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第68話 白嶺とともに

 七海と蓮は、白嶺(しらみね)学院、医学研究会の部室にいる。


 相対するのは、医学研究会の部員12名、顧問1名、ボランティア担当の教員2名。


 白嶺、医学研究会の元部長、皆川 桜(みながわ さくら)による紹介がある。


皆川「ご存知、『勝利宣言』の藤咲 七海さん。それと、うちの早期卒業生、御影 蓮さんに来てもらいました!」


 拍手。七海と蓮は、白嶺の生徒にとって、憧れのふたり。白嶺の生徒たちは、少し緊張している。


工藤「部長の工藤 慎二です。ようこそ、白嶺へ。今日は、よろしくお願いします」


 一通りの挨拶を済ませたあと、蓮が話し始める。

 

蓮「本日、お集まりいただいた目的から、お話しさせてください。おそらく皆様は、北川高校、医学研究会の活動報告だと聞いていると思います」


皆川「あれ? 違った?」


蓮「もちろん、それもあります。ですが、目線はもっと上です。白嶺と北高の連携を強化したいと考えています。なので、御校、顧問の先生にも来ていただきました」


工藤「連携、具体的には?」


蓮「それを、今日、議論したいのです。とはいえ、僕たちの視野にあるのは、お互いの文化祭を、一緒にやることです。白嶺の文化祭は9月、北高は11月なので、時期的にも可能です」


生徒A「文化祭、毎年、2回できるってことですか?」

生徒B「東京にも、行ける!」

生徒C「人数が倍になるから、出し物の規模も大きくできるね」


七海「ホテルじゃなくて、お互いの部員のご自宅に泊まれたら、費用も安くて済みます!」


蓮「面白い論文があります。中高生が、他校の生徒と交流を持つと、行動に良い変化が起こり、成績も上がるそうです(※1)」


工藤「ほんとですか?」


蓮「ええ。査読つき論文が複数あります(※2, 3, 4)。バックグラウンドが異なる相手と話すことは、そもそも視野を広げます。進路情報や勉強法の共有、教え合いなども起こります」


七海「あと、地域を超えたネットワークを持つと、将来の選択肢が増えます」


生徒A「確かに、東京に友だちができたら、東京の大学に行くこと、検討しやすくなるかも」


七海「逆に、うちの部員も、神戸大学とか、選択肢に入るかもですよね!」


顧問「さすが、うちの早期卒業生ね。関心だわ。教師の引率が必要になるけど、面白そうだし。私も東京行きたいし、いいんじゃない?」


生徒A「先生が東京行きたいだけじゃん」


 笑。


皆川「私が行く大学にも、医学研究会みたいな活動をしてるサークルがあるの。私、そこに入る予定なんだけど、大学のサークルとも連携できないかな? まだ気が早いけど」


七海「最高じゃないですか!」


蓮「まずは、白嶺と北高の連携から。それができたら、大学との連携も考えましょう。大学生が入ってくると、リーダーシップを取られちゃって、高校生の学びが減るリスクがありそうですし」


