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第67話 罪悪感と利他行動

 七海は、美穂子にお詫びをしつつ、蓮にSMSでメッセを送る。


 すぐに返信がある。近くのファミレスに、南 隆信とふたりでいるとのこと。七海は、合流を打診し、OKをもらった。


七海「美穂子さん、すみません! どうしても、南さんにお会いしないといけない気がして」


美穂子「いいのよ。私との時間は、今日の夜も、明日だってあるんだし」


七海「すみません!」


 美穂子が、七海のために車を出そうと、村上に連絡をしている。それを待つことなく、七海は、御影邸を飛び出していった。


 自己組織化。(28話)


 人間は、自分の近くにいる人だけを気にする。近づきすぎたら怖くなって離れ、離れすぎたら寂しくなって近づく。それだけで、この社会はできているのかもしれない。


 地図アプリをみながら、七海が、走る。本来なら20分程度で着くはずのところ。七海が蓮たちのいるファミレスに到着したのは、御影邸を出てから、40分後だった。慣れない土地で、迷ってしまっていた。


 ファミレスに到着するやいなや、七海は、蓮に飛びつく。ギョッとする南。他に客がいなかったのは、良かった。


 店員が、注意しようと近づいてくる。しかしその店員は、恐ろしいまでに整った七海の容姿に目を奪われ、動けなくなっている。


蓮「ちょ、七海。ここ、ファミレス。離れて」


七海「ご、ごめんなさい。蓮くんのことみつけたら、身体が勝手に……」


 七海は、少し蓮から離れて、座り直す。蓮の隣に七海、蓮と七海の正面に南がいる。店員は、まだ動けないでいた。


七海「すみません、急に。藤咲 七海です。あの、覚えてますか?」


 南も、店員と同じ理由で、動けないでいた。


南「……あ、ああ。もちろんです。忘れられるものですか」


七海「お久しぶりです。あの時は、大変お世話になりました。ほんとうに、ありがとうございました」


南「こちらこそです。藤咲さんの『勝利宣言』(39話)、白嶺の生徒全員の記憶に残ってます。校内だけで公開されている教育動画サイトでも、再生数、ぶっちぎりの1位です」


七海「お恥ずかしい……」


南「それにあの後、校内でカップルが急増しました。白嶺の方が、藤咲さんから、たくさんもらってるってことです」


蓮「で、どうしたの? 七海。南に会いたいって。俺、ちょっと、嫉妬してる」


七海「まだ、なんでかわからないの。でもね、この写真をみて」


 蓮と南がじゃれあっている写真を、七海は、蓮と南に、スマホでみせる。


南「蓮、これ、いつの? 僕、この写真、持ってないよ」


蓮「中3のとき? うちの母親が撮影したんだと思う。俺も、はじめてみた」


 蓮と南が、思い出話を始めた。それをさえぎって、


七海「私、蓮くんの心、5歳のときに、壊しちゃてるんです。でも、それを南さん、あなたが直してくれた。だから私、いま、こうして蓮くんといられるんです」


——あれ? 私、お礼を言いにきたの?


七海「あり……」


 急に止まる、七海。


蓮「どうかした?」


 七海が、自分の中に、必死でなにかを探している。七海の奥底から、言葉が、勝手に出てくる。


七海「南さん。私を、助けてもらいたいんです」


南「助ける? 助けるって、どういう意味でしょう?」


七海「南さんは、私に壊されてしまった蓮くんの心を、直しました。そしていま、私はきっと、私自身の心を壊そうとしてます」


蓮「……」


七海「私は、大切な人たちから、きっと愛されています。それはもう、ほとんど疑っていないんです。みんなが、『ありのままの私』の価値を認めてくれているって感じさせてくれます。でも私が、私だけが、自分の価値を認めようとしないんです」


南「……」


七海「認めないどころか、あえて、価値を壊したいかのようです」


南「……罪悪感。なるほど、確かに、蓮と同じですね」


蓮「俺の方こそ、七海の心を壊したと、ずっと思ってた。その罪悪感から、抜け出せなかった。それで、南に話を聞いてもらって、研究テーマを変えてから、前を向けるようになったんだ。それで、七海を追いかけることができた」


七海「そうだったんだ」


南「藤咲さん、あなたは、蓮をのことを壊したと思っている。それに罪悪感を感じているんだね?」


七海「はい」


南「罪悪感って、専門的には、自己意識的感情っていいます。嬉しいとか、悲しいって感情じゃない。自分の内部に『倫理の警察』みたいなのがいて、それが自分のことを評価して生まれる感情です。恥、誇り、そして罪悪感などが、自己意識的感情です」


