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第64話 白いチューリップ

 こうなると、七海は止まれない。(注)


 安藤にお願いして、沙良(さら)のご両親に連絡してもらう。ご両親から「ぜひ」とお返事をいただき、沙良のご家族が全員映った、自宅前で撮影された家族写真を送ってもらった。


 夢咲と美月に事情を話し、協力を取り付ける。オンライン書店で入手した『オオカミのかみさま』を、3人で読み込む。流れる涙を拭きもせず、3人は一心に、何かを話している。


——正しいことか、わからない。間違っているのかもしれない。でも、なんとか、クリスマスまでに


 医学研究会の部室では、A0(841 x 1,189 mm)サイズのポスター用紙に、夢咲が筆を走らせている。美月は、ペイントソフトで描いたラフなドラフトをみながら、夢咲に指示を出す。


 そして七海は、「続き」を考えていた。



 クリスマス前日の土曜日。安藤に引率され、七海は、沙良の病室にいる。


七海「沙良ちゃん、続き、持ってきたよ」


 沙良は、以前よりも、やや、体調が回復しているようにみえた。


沙良「七海お姉ちゃん! ずっと、待ってた!」


安藤「あれからずっと、沙良ちゃん、『七海お姉ちゃん、まだ?』ってばかり言ってたのよ」


七海「ごめん、遅れちゃって」


 七海は、肩に下げられた大きな袋から、額に入れられた大きなポスターを取り出す。


 夜。沙良の家族全員が、「オオカミのかみさま」の背に乗って、自宅から空に飛び立つところ。みんなが、笑っている。絵のタッチも、絵本の通りで、ほんとうに、「絵本の続き」の一枚に感じられる。


 痩せこけた沙良の頬に、涙がつたう。そのまま、ピクリとも動かない沙良。


七海「じゃあ、続き、読むよ」


 七海は、(かばん)から、「続き」の書かれた紙を取り出す。


 

8. それから

 (おんな)()は、家族(かぞく)みんなで(たの)しくすごしていました。

 そして、ある(よる)のことです。

「ひさしぶりだね。()たせて、ごめんね」

 オオカミのかみさまが、(おんな)()()いにきたのです。

「また、いっしょに、冒険(ぼうけん)したいな」


 夜空(よぞら)は、それから毎日(まいにち)、みんなで()場所(ばしょ)になりました。


めでたし、めでたし



 沙良は、「続き」を聞き終えて、もうこれ以上、なにひとつ加えることも、奪うこともできない——ただ、どこまでも完全な笑顔をみせた。


 それから、興奮した沙良は、ずっと、「続き」について、しゃべりっぱなし。途中、検査のために、車椅子に乗せられるときも、しゃべることを止めない。


 大人数で関わると、沙良のストレスになるからと、御影は沙良には会っていなかった。ただ、このときは、たまたまトイレに行くため、御影は、個室のある病院の2階にいた。


 そこで、車椅子で検査室に連れられていく沙良たちと、偶然、鉢合わせた。


沙良「オオカミの……かみ……さま」


 御影は、子どもたちに、髪を束ねるゴム紐をちぎられてしまっていた。その容貌(ようぼう)は、まさにオオカミよりも、オオカミだった。


七海「ダメだって……」


御影「ごめん。トイレが……」


 沙良には、七海と御影が、絵本の中から出てきた人物にしか思えなかった。そして、ふたりの左手薬指に、同じリングをみつけて


沙良「あなたたち、ほんとうは、オオカミのかみさまと月のお姫さまなのね。そしてふたりは、夫婦なのね。なんて、なんてすてきなの」


 沙良は、その日の夜から、一心不乱に「続きの続き」を書き始めた。


 冬休み。七海と御影は、時間が合う限り、いつも沙良のところにいた。沙良のご両親、お兄ちゃんにも、病室で何度も会った。


 沙良が、いつも七海と御影の話ばかりするので「家族全員で嫉妬してるのよ」とお母様から冗談を言われる。流れで、沙良のご両親と、連絡先を交換する七海。


——この連絡先の交換は、なんのため? いつ、必要?


 徐々に弱っていく沙良。酸素吸入マスクをつけられたり、外されたりすることも増えた。



 1月。新学期が始まって、6日が過ぎた。明日、また沙良に会えるはずだった。


 2時間目、社会の授業中。


 七海のスマホに、着信がある。「沙良のお父さん」と表示されている。


 着信に応答することなく、破裂するように泣き出す七海。


 七海の手からスマホを奪い、電話に出る御影。御影は、その場で膝をついた。


 わずか、5年と8ヶ月の命だった。



 葬儀。


 七海は、ご遺族以上に悲しんではいけないと、涙を(こら)えている。


 安藤が、そんな七海に、声をかける。


安藤「私の息子も、8歳のとき、小児がんで亡くなっているの」


七海「……」


安藤「七海さん、ほんとうに、ありがとう。沙良ちゃん、あなたに出会えて、ほんとうに良かった」


七海「やめ……て……くだ……い」


 安藤は、日本の献花としては珍しい、白いチューリップの花を持っていた。七海は、ギリギリで泣くのを踏みとどまり、話題を変えようと


七海「チューリップ……」


安藤「白いチューリップ。花言葉は『失われた愛』。誤解されやすいから、ホームページには載せてないの。悪い意味じゃないのよ。白いチューリップの花言葉、『失われた愛』が意味するのは、ご遺族の『再生』。英語圏では、お悔やみに選ばれることも、よくあるそうよ」


七海「再生……」


安藤「ずっとずっと、悲しんでいるわけにもいかないでしょう? 悲しいのは、ほんとう。でも、ご遺族は、どこかで切り替えて、自分の人生に戻らないといけない。そんな意味が、白いチューリップには、あるのよ」


七海「……」


安藤「私たちのボランティア団体、チューリップは、小児がんの子どもと遊ぶだけじゃないの。本当は、ご遺族のケアもしてる。ケアって言っても、一緒にお茶するくらいだけどね」


七海「それで、チューリップ」


安藤「そう。だから七海さん。うちのボランティアなんだから。あなたも、ご遺族のケアをする側なのよ。気持ちを強く持って。沙良ちゃんの大好きな、七海お姉ちゃんの笑顔で、送ってあげなさい」

【筆者注】あくまでもフィクションです。私は、医療の素人です。小児がんの子どもと遊ぶボランティアの記述には、根本的な間違いが含まれる可能性があります。この記述をもとにして、意思決定をしないでください。あくまでも、フィクションです。ただ、全国に小児がんの子どもと遊ぶボランティアを募集している団体が存在するのは事実です。ボランティアに興味があれば、調べてみてください。


第64話までお読みいただけたこと、本当に嬉しいです。ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


コメントできません。すみません。


引き続き、よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
涙を止められませんでした。 『オオカミのかみさま』を、3人で読み込む。流れる涙を拭きもせず、3人は一心に、何かを話している。 ここが大好きで泣きました。 映像が脳裏に浮かぶようです。 連絡先の交…
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