表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/84

第55話 ある日、ランチなど

 ある日。


 七海と御影は、寝坊してしまった。大慌てで支度(したく)をし、学校へと向かうふたり。


 午前中の授業が終わり、昼休みのチャイムが鳴って3分。


 今日は、寝坊のため、七海と御影の弁当はない。だから今日のランチは、購買部でなにか買って食べる必要があった。


 チャイムダッシュで、たどり着いたところ。購買部の前では、すでに並ぶ列が折れ曲がっていた。


 パンの匂い、紙袋の擦れる音、笑い声。掲示板には文化祭の係の分担が貼り出され、そこにも人だかりができている。


 七海は列からまだ距離のある場所に立ち、肩で息をしている。そして、トートバッグの、太めの肩ひもを指でつまんでいた。教室から七海のすぐ後ろを走ってきた御影が、そんな七海の後ろから、優しく声をかける。


御影「七海。ほら、あっち。並ぼ」


 ハアハア言いながら、後ろを振り返る七海。七海は、それから(あご)をあげ、呼吸を整え、御影の目をのぞき込んだ。


 青空の青を一滴、透き通る水玉に垂らしたみたいな、薄青い、キレイな目。七海は、そのまま微笑をたたえ、動かないでいる。七海は、呼吸をしているのか、していないのかさえ、わからない。動かない。


御影「ほ、ほら七海。ぼーっとしてないで、並ばないと」


 七海はやっと、周囲の視線を意識する。御影は、目線だけでキョロキョロしている。七海は、それでもまだ、あえて、御影の目から視線を離さない。


七海「もうちょっと、こうしてる」


御影「だって、買わないと、ランチ」


七海「バカップル、やらないとでしょ」(小声)


御影「そうだけど、ランチ……」


 少し顔を赤くする御影。御影は、七海の手を取って、購買部の列、最後尾に向かう。恥ずかしそうに、七海の手を引く御影と、同じく恥ずかしそうに手を引かれる七海。七海のほうが、顔が赤い。


 秋の始まりに色づく中庭からの光が、七海と御影の姿を目で追う生徒たちに、逆光になる。そのシルエットから、目を離すことができないでいる生徒たち。


 先を急ごうとする、御影の身体。七海は、その速度に追いつけない。御影は、七海の腕を「グイ」とはしない。前に行きたがる身体のほうを、七海の速度に合わせようと、御影がのけぞる。


 のけぞる御影の背に、ポスッと顔から突っ込む七海。御影が「ごめん」と振り返る。七海は、御影の(にお)いを吸い込む。スイッチが入る。七海、御影に抱きつく。


七海「蓮くんの匂い、好き」


御影「ほ、ほら、並ばないと……」


七海「いや。もう少し、こうしてたい。好き」


 行き場を失って、宙に浮いていた御影の腕が、ゆっくり、優しく七海の背に収まる。


 中庭の方を向いていた七海の顔が、目を奪われている生徒たちのほうに、向きを変える。


 逆光で、よく見えないはずなのに。


 七海の、「幸せの定義」みたいな表情が、それをみるものから思考を奪う。冷やかしや、(あき)れることなど、できない。ただ、みていることしかできない。


 七海と御影は、そのまま、静止画のごとく動かないでいる。購買部に連なる列も、購買部の販売員も、動けなくなってしまった。しばらくの、静寂。


夢咲「ちょっと、あんたら! よそでやれ、よそで! 公害! あんたら、もう公害だから!」



 掲示板の前を通るとき、御影がふと立ち止まった。御影が、七海の肩に、指先で軽く触れる。


 七海の全身が、反射的に飛び上がる。七海は、そんなふうに勝手に反応する自分の身体が、とても嫌だ。


七海「ごめんなさい! 御影くんに触れてもらえるの、嬉しいのに! 嬉しいんだよ?」


御影「糸くず。ついてた」


七海「蓮くん、私、謝ってる」


御影「いや、大丈夫だから。急に触れられたら、こわいよね。ごめんね、驚かせて」


七海「どうしてだろ。私、こわくないのに。私、蓮くんのこと、こわくないよ?」


御影「こわくないなら、じゃあ、どうなの?」


 顔を真っ赤にさせる七海。それを見て、しまったと思い、御影も顔を赤くする。


七海「大好き」(小声)


御影「うん」(小声)


 (うる)んだ瞳で、七海が、上目づかいに御影をみる。御影は下を向いて、小声で独り言をはじめる。


御影「滑らかな多様体 M。力学は確率微分方程式 SDE。または分布 p(x,t) の発展——」


七海「どうしたの? 蓮くん?」


御影「自己組織化=開放、散逸系でのアトラクタ・パターン選択として——」


七海「蓮くん? からかってるの?」


御影「そうじゃなくて」


七海「なに?」(プク顔)


御影「な、七海が……かわいくて……耐えられなく……」


 下を向いて、顔を真っ赤にするふたり。「はい、はい」「そうだね、そうだね」「うん、うん」と、ふたりの脇を平然と通り過ぎていく生徒たち。


夢咲「まっっった、あんたたちか。ほら、よそでやれ! うせろ!」


七海「夢咲だって……昨日、体育館とこで、長谷川くんと——」


 夢咲が、真っ赤な顔を右腕で隠し、走って逃げていく。



女子A「藤咲さん、婚姻届を下敷きにしてるんだって」

女子B「やば、必死すぎ。御影キュン、カッコいいからなー」

女子C「御影キュンのこと、気にならない女子なんて、いないっしょ」


 放課後。医学研究会の部室に向かおうと、七海と御影が教室を出たところ。隣のクラスから、そんなヒソヒソ声が聞こえてきた。


御影「気にするな」


七海「気にする。けど、仕方ない。だって、必死だもん」


 御影はそれ以上、(はげ)ましを重ねない。七海は、それが助かる。無言で歩くふたり。


七海「トイレ」


御影「あ、じゃあ、誰か一緒に行ける女子——」


七海「大丈夫。いま、トイレの中、人多いみたいだから。女子の声するもん」


御影「外で、待ってる」


 トイレに入る直前、七海は振り返って小さく手を振る。御影はわずかに(あご)を引いただけ。けれど、その無言の合図が、七海の胸を満たす。


——好き。大好き


女子D「いますれ違ったの、藤咲さんだよね? キレイすぎでしょ」

女子E「そそ。みんなの憧れ、七海さん。あんな美人、他にいないよ」

女子F「いいなー、私も、ああ生まれたかったなー」


 七海と入れ違いでトイレから出てくる女子生徒たち。トイレ前、反対側の壁に、腕組みをして、御影が寄りかかっている。顔は横を向いていて、目線は合わない。


 目線が合わない安心から、御影のことをジロジロと観察する女子生徒たち。観察しているのがバレないよう、どうでもいい立ち話をしてカムフラージュする。


 カッコいいを超えて、美しい。見惚れ、無駄話が続けられなくなる女子生徒たち。


 七海がトイレから出てきた。なんだか恥ずかしい気持ちになる七海。下を向いて


七海「お待たせ……しました」


御影「おそい」


七海「え、そんな? 数分だったでしょ?」


御影「七海がいない時間、つらい」


七海「あ、うん」(赤くなる)


御影「いこ」


 手をつないで、その場を去っていくふたり。しばらくして


女子D「あれ……さ」


女子E「うん……」


女子F「トイレに……嫉妬してたよね……」

これで、第55話までお読みいただいたことになります。本当に、嬉しいです。ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


七海と蓮の、暖かい日常パート2です。甘々シーン、もう少し見たくなりまして。


引き続き、よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