第5話 朝の教室と距離
次の日。
朝のホームルームまでは、まだ時間がある。
窓の外には、9月のうすい雲。
御影は、すでに席にいた。七海は、御影のすぐ前の席に座る。
七海は、勇気を出して振り向く。
前髪で、顔はよくみえない。ただ、御影の目の色は、黒い。あの、青ではない。
——彼の目の色のこと、内緒
七海「昨日は、ありがとう」
声は小さい。けれど、はっきり。
御影「いいって。気にしないで」
御影の声は、静かでまっすぐ。また、七海の肩の力が、抜ける。
その様子を、楢崎 夢咲と矢入 美月がみていた。
夢咲と美月が、七海のところにやってくる。
夢咲「なになに?」
美月「ちょっとキミ、私らのお姫様に、なにかした?」
御影は黙っている。
メガネの位置を指でなおし、難しそうな数式が書かれたノートをみている。
七海「やめて。御影くんは、助けてくれたの」
昨日あったことを、七海は、ふたりに説明している。
夢咲は眉を上げ、「そっか」と、声をやわらげる。美月は七海のリボンを整えながら、「それならいい」と。
そして、ふたりは「ここぞ」とばかりに、御影に話しかける。
夢咲「御影くん? あんたも赤点あるんだから、補習だよ? 昨日はサボった?」
美月「キミ、なんで教科別だと学年トップなのに、国語と社会は赤点なの?」
七海は、さっきのように、御影を守らない。
御影に迷惑をかけてしまった罪の意識は、ある。でも、この質問に、七海も関心があった。
御影は視線を上げず、しばらく黙っていた。教室では、ホームルーム前のザワザワが始まっている。
少しだけ間を置き、御影は、顔を上げて
御影「関わらないで、大丈夫だから」
嫌な感じは、少しもしない。優しくて、まっすぐ。
夢咲が言葉を飲み込む。美月は、七海に視線を送る。七海は、また、胸の奥がキュッとなるのを感じた。
——彼の目の色のこと、内緒
昨日みた、青い瞳が七海の頭に浮かぶ。
七海は、夢咲たちに向けて小さく首を振った。
御影「大丈夫。本当に、気にしてないから」
それだけ言って、御影はまた、ノートに視線を落とす。
レンズの向こうにみえる目は、やはり黒い。
何事もなかったみたいに、御影はノートをめくる。その大きな手は、静か。
夢咲「御影、了解。ちゃんと距離、保つ」
美月「御影くん。七海のこと、ありがとね」
夢咲と美月は、七海の肩に軽く触れて、自分たちの席に戻っていく。
御影のほうを振り向いていた七海は、一瞬、迷ってから、前を向いた。
ペンケースの中には、御影に渡せていない付箋、『以前、どこかでお会いしましたか?』がある。七海は指先で、その付箋の角をなぞり、そして指を離す。
担任「席につけー」
椅子が一斉に鳴り、教室の空気がしまる。
——彼の目の色のこと、内緒
七海の手は少し冷たいけれど、胸の奥は、昨日より少しだけ暖かい。
生徒A「起立ー、礼ー」
七海は礼をしながら、目だけで窓のほうをみる。
七海は、あの青い色を、窓ガラスの中に探している。
——御影くんのこと、知りたい
第5話まで、お読みいただきました。本当に、ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
前日に、御影は七海を救いました。ここから、ふたりの距離が縮まりそうなものですよね。でも、御影は、距離を取りたがっています。その理由はいったい?
引き続き、よろしくお願い致します。