七海「私は、自分のことを、極端に低く評価してます。恥も感じますし、罪悪感も持ってます」


南「罪悪感は、誠実な人ほど、持ちやすい感情です。だから、それほどの罪悪感に囚われてしまう藤咲さんは、とても誠実だということです」


七海「それは、エビデンスのあるお話ですか?」


南「複数、ありますね(※1, 2, 3)」


七海「あくまでも統計的事実。平均の傾向として、納得しました」


 知的に誠実だ。


南「罪悪感を持つと、まず、その罪を償なおうとします。しかし、どうしても償えないときは……」


七海「蓮くんを傷つけて、ずっとそのまま、償えないでいました」


南「そのとき、罪悪感は、自己罰を誘発します。簡単にいうと『自分は、幸せになってはいけない』と感じ、積極的に、幸福から遠ざかろうとするんです(※4, 5)」


七海「だから、私は……」


南「罪悪感が病的であれば、精神科を受診すべきです」


七海「それほどとは、感じてません。ただ、蓮くんに相応しい自分になりたいんです」


蓮「もう、十分どころか、俺の方が頑張らないとだよ」


七海「ううん、私が、そう感じられないの。でも、そう感じたいの」


南「罪悪感は、なんのために、あると思いますか?」


 沈黙。


七海「わかりません」


南「罪悪感は、利他的な行動の源泉だと考えられています。利他的な行動を続けると、罪悪感が減るんです(※6, 7)」


七海「誠実な人は、罪悪感を持ちやすい。結果として、誠実な人は、利他的に行動する。その行動が、罪悪感を癒す?」


南「そう、考えられています。多くの宗教が、罪について語り、慈善活動に(いそ)しみますね。その背景となる心理的なメカニズムです。あ、僕は無宗教です。念のため」


七海「蓮くんが、私に医療系ボランティアをすすめてくれたのって……」


蓮「そう。その方向であれば、きっと七海は、元気になると思ったから」


七海「南さん、あなたは、いったい……白嶺の生徒って、みんなこんなに……」


 南は、優しい笑顔で笑う。


南「やっと、僕にも興味を持ってくれましたか」


七海「ご、ごめんなさい」


南「僕は、蓮に手伝ってもらいながら、イルカの勉強をしています。特に、イルカの社会規範に関心があります。喧嘩後の和解、関係修復などに、イルカは、ルールを持っているんです(※8)」


七海「イルカ?」


南「はい。イルカが、僕が『自分で決めた、学ぶべきこと』です。イルカの罪悪感について、理解したい」


七海「イルカにも、罪悪感があるんですか?」


南「まだわかってません。だから、勉強してるんです」


七海「イルカに、罪悪感があるのかを知って……」


 七海は、「知ってどうするのか」と言いかけて、止めた。


南「そうです。知りたいという、その気持ちに、理由はいらないんです。だってそれは、事実だからです。知りたい気持ちを、愛すること。すなわち、フィロソフィア(知を愛する姿勢)=哲学です」


七海「愛に、理由なんていらない」


南「そういうことです。むしろ、愛の理由は問えない。だから、特定の誰かを理由もわからず、知りたくなったとき。そこに、愛の存在を疑う必要があるわけです」


七海「それで、蓮くんに……」


南「ご想像のとおり。蓮に、白嶺の早期退学をすすめたのは、僕です」


蓮「俺と七海を引き合わせてくれたのが、南ってことになる」


七海「……」


南「君たちふたりは、よく似てますね。お互いに勝手な思い込みで、普通じゃない罪悪感を、ずっと持ち続けてる。それは君たちが、ほんとうに誠実だということです。自信、持っていいと思いますよ」

第67話までお読みいただけたこと、本当に嬉しいです。ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


南は、罪悪感を生み出す原因である、脳内にいる「倫理の警察」こそが、人間が「神」を生み出してきた理由ではないか、と考えています。そこでもし、イルカにも罪悪感があれば、イルカにも宗教があり「神」を持っているのではないかと妄想しているのです。ただ、そんなことを七海に言っても引かれるだけと思い、そこまでの説明は避けています。


引き続き、よろしくお願い致します。


参考文献;

1. Levine, E. E., Bitterly, T. B., Cohen, T. R., & Schweitzer, M. E. (2018). Who Is Trustworthy? Predicting Trustworthy Intentions and Behavior. Journal of Personality and Social Psychology, 115(3), 468-494.

2. Fang, Y., Dong, Y., & Fang, L. (2019). Honesty-humility and prosocial behavior: The mediating roles of perspective taking and guilt-proneness. Scandinavian Journal of Psychology, 60(4), 386-393.

3. Tangney, J. P., “Moral Affect: The Good, the Bad, and the Ugly.” Journal of Personality and Social Psychology, Vol. 61, No. 4, 1991, pp. 598-607.

4. de Hooge, I. E., Zeelenberg, M., & Breugelmans, S. M. (2011). When guilt evokes self-punishment: Evidence for the existence of a ‘Dobby effect’. Emotion, 11(4), 808-816.

5. Nelissen, R. M. A., & Zeelenberg, M. (2021). Appeasing yourself or others? – The use of self-punishment and compensation by harm doers and how the victim’s punishment changes in reaction to these appeasement tactics. Journal of Economic Psychology, 82, Article 102369.

6. Nelissen, R. M. A., & Zeelenberg, M. (2021). Appeasing yourself or others? – The use of self-punishment and compensation by harm doers and how the victim’s punishment changes in reaction to these appeasement tactics. Journal of Economic Psychology, 82, Article 102369.

7. Costanza Scaffidi Abbate, Raffaella Misuraca, Michele Roccella, Lucia Parisi, Luigi Vetri, & Silvana Miceli. (2022). The Role of Guilt and Empathy on Prosocial Behavior. Behavioural Sciences, 12(3), 64.

8. Yamamoto, C., Ishibashi, T., Yoshida, A., & Amano, M. (2016). Effect of valuable relationship on reconciliation and initiator of reconciliation in captive bottlenose dolphins (Tursiops truncatus). Journal of Ethology, 34, 199–206.

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― 新着の感想 ―
小説として書いたのに知識として受け止められるのは不本意かなーと思いつつも、実際誰かと話しててそんな知識を与えてもらうこともありますし。白嶺だったらそれぞれの分野でそういう奴沢山いそう!笑
罪悪感について 利他的行動の源泉 フィロソフィア 付箋を貼りたい知識だらけ!笑
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