第49話 楽しむための科学
ある日の北川高校、旧・視聴覚室をカッコよくリフォームした、医学研究会の部室。
御影と美月の数理研究チームは、数学同好会のメンバー3人と一緒に、合計5人で、なにやら議論をしている。内容は、難しくてわからないので割愛する。
数学同好会は、同好会。部活動ではないため、部室がない。御影と美月は、七海の要請に従うため、数学同好会に、部室を開放している。みんな、楽しそうだ。
一方、七海と夢咲は、後輩たちと、なにやら、面白そうな話をしている。
七海「30万人のサンプル、メタ分析でわかってる。孤独は、健康に悪い。孤独と、孤独じゃない人で、生存率は50%も違うの(※1)」
七海「孤独だと、心疾患・脳卒中の発症リスクも上がる。18万人を超えるサンプルのメタ分析。孤独だと、冠動脈疾患が29%、脳卒中が32%も増えるらしい(※2)」
七海「ちなみに、日本の喫煙者を調べた研究では、男性喫煙者の脳卒中リスクは、タバコを吸わない人と比較して、27%増える(※3)みたい」
峯森「孤独は、喫煙よりも大きな健康被害につながる?」
七海「おっと、それ、早とちり。女性喫煙者の脳卒中リスクは、約2倍になるらしい。だから、そうとも言い切れない。女性の場合は、孤独よりもむしろ、喫煙の方が危険かもしれない。まあ、孤独も喫煙も、どちらも良くない」
夢咲「うーん、タバコ、絶対ダメだな。20歳になったらって、興味あったけど、やめとこ」
カイオが、医学研究会の部室にやってきた。
カイオ「お疲れー。みんな、元気?」
それぞれに、あいさつ。ひと段落して、
田崎「先輩。孤独と孤立って同じですか?」
七海「いい質問。私もそれ、気になって調べた。で、孤独と孤立は、ぜんぜん違うの」
七海「孤独は、自分の『欲しいつながり』と『現実のつながり』のギャップを、辛いって感じる『主観的な体験』のこと。主観の問題だから、波がある」
原口「付き合いたい人がいるのに、付き合えないとき、孤独を感じるみたいな」
七海「そうね。これに対して孤立は、『客観的に人間関係や交流が乏しい状態』のこと。客観の話だから、波はない。で、感じ方は問わないから、『孤立していても、孤独じゃない人』もいる」
峯森「私、この部に入るまで、ボッチでした。その定義だと、孤立してたことになりますね。でも、私も別に、ボッチでも大丈夫なタイプです」
カイオ「俺は、ボッチ、無理だな。みんなでワイワイしてないと、不安になるタイプ」
七海「人それぞれだよね。とはいえ、孤独も孤立も、どちらも健康に悪いことははっきりしてる(※4)」
田崎「なるほど。社会的なつながりを大事にしつつ、人生を楽しむ。それが、医学的にも重要なんですね」
夢咲「具体的には、どうすんのがいい?」
七海「大切な人間関係に、ちゃんと時間を投資すること。大切な人に「会う・話す・助け合う」ことを、最優先に予定化すること(※5)」
夢咲「デート?」
七海「デートとかはもちろんだけど、一緒に買い物をするとか。俺は買い物、おまえは掃除みたいに、効率重視の役割分担をしすぎない。できたら、買い物も掃除も、一緒にする。接触時間を減らさないことかな」
カイオ「なるほど」
七海「あと、人間関係の『数』より『質』を上げる。関係の質(温かさ・満足度)を高めることが、幸福にも、健康にも大きく影響する。日常の小さな気遣いと、誠実な応答が重要なんだって(※6)」
原口「そりゃそうですよね」
七海「とはいえ、人間関係の『数』にも意味がある。家族とか親友だけでなく、同級生、先生、ご近所さん、習い事仲間、店員さんとか、関わる相手の『種類の多さとバランス』が、幸福感に関係するの。意識して、接点を散らすことも大事。ちょっとした立ち話、積極的にしよう(※7)」
田崎「カイオ先輩は、ラブラブ彼女もいて、かなり広い人脈あって、しかも、学校外でもバイトとかしてて、王者ですね。王者。めっちゃ、健康」
カイオ「本当に大切な人とだけ、一緒にいればいいわけじゃないって、なんか発見だなー」
七海「私もね、前は、蓮キュンさえいてくれたら、あとは世界が滅んでもいいって思ってたの。でも、それだと、寿命が縮む可能性が高くて。蓮キュンと一緒にいられる時間が減っちゃうの」
原口「蓮キュンって……」
峯森「世界が滅んでもいいって……」
カイオ「七海の場合、それ本気だから、こわいよね……」
夢咲「やっぱ七海、狂ってるわ……」
七海「大丈夫よ。いまは、みんなも生きてていいって思ってるから」
夢咲「私が生きてることに、お前の許可がいるのか……すごいな、七海」
みんな、笑う。
七海「あと、やっぱり無視できないのが、『夢咲スキル』。自分や相手の『良かったこと』は、積極的に共有する。お互いに深掘りする。一緒にお祝いする。関係性が良くなって、幸福感も高まる(※8)」
瀧川「夢咲先輩、『なになに? なんか、いいことあったー?』って、よく話しかけてくれます。あれ、嬉しいです。先輩、いつも、ありがとうございます」
テレる夢咲。
七海「それも、すごく大事。『ありがとう』って感謝の気持ちを、言葉とか文章で伝える(※9)」
田崎「SNSとか、どうですか? SNS見てて、なんか元気なくなることありません?」
七海「個人差もあるけど、とにかく受け身にならない。自分も発信したり、交流したりすること。受け身だと、みんなのキラキラに、嫉妬しちゃうみたい』
田崎「嫉妬しますね、確かに」
七海「論文によれば、SNS時間の30%は、発信とか交流に使うといいって。あと、何のためにこのSNSを使ってるのか、目的を明確にした利用が大事だって(※10)」
滝川「たったひとつ、これだけは、絶対っていうのないですか?」
七海「睡眠だね。睡眠不足だと、共感できなくなって、大切な人と喧嘩するようになって、人と距離取りたくなって自ら孤立する(※11, 12, 13)」
カイオ「なんだか、七海って、先生みたいだよね」
夢咲「恋愛王だな」
七海「そんなことないよ。知ってても、実践できないのが人間でしょ。私、いっつも蓮キュンに泣かされてるもん」
夢咲「これは、蓮キュンと『泣きむし恋愛王』の物語」
カイオ「恋愛王に、俺はなる。蓮キュンとともに」
田崎「なんか、シュールっすね……」
数理研究チームの方から
御影「蓮キュンっていうの、やめて……全然、集中できない……」
みんなが、笑っている。
第5章、始まりました。お忙しい中、第49話までお読みいただけたこと、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
