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第47話 変わるみんな、変わる私

 高2になって、七海(ななみ)たち仲良し5人は、御影(みかげ)美月(みつき)が同じクラスになった以外は、みんなバラバラのクラスになった。


——クラス替え、こうもバラバラになるとは。運命まかせじゃ、やっぱり、ダメだな


 いつものメンバーと、クラスで会えなくなることが、こんなにストレスになるとは思わなかった。


 カイオだけは、1年のときからクラスが別だった。


 しかしカイオ以外の4人は、1年B組、同じクラスだった。4人は、1年B組のクラスメートたちとも、かなり親密な関係を築けていた。その反動で、こうしてバラバラになることが、辛い。


美月「いや、本当にきつい。蓮とふたりになるのも、話題ないし、なかなかにきつい」


御影「わかる。俺も、美月とふたりは、きつい」


 たまらず、七海は、「親友たちとの離別の苦しみの軽減」について、論文検索を開始した。その途中で、意外なことがわかってきた。


七海「居心地の悪さが、人間の成長をうながす。経験で理解してきた『あたりまえ』の枠組みが崩れ、価値観レベルでの成長が期待できる(※1, 2)」


——どういうことだろう? 離別の苦しみが、必要ってこと?


 とりあえず七海(ななみ)は、仲良し5人のグループチャットで、この論文から学べることを展開した。そして「みんなと一緒じゃないの辛いけど、それが重要かもしれないって」と投稿した。



 まず、変化が起きたのは、美月と御影の関係性だった。このふたりは、お互いに別のパートナーがいる。そのため、高1のときは、お互いの彼氏彼女に誤解されないよう、意識して距離を取っていた。


 それが2年の新しいクラスになって、美月と御影の周囲から、お互いのパートナーの目がなくなった。そしてふたりは、自然と、遠慮なく話すようになった。


 もちろん美月と御影の間に、恋愛感情はまったくない。ただ、お互いがクラスの中で最も話しやすいから、話しているだけだ。


美月「ねえ、蓮。数理研究のこと、話してよ」


 美月が、御影の研究のことを聞いた。初めは、他に話題がなかったからだ。しかし、そのやりとりの中で、美月は、御影の研究内容に本気の興味を示していく。そして美月は、数学の才能を発露し始めた。


御影「美月って、数学センスあるよね?」


美月「いや、蓮の教え方が上手いだけだよ」


 美月がなんと、御影の数理研究を、ほんの一部ではあっても、正確に理解できるようになった。大学院レベルの数学だ。


 七海は、まず、これに嫉妬した。


 旧・視聴覚室の部室で、美月と御影が、自分にはわからない話をしている。医学研究会のメンバーを含めても、他の誰にもわからないことを、美月と御影が日常的に話している。


七海「ねえ、蓮くん。最近、美月とばっかり話してるよね。ちょっと、寂しい……」


——私には、蓮くんに甘えることしかできない。美月みたいに、蓮くんが楽しいこと、話せない


 そして中間試験で、驚くべきことが起きた。


 美月が数学で学年3位となったのだ(御影はもちろん1位)。


 美月は、美月の家庭教師をしている七海よりも、数学だけは上の点数を取った。他の教科は相変わらずの美月だが、数学だけは、すごい。ともかく、七海にはもう、数学について美月に教えられることはない。


——美月は、本当に数学の才能があるんだ。


 美月の成績は、もともと、平均以上ではあった。たが、得意科目もなく、特に勉強が好きということもなかった。美月が大学進学をするのは、父親に行けと言われたからだった。


 教員からも、同級生からも、後輩からも、数学ができる美月は「地頭のいい人」と評価されるようになった。美月は、初めは「まぐれ」だと謙遜していたが、徐々に自信をつけていった。


美月「私、大学で、医療機器の開発を勉強してみたい。夢咲が企画してくれた『医療系ドキュメンタリー上映会』でみて、これだって思った」


——「あたりまえ」が、変わった


 次に変化したのは、カイオと夢咲(ゆめか)だった。カイオと夢咲は、隣のクラス。このふたりのクラスは、他3名のクラスとは別棟にある。10分休みに、別棟間を行き来することは難しい。


 カイオは、バスケの試合で足に怪我を負った。夢咲は、そんなカイオを慰めようと、「試作品」と称して、手作りクッキーをカイオのところに持っていくようになった。


夢咲「おーい、カイオ。遊びにきてやったぞー」


 カイオは、もらったクッキーのお返しに、自分もクッキーを焼いてみた。もともと料理の趣味があったカイオが、ここから、お菓子作りに熱中するようになる。


 足が治ってから。


 カイオはバスケ部の練習への出席を減らしてまで、ケーキ屋でのバイトに熱を入れるようになった。ついには、将来はパテシエになるとまで言い出した。


カイオ「俺、製菓専門学校に行くよ。資格をとって、そして、国内のコンテストで勝って、フランスに留学する。フランス語、今から始める」


夢咲「おお、そうか……そりゃあまた、大変な決断だな、おい」


 カイオが怪我をしていた頃、カイオの周りには夢咲と、常に数名の男子がいた。カイオは、もともと分け隔てのないコミュニケーションが得意なので、人気者だ。


 夢咲は、「試作品」のクッキーを、そうした男子にもあげていた。その男子のうちの1人、サッカー部のエースで、女子にも人気の長谷川 健太(はせがわ けんた)が、他の人がいる前で、夢咲に告白した。


