第62話 あざとくて、いいの?
——誠実とは、嘘いつわりなく、心の底からの思いで人と接すること。
——蓮くんのことが、好き。嘘いつわりのないここから、「ありのままの私」を育てる。
——蓮くんに相応しい、「ありのままの私」になる。
七海は、自宅にいる。ソファに腰掛け、ココアを飲みながら、悩んでいる。
いざ、「ありのままの私」と向き合ってみると、見事に「スカスカ」だった。もし、七海がこの世界からいなくなったとして。家族や友人は悲しんでくれる。でも、きっと誰も困らない。
——誰も困らない。いなければ困るような、誰かの「役に立つ人間」になりたい。
当たり前のようだが、「ありのままの私」の「価値」を決めるのは、他者である。他者が認めてくれるから、自分でも「そうなのかな?」という気分にもなる。そのことに、七海は気づいた。
誰からも認められなくても、孤立していても、自分を信じられる人もいるのだろう。ただ七海は、そうではなかった。自分のことを、弱くて情けない人間だと感じる。だから、不安。
——でも「役に立つ人間」になりたいだけで、誰かを助けたいわけじゃない。自分のことを考えているだけで、誰かのことを考えているわけじゃない。
——誠実とは、嘘いつわりなく、心の底からの思いで人と接すること。
——ああ、私はやっぱり、誠実じゃない
御影が、七海に声をかける。ソファに座りながら
御影「七海、どうした? また、色々と考えちゃってる?」
七海「うん」
御影「無理しなくていいけど、話してもらえない?」
七海「うん。蓮くんに話したい」
御影「嬉しい」
七海「あのね。私、誰かの役に立つ人間になりたい」
御影「すごく、いいことだと思う」
七海「でもね、それって私が、誰かからの『感謝』が欲しいだけ。蓮くん以外の誰かのこと、誠実に、考えてるわけじゃない」
御影「誰でもいいから、感謝されたい」
七海「誠実とは、嘘いつわりなく、心の底からの思いで人と接することでしょ?」
御影「うん」
七海「本音では、大切だと感じて『いない』人を、ただ自分が感謝されたいから助けるのって、誠実じゃないでしょ?」
御影「そうかな? 俺は、七海はとても誠実だと思うよ」
七海「どうして? 不純だよ」
御影「七海は、感謝されたい。だから、誰かを助けたい」
七海「うん」
御影「嘘いつわり、無いでしょ?」
七海「でも、あざとい」
御影「あざといのは、悪いこと?」
七海は、ココアを置いて、ソファから立ち上がる。
七海は、長い髪を片方だけ耳にかけ、手を後ろで組み、背筋を伸ばしつつ、身体をくの字に曲げ、座っている御影の顔を覗きこむ。みんなに教えてもらった「あざとい女子ポーズ」だ。
七海「こういうの、どう思う?」
御影が、七海から目をそらして、顔を赤らめる。
御影「可愛いって……思います」
七海「でも、『ありのままの私』じゃないよ? 女性が身体のラインを強調すると、魅力度が15〜20%上がる(※1)ってわかってる。狙ってやってる」
御影「俺からすれば、可愛いくて、嬉しい」
七海「……」
御影「七海に『助けてもらえる人』も、同じだと思う」
七海「……」
御影「動機は、どうでもいい。結果として『助けてもらえる』ことが重要だと思う」
七海「わからない。なんだか、納得できない」
御影「ちょっと、思いついた。調べてみよう」
七海の手をとり、御影は、居間のパソコンの前に向かう。開始して10分。御影の論文検索は、早い。
御影「大規模メタ分析。かなり信頼できる。20〜40歳にかけて『誠実性』が増加する(※2)」
七海「え、そうなの? どうして?」
御影「就職、結婚、子育てといった社会的役割への『投資』が、性格の変化を促す。例えば、働くことで責任感、誠実性が強まる(※3)」
七海「働くこと……高校卒業したら、働くって考えもアリなのか」
御影「待ってないで、いまから、働けば?」
七海「北高を退学するってこと? まあ、別に退学してもいいけど。でも、医学研究会のこと、ほっとけないよ」
御影「ほら。責任感」
七海「責任感って、誠実性とは違わない?」
御影「責任感は、誠実性を構成する概念の中で、中心的なもの(※4)」
七海「そうなのか。医学研究会を立ち上げたことで、私の中で、少しだけ誠実さが育ってたんだ」
御影「七海の悪いクセ。それは、物事を動かせない、固定的って考えること。そうじゃなくて、何事もダイナミックに変化するって考えた方が、きっと面白いよ」
七海「面白い……か」
御影「社会的投資理論(Social Investment Theory)。人は社会的役割(social roles)への『投資(investment)』を通じて、性格を変化させることができる(※5)」
七海「投資……社会的な役割は、自分の性格を望ましいものにするための手段」
御影「そう。誠実さを育てるのが目的」
七海「感謝されたいからじゃなくて、自分の誠実さを育てたいから、誰かを助ける……」
御影「そう。あ、また、思いついた」
七海「なに?」
御影「医療系のボランティア、探してみたらどうかな?」
七海「高校生じゃ、無理だよ。知識も経験も、足りない。迷惑に決まってる」
御影「決めつけない。科学者として、そんな態度は、許されない」
七海「わ、わかった。私、科学者じゃないけど、とにかく調べてみる」
御影「もう一つだけ」
七海「うん。なに?」
御影「『あざとい女子ポーズ』やるようになってから、七海、姿勢が良くなったよね。『あざといこと』やってるうちに、『ありのままの七海』が、もっと魅力的になってく。ダイナミックに考えてみてよ」
お忙しい中、第62話までお読みいただけたこと、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
「あざとさ」をどう扱うか、誰でも一度は考えたことがあるのではないでしょうか。学術的には、「あざとさ」は悪いことではありません。ただ、何事も過ぎたるは及ばざるが如しです。「あざとすぎる」のは問題です。特に誠実さを伴わない「あざとさ」には、注意が必要でしょう。「あざとさ」とは、戦略です。その目的に正義がある限りは、問題となりにくいものです。もちろん、絶対的な正義など存在しないのですが。
引き続き、よろしくお願い致します。
参考文献;
1. Fernando, H. N., Boone, A. P., & Wilson, J. P. (2020). Becoming sexy: Contrapposto pose increases attractiveness by exaggerating adult human sexual dimorphism. Evolution and Human Behavior, 41(3), 195–205.
2. Roberts, B. W., Walton, K. E., & Viechtbauer, W. (2006). Patterns of Mean-Level Change in Personality Traits Across the Life Course: A Meta-Analysis of Longitudinal Studies. Psychological Bulletin, 132(1), 1-25.
3. Roberts, B. W., Wood, D., & Smith, J. L. (2005). Evaluating Five Factor Theory and social investment perspectives on personality trait development. Journal of Research in Personality, 39(1), 166–184.
4. Costa, P. T., & McCrae, R. R. (1992). Revised NEO Personality Inventory (NEO-PI-R) and NEO Five-Factor Inventory (NEO-FFI) professional manual. Odessa, FL: Psychological Assessment Resources.
5. Roberts, B. W., Wood, D., & Smith, J. L. (2005). Evaluating Five Factor Theory and Social Investment Perspectives on Personality Trait Development. Journal of Research in Personality, 39(1), 166–184.




