


 桜並木の下、風に揺れる(つぼみ)がこすれ、小さな音を立てた。


 風が、あたたい土の匂いを含んでいる。


七海「ねえ、蓮くん」


蓮「ん?」


七海「もし別のクラスになったら、お昼休みは必ず一緒だからね」


蓮「たまに、バスケ部の昼練は出たいけど。七海が嫌なら、出ない」


七海「その時は、昼練、見学に行くから。大丈夫」


 七海は、意味もなく笑った。自分でも、なんで笑ったのかわからない。


 川沿いにベンチがみえてきて、七海は足を止める。


七海「ちょっと休も。もう少しだけ、外で、一緒にいたい」


蓮「あとでまた、銭湯に——」


 いいかけて、やめる。


 ふたりは並んで腰を下ろした。川面に映る夕日が、ゆるやかに色を変えていく。


 七海はそっと、蓮の肩に頭を預けた。


七海「ずっと一緒に、笑っていたい」


蓮「うん」


 そっけない返事なのに、七海の手を握る力は、強くなった。


 その力に応えるように、七海もぎゅっと握り返す。


 桜の花は、まだ開いていない。


 けれど、こうして肩を寄せ合えるいまがあるなら、この世界には、いつだって花が咲いている。

お忙しい中、第71話までお読みいただけたこと、本当に嬉しいです。ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


甘々エピソード、久しぶりです。少しだけ、落ち着いてきた感じでしょうか。もちろん、七海が罪悪感を突破した意味合いを持たせています。


引き続き、よろしくお願い致します。

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