皆川「確かに。医大って、30代の学生とかも普通にいるから、ちょっとイメージ違っちゃうかも」


工藤「まずは、白嶺と北高の連携を成功させましょう。その中で、医大との連携も考えていく、でどうですか?」


七海「何らかの連携は、必要でしょう? 皆川先輩がいるのに、もったいないです」


皆川「そうね。じゃあまず『連携の目的』を明確にして、その目的のために、医大サークルがどう関われるかを考える方向ね」


蓮「おっしゃる通りです。明確な目的がないと、議論が混乱します」


生徒B「俺、ちょっと迷ってることあるんです。白嶺の医学研究会にいる連中って、みんな医学部志望なんですよ」


七海「白嶺の偏差値って、めちゃくちゃ高いですもんね」


生徒B「でも俺、医学じゃなくて、看護の方に興味あるんです」


生徒D「マジで? 医者の方が、給与高いよ?」


——自分が学ぶべきことは、自分で決める。


生徒B「給与なんて、クソどうでもいいでしょ? お前、白嶺の生徒として、恥ずかしくないのかよ。自分が学ぶべきことを、金に決めさせんのか?」


 沈黙。


七海「北高の医学研究会には、看護師志望で、看護学校を受験する子もいるよ」


生徒B「失礼ながら、そうだと思ってました」


蓮「それで、連携に期待したいんだね。いいね、それ」


七海「うちは、ほんと、バラバラだよ。私も含めて医学部志望もいるけど、看護、医療機器とか。蓮くんは数学だし。あと、スポーツ……あれ? パテシエ?」


 小声で、蓮に「カイオくんって、いま、なに目指してたっけ?」と聞く七海。


顧問「パ、パテシエ? お話し、聞いてみたいわ、それ」


生徒F「パテシエ! お話し、聞いてみたいです!」


蓮「カイオ、こんなとこでも話題を持ってくのか。やっぱ、すごいな、あいつ」


生徒G「恥ずかしながら俺も、親が医者やってて、給与もいいから、なんとなく医学部ってだけ。ちゃんと考えてみたい。考えなくちゃ、いけないって思ってた」


七海「ん? 医者よりも給与のいい仕事なんて、たくさんあるよ? 蓮くんとか、もう、普通の医者以上に稼いでると思うし」


生徒G「そうなんですか? 御影先輩、ちょっと話、聞かせてください!」


蓮「いいけど、給与とか、どうでもいいでしょ?」


生徒G「そうじゃなくて、ちゃんと迷いたいんです」


蓮「なるほど、いいね。迷うことこそ、知性だから。ネイチャーに、脳科学の教科書を書き換えるレベルの発見が載ってた。読んだ? 脳は、迷うときこそ、全力を発揮するらしいよ(※5)」


生徒A「自分が学ぶべきことを、迷う」


——知的に誠実であれ。


七海「自分が学ぶべきことを……疑う」


顧問「……」


工藤「強い。とても強い言葉です。僕、それがいいです。疑う」


生徒H「偏差値が高い高校の、医学研究会にいるから、医学部。ダサいよね、そんなの」


生徒B「ダサい。人工知能の時代に、知識詰め込んだところで食えないって」


——私、ほんとうに、医学を学ぶべきなの?


皆川「それが北高と白嶺の『連携の目的』であれば、医大サークルとの交流は、返って良くないね。むしろ、別の分野で活躍してる人たちに来てもらった方がいい」


蓮「すごいね、七海」


七海「あっ、いや、これで決まりってわけじゃ——」


工藤「誰か、代替案、ある人いる?」


 いない。


——私、ほんとうに、医学を学ぶべきなの?


——知的に誠実であれ。


第68話までお読みいただけたこと、本当にありがとうございます。ブックマークし、更新をお待ちいただいていた方々も、本当に嬉しいです。ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


視野が広がるとは、どういうことかを表現してみました。人間は、価値観の異なる他者との交流を通して、自分を疑い、価値観を更新し、成長して行きます。


引き続き、よろしくお願い致します。


参考文献;

1. Lenard, M. A., & Silliman, M. (2025). Informal Social Interactions, Academic Achievement and Behaviour: Evidence from Peers on the School Bus. The Economic Journal.

2. Zou, J. (2024). The peer effect of persistence on student achievement. EdWorkingPapers, 23-803.

3. Schafer, M. H., Khan, S. S., Cho, E., & Davidson, B. (2021). Peer effects of friend and extracurricular activity networks on academic performance. Social Science Research, 97, 102560.

4. Shao, Y., Kang, S., Lu, Q., Zhang, C., & Li, R. (2024). How peer relationships affect academic achievement among junior high school students: The chain mediating roles of learning motivation and learning engagement. BMC Psychology, 12, 278.

5. Angelaki, D., Carandini, M., Churchland, A. K., et al. (2025). A brain-wide map of neural activity during complex behaviour. Nature.

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