人間関係の「数」にも意味があるってところ、意外と、見落とされている気がします。接触する人の多くと、気軽に挨拶し、適当な話をすることも、重要なのです。
引き続き、よろしくお願い致します。
参考文献;
1. Holt-Lunstad, J., Smith, T. B., & Layton, J. B. (2010). Social relationships and mortality risk: A meta-analytic review. PLOS Medicine, 7(7), e1000316.
2. Valtorta, N. K., Kanaan, M., Gilbody, S., Ronzi, S., & Hanratty, B. (2016). Loneliness and social isolation as risk factors for coronary heart disease and stroke: Systematic review and meta-analysis of longitudinal observational studies. Heart, 102(13), 1009–1016.
3. Mannami, T., Iso, H., Baba, S., Sasaki, S., Okada, K., Konishi, M., … & Tsugane, S.; Japan Public Health Center–Based Prospective Study on Cancer and Cardiovascular Disease Group. (2004). Cigarette smoking and risk of total stroke and stroke subtypes among Japanese: the JPHC Study. Stroke, 35(6), 1248–1253.
4. Steptoe, A., Shankar, A., Demakakos, P., & Wardle, J. (2013). Social isolation, loneliness, and all-cause mortality in older men and women. Proceedings of the National Academy of Sciences, 110(15), 5797–5801.
5. Gable, S. L., Reis, H. T., Impett, E. A., & Asher, E. R. (2004).
What do you do when things go right? The intrapersonal and interpersonal benefits of sharing positive events. Journal of Personality and Social Psychology, 87(2), 228–245.
6. Robles, T. F., Slatcher, R. B., Trombello, J. M., & McGinn, M. M. (2014). Marital quality and health: A meta-analytic review. Psychological Bulletin, 140(1), 140–187.
7. Sandstrom, G. M., & Dunn, E. W. (2014). Social interactions and well-being: The surprising power of weak ties. Social Psychological and Personality Science, 5(4), 436–445.
8. Gable, S. L., Reis, H. T., Impett, E. A., & Asher, E. R. (2004). What do you do when things go right? The intrapersonal and interpersonal benefits of sharing positive events. Journal of Personality and Social Psychology, 87(2), 228–245.
9. Davis, D. E., Choe, E., Meyers, J., et al. (2016). Thankful for the little things: A meta-analysis of gratitude interventions. Journal of Counseling Psychology, 63(1), 20–31.
10. Verduyn, P., Ybarra, O., Résibois, M., Jonides, J., & Kross, E. (2017). Do social network sites enhance or undermine subjective well-being? A critical review. Social Issues and Policy Review, 11(1), 274–302.
11. Guadagni, V., Burles, F., Ferrara, M., & Iaria, G. (2014). The effects of sleep deprivation on emotional empathy. Journal of Sleep Research, 23(6), 657–663.
12. Gordon, A. M., & Chen, S. (2014). The role of sleep in interpersonal conflict: Do sleepless nights mean worse fights? Social Psychological and Personality Science, 5(2), 168–175.
13. Simon, E. B., Rossi, A., Harvey, A. G., & Walker, M. P. (2020). Overanxious and underslept: Sleep deprivation amplifies anxiety in the human brain. Nature Communications, 11, 68.