長谷川「楢崎さん、俺、楢崎さんのことが好きです。付き合ってください」


 夢咲には、他に好きな人がいた。ただ、夢咲の恋は、叶わぬ恋なのだという。そして、長谷川の告白に、夢咲は「考える時間が欲しい」と保留の意を示した。


 長谷川とも仲良しのカイオは、美月と七海に相談してきた。カイオは長谷川サイド、美月と七海が夢咲サイドに立ち、双方の気持ちや背景などの確認を行っている。

 

 夢咲は、元気なひょうきん者に見えて、中身は繊細な乙女だった。長谷川の告白に心から感謝しつつも、「バイト先の妻子持ちの社員への片想い」を終わらせることができないでいた。


 夢咲は、たとえその社員から告白されても、不倫になるので、絶対に付き合わないのだという。叶わぬ恋なのだという。ならば、なぜ、片想いを続けるのかと尋ねても、「だって、好きになっちゃったんだもん」とだけ。


 ある日。


夢咲「七海、これまで黙っていて、ごめんなさい」


 七海は、夢咲から、普段はわざと「ガサツな元気キャラ」を演じているのだと教えられた。


 夢咲の幼馴染の美月が、続ける。夢咲は、そうして「キャラ」を演じていても、たまに地が出てしまう。そうすると、友だちの彼氏の心をも奪ってしまうような、魔性的な魅力の持ち主とのことだった。


夢咲「七海や美月にも、同じことしちゃうんじゃないかと、ずっとこわかったの……」


 七海は、この夢咲からの言葉を聞いて、涙が止まらなくなった。そんな七海を、逆に、夢咲は優しく慰めてくれる。


美月「夢咲の秘密、知ってるの、私以外には七海だけだよ」


夢咲「七海。これまで、ちゃんと言えなくて、ごめんなさい」


——私は、夢咲のこと、なにも知らなかった。なにも、知ろうとしなかった。


 そして、七海も変わる。変わろうとする。


 七海は、これまで、自分と御影のことばかりだった。美月の数学の才能、夢咲の秘密のこと、カイオの将来のこと、知ろうとしなかった。知りたいと本気で思わなかった。


 七海は、こわくなった。


 美月は、七海にはわからない、御影の数理研究のことがわかる。美月はきっと、御影の研究の協力さえできるだろう。それは、七海にはできない、ほんとうは七海がやりたいことだ。


 夢咲は、七海と同等か、それ以上に男性を惹きつけてしまう女子だった。本当の「夢咲スキル」は、隠されていた。それが、もし、御影に対しても発揮されてしまったら、どうなるだろう。

 

 カイオの関心は、漠然としたスポーツ科学から、具体的なパテシエに変化した。今後、カイオは、バスケ部だけでなく、医学研究会からも距離を取るかもしれない。


 みんな、七海のことを考えて、何かを我慢していた。遠慮していた。それがはっきりと認識できる今、七海は、自分が変わらないといけないと、強く感じた。


——みんなの「あたりまえ」が、変わった。私の「あたりまえ」も、変わらなきゃ


 七海は、特に信頼性の高いメタ分析に限定して、論文検索をした。「自分を変えたいと願ったとき、どうすればいいか」、と。


七海「自分への思いやりを持つこと。失敗をしたときに、自分のことを責めるのではなく、学ぼうとすること(※3)」


七海「なんのために変わるのか。その価値を明確化し、小さな行動に落とすこと(※4, 5)」


七海「『もし〈状況Y〉が来たら、〈行動Z〉をする』と、様々な状況をシミュレーションし、その時の行動を具体的に決めておくこと(※6)」


——私が幸せであるために、みんなの幸せを真剣に願い、行動する。その邪魔になる、嫉妬と不安を解消する具体的な方法を学ぶ。そうあるために、みんなに協力をお願いする。


 新年度がもたらした、この居心地の悪い状況。それが、七海の価値観にも、変化をもたらし始めていた。

お忙しい中、第47話まで、こうしてお読みいただけたこと、本当に光栄です。ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


居心地の悪さが、人を成長させるというところ、残酷だなって思います。どうして僕たちには、ただ、ポカポカと生きていくことが許されないのでしょう。まあ、生物は、みんな、同じ不幸を背負っているのですけれど。


引き続き、よろしくお願い致します。


参考文献;

1. Mezirow, J. (1991). Transformative dimensions of adult learning. San Francisco, CA: Jossey-Bass.

2. Vygotsky, L. S. (1978). Mind in society: The development of higher psychological processes. Cambridge, MA: Harvard University Press.

3. Ferrari, M., et al. (2019). Self-Compassion Interventions and Psychosocial Outcomes: A Meta-Analysis. Mindfulness, 10, 1455–1473.

4. Gloster, A. T., et al. (2020). The Empirical Status of Acceptance and Commitment Therapy: A Review of Meta-Analyses. Journal of Contextual Behavioral Science, 18, 181–192.

5. Han, A., & Kim, T. H. (2022). Efficacy of Internet-Based ACT: Systematic Review and Meta-Analysis.

Journal of Medical Internet Research, 24(12), e39727.

6. Gollwitzer, P. M., & Sheeran, P. (2006). Implementation Intentions and Goal Achievement: A Meta-Analysis of Effects and Processes. Advances in Experimental Social Psychology, 38, 69–119.

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