第70話 あたたかな許し
冬が明けようとする、3月。いつもの、見晴らしの良い公園のベンチ。
七海と蓮が、座っている。
——自分の学ぶべきことは、自分で決める。
七海「私は、まだ、蓮くんの隣に立てるような人間じゃないって感じる」
蓮「俺は、そんな風に思ってない。でも、七海がそう感じているのは事実だってわかる。だから、助けたい。頼ってほしい」
七海「うん。まず、自分の罪悪感がどこから来てるのか、わかった。それを自己開示すると、罪悪感が減るかどうかはわからないけど、自分の新たな可能性に気づくんだって(※1)」
蓮「辛くなかったら、聞かせて」
七海「私、お父さんが死んだの、私のせいだって思ってた。でも、いまは、それは違うって思う。でも、あの頃の私は、本気でそう思ってたの」
蓮「うん」
七海「借金を返すために、お母さんが夜も働くようになった。小さい美香は、お母さんに甘えられなかった。お父さんの代わりに、私が死ねばよかったのにって思ってた」
蓮「辛かったね」
——知的に、誠実である。
七海「でね。これ、間違った罪悪感だったんだ。いまは、そう思える。でもね。子どもの罪悪感って、残されたほうの親のケアによって減るんだって。お母さん、闘病にかかったお金を返済するために、ずっと家にいなかったの」
蓮「……」
七海「お母さんは、悪くない。私が、間違った理解をしてたの」
蓮「うん」
七海「こっちの罪悪感は、脳に焼き付いてる。でも、その罪悪感は、間違いだってわかってる。だから、この罪悪感は、きっと減っていくんだと思う。蓮くんを壊してしまった罪悪感も、きっと減っていくと思う」
蓮「一緒に、頑張っていこう」
七海「うん。でもね……蓮くんに出会って、白嶺の理念を知って、闘病中のお父さんのこと、わかった。どうして、死にそうなのに勉強してたのか」
蓮「うん」
——知的に、誠実である。
七海「でも、あの時の私は、勉強してるお父さんに怒ってた。どうして、もっと家族でお話ししないのかって」
蓮「そう言ってたね」
七海「私、お父さんのこと、わかってあげられなかった。そのまま、お父さん、死んじゃった。お父さん、かわいそうだよね」
蓮「……」
七海「この罪悪感は、本物なの。否定できないの」
蓮「七海。無駄かもしれないけど、一緒に、お義父さんのお墓に行こう。そこで、ちゃんと謝ろう。俺も一緒に謝らせて欲しい」
七海「どうして、蓮くんが謝るの?」
蓮「俺も色々と、ずっと調べてる。脳科学の論文。パートナーとの親密性が高いと、相手の痛みに神経レベルで共感する(※2)。俺も、すごく辛い。俺も、謝りたい。俺は、七海のこと、俺自身のように感じてる」
七海「手をつないだときの、脳の共鳴……」
蓮「そう。七海がみつけた、あの論文にもあった。共鳴するって」
七海が、蓮の左手に、自分の左手を重ねる。
結婚指輪が、重なる。
蓮が、重ねられた七海の左手を、右手に取り、立ち上がる。
手を引かれ、七海も立ち上がる。
七海の瞳を、蓮の青い目が、まっすぐにみつめた。
誇り高き、オオカミの夫婦がいる。
蓮「伝わってほしい。俺がいま、何を感じているのか。言葉じゃ、もう、伝わらないんだ」
あのとき聞いた、荘厳な音が、また、七海の内側でこだまする。
——お父さんが、みてくれてる。みてくれてるんだ
七海の瞳が、ゆれる。世界が、金色に滲んでいく。あたたかい。
——あたたかいよ、お父さん。あたたかいんだよ
蓮「七海。俺と結婚して欲しい。どうか俺に、七海の苦しみの半分を、背負わせて欲しい」
蓮が、七海の腰に左腕を回す。腰をとり、七海を爪先立ちにさせた。
——お父さん、この人を、私のところに連れてきてくれて、ありがとう
お忙しい中、第70話までお読みいただけたこと、本当に嬉しいです。心より感謝致します
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
心的外傷後成長(PTG:Post Traumatic Growth)って言います。人間は、トラウマになるような出来事を突破すると、人間関係が深化し、新たな可能性に気づき、思っていたよりも自分は強いと感じ、生きていることに感謝します。あくまで、平均的な傾向の話ですが。
引き続き、よろしくお願い致します。
参考文献;
1. Efthemiou A, Elam T, Hicks P, Taku K. Investigating the Impact of a Psychoeducational Program on Self-Disclosure, Posttraumatic Growth and Resilience for Adolescents. Journal of Child & Adolescent Trauma. 2025;18:365-375.
2. López-Solà M, Zorza T, Lohmann P, et al. When pain really matters: A vicarious-pain brain marker for observing pain in a loved one. Neuropsychologia. 2017;97:184-195.




