第63話 黄色いチューリップ
七海は、自宅から通える範囲にある、医療系ボランティア団体を検索した。そして、高校生の参加を歓迎している、ボランティア団体をみつけた。(注)
小児がんの子どもたちと遊ぶ、小さなボランティア団体、チューリップ。黄色いチューリップの花言葉「希望」から、この名前にしたのだと、ホームページに掲載されていた。
チューリップは、中規模・小児病院内のプレイルームを活動拠点としている。入院している小児がんの子どもたちに、遊びや読書を通じた安心・楽しみを提供することを目的とした団体である。
七海が連絡をとったところ、大歓迎。まずは見学ということになった。
七海と御影は、木曜日の放課後、学校から病院へ、電車で向かった。
チューリップの代表、安藤 美喜子が出迎えてくれた。50代くらいの女性で、小太り、笑顔の素敵な方だ。
安藤「藤咲さん?」
七海「はい、藤咲 七海です。今日は、お忙しいところ、ありがとうございます」
御影「御影 蓮です。はじめまして。見学、受け入れていただき、ありがとうございます」
安藤「なに? あなたたち、びっくりするぐらい、綺麗な子たちね! あら? あなたの目、青いのね! 素敵!」
病院の事務所に通される。
この小児病院のベッド数は36床で、個室8室、2人部屋6室(12床)、4人部屋4室(16床)。在院患者数は、29人で、ベッドの約8割が埋まっている計算になる。このうち、小児がんで常時入院している子どもが3人いるとのこと。
活動の前には、必ず手洗いと消毒を行い、写真撮影やプライバシー・個人情報に関するルールを毎回、確認する。見学でも、同意書へのサインを求められた。
ひと通りの説明を受け、七海と御影は、それぞれ同意書にサインする。大きなエプロンを貸してもらい、プレイルームに行く。
プレイルームでは、7人の子どもたちが折り紙や色鉛筆を使って遊んでいた。点滴をつけながら遊んでいる子どももいる。小児がんの子どもだけでなく、他の病気の子どももいるのだろう。
御影は、早速、子どもに近づき、「好きな色はどれ?」と聞き、一緒に画用紙に絵を描きはじめる。子どもが御影の目の色に気づき、「うあ、なにその目!」「なになに? 目キレイ!」「すごい!」
子どもたちが、青色の色鉛筆をめぐって、小さな争いを開始する。
御影「ほら、じゅんばんだよ、じゅんばん! 青色、こっちにも、もう一本あるよ! あ、ちょっと、髪ひっぱっちゃ、だめだよー! あいたたた」
七海は、御影の適応力に驚き、とても誇らしい気持ちになる。同時に、同じことができない自分を、また情けなく感じてしまう。
——蓮くん、どうしてそんなに、なんでもできちゃうの?
安藤「御影くん、子どもの相手、上手! こっちは御影くんに任せて、藤咲さんは、個室の方、行ってみよ」
病室には、沙良という、5歳の女の子が横になっていた。点滴をされ、痩せていて、具合が悪そうにしている。妹の美香と同年代のはずだが、身体は美香よりもずっと小さい。
安藤「沙良ちゃん、綺麗なお姉さん、来てくれたよ!」
そう呼びかけられると、辛そうにしていた沙良の表情が一瞬で明るくなる。なんとか、起きあがろうとする沙良。安藤は電動ベッドを操作して、ベッドに寝かせたまま、沙良の上半身を起こしてあげた。
沙良「こんにちは、お姫様みたいに、綺麗なお姉さん! 高宮 沙良です!」
弱々しくも、はっきりと聞き取れた。
七海「沙良ちゃん、はじめまして! 七海っていいます! よろしくね!」
七海は、どう接して良いかわからない。戸惑いが表情に出ないよう、空元気をみせた。
沙良「七海お姉さん、大丈夫だよ! 私、こわくないよ!」
——私、いま、こわいんだ
安藤「沙良ちゃん、七海お姉さんと、何して遊びたい?」
沙良「絵本、読んでほしい!」
七海は、沙良がせがむ絵本を読んであげた。いつも、美香に読んであげているので、読み聞かせは得意だ。七海は、ただ、絵本に書かれている文字を読み上げるだけでなく、よく「楽しい脱線」をする。
七海「このパンケーキ、美味しそうだね」「このお魚さんは、男の子かな?」「ここに、悪い人が隠れてるかも!」
「楽しい脱線」をすることで、何度も読んで飽きてしまっている絵本でも、新鮮に、また何度でも楽しめるのだ。
しばらく沙良と七海の様子をみていた安藤は、安心して、個室を後にした。
安藤「じゃあ藤咲さん、しばらく、よろしくね。あ、トイレは、ここ出て右ね」
何冊か読み終えた。
それから、沙良が「いちばん好き」という絵本を、七海が読み始める。
◇
オオカミのかみさま
1. しずかなよる
白い病院のベッドで、ひとりの女の子が眠っています。
からだはすこし弱っているけれど、心は元気。
なぜなら、夜になると——女の子をむかえにくる友だちがいるからです。
2. くるのはオオカミのかみさま
窓の外、月あかりのなかを、黒くて大きな影がすべります。
オオカミのかみさま。
やさしい目をした、大きなかみさまです。
女の子を背中に乗せて、山や森や海へ、冒険に連れていってくれます。
3. でも、そのよる
いつもの時間になっても、オオカミのかみさまはきませんでした。
女の子は、とても心配になりました。
待って、待って、待ちました。
でもやがて、女の子は眠ってしまいした。
4. しらないところで
オオカミのかみさまは、たたかっていました。
女の子を病気にした、悪いかみさまと。
月の光がちらばる暗い森で、火花のように力と力がぶつかります。
「女の子を守るのは、わたしだ!」
オオカミのかみさまは、おそろしい声で叫びました。
5. たたかいのおわり
長い長いたたかいのすえ、悪いかみさまは消えました。
けれど、オオカミのかみさまのからだも、ボロボロです。
それでも、傷ついたからだで、女の子が待っている病院へ向かいます。
「また、あの女の子に、会いたいな」
6. あさのひかり
女の子の病気は、すっかり治っていました。
お医者さんもびっくりです。
女の子は元気になり、やがて退院の日をむかえます。
7. でも——
オオカミのかみさまのすがたは、どこにもありません。
女の子はふと思います。
また、きっと会えるよね、オオカミのかみさま。
青空、雲のすきまから、オオカミのかみさまが笑っているようでした。
おわり
◇
沙良は、他の絵本のときとは異なり、静かに、集中して聞いていた。そして話が終わったところで、「続きがあればいいのに」と呟く。
七海「続き、持ってくる! お姉ちゃんが、続き、持ってきてあげる!」
【筆者注】実在しない団体です。あくまでもフィクションです。私は、医療の素人です。小児がんの子どもと遊ぶボランティアの記述には、根本的な間違いが含まれる可能性があります。この記述をもとにして、意思決定をしないでください。あくまでも、フィクションです。ただ、全国に小児がんの子どもと遊ぶボランティアを募集している団体が存在するのは事実です。ボランティアに興味があれば、調べてみてください。
この第63話までお読みいただけたこと、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
ボランティア、僕も色々とさせてもらって来ました。やったことがあればわかると思うのですが、ボランティアする側の方が、むしろ、色々なことを「もらう」ことになるものです。
引き続き、よろしくお願い致します。




