表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/84

第46話 新入部員たちと

 5月。


 北高の医学研究会は、白嶺の医学研究会から、運営マニュアルをもらっていた。そして、白嶺の医学研究会は、新入部員に対して、「普通救命講習」を受けさせることになっていた。


 北高でも、白嶺の真似をして、「普通救命講習」から始めたいとなった。とはいえ、そもそも七海(ななみ)たち2年生も、「普通救命講習」を受けたことがない。どこで受けられるかも、知らなかった。


 調べてみると、北高からバスで20分ほどのところにある消防本部で、3時間の「普通救命講習」が、高校生でも、しかも無料で受けられることがわかった(注)。


七海「そういうわけで、今回は1年生も2年生も、みんなで一緒に、『普通救命講習』を受けてみたいんだけど、どうかな? そのあと、新入部員歓迎会。カラオケかな」


 新入部員の峯森 春香(みねもり はるか)が質問する。


峯森「先輩、なんでそんなこと聞くんですか? 『行け』と指示してもらっても、私、構いませんよ? 興味ありますし」


七海「この部活の理念は、『自分の学ぶべきことは、自分で決める』なの。だから、無理にこれを学べっていうのは、ない。あと、講習は来週の土曜日で、みんな、予定あるかもだし」


 その土曜日。2年生5人と、1年生6人が、「普通救命講習」を受けた。1年生1人は、家族との予定があるため、今回は欠席。ただ、その1人も受けたいとのことで、別日程で、受講することになった。

 

「普通救命講習」では、心肺蘇生法(CPR)、AEDの使用法、止血法、窒息時の処置(気道異物除去法)などを学んだ。応急処置のスキルを習得する講習で、講習終了後には認定証が発行された。


夢咲「こういうの、なんか嬉しいね。私、認定証もらったの、初めてだわ」


 夢咲の隣を歩いていた、新入部員の田崎 万里(たさき ばんり)が、それに乗っかる。


田崎「僕もです。なんか、少しだけ、医者になる夢に近づけた気がします」


七海「田崎くんだっけ? 私も、医学部目指してるんだ! 一緒に、頑張ろうね!」


 田崎は、これまで見たことのないレベルの美女に話しかけられて、動揺している。


田崎「は、はい。田崎 万里(たさき ばんり)……です……。いっ……頑張りたいです!」


夢咲「ちょっとあんた。七海は、蓮と事実婚してんだから。七海のこと、好きになっちゃだめだよ? こいつら、親公認で、一緒に暮らしてるからね! 絶対に報われない恋だからね、それ!」


 田崎も、なかなかのイケメンだ。夢咲による抜群のフォローに、ホッとする御影(みかげ )。御影は、「夢咲、ナイス」と、夢咲にサムアップを送る。


夢咲「あと、七海たちが事実婚してて、一緒に暮らしてんのは、一応、部内だけの秘密にしといて。面倒になる可能性もあるから。まあ、事実は事実なんで、偶然バレちゃうのは仕方ないけどね」


 恥ずかしくなって、話題を変える七海。


七海「北高にも、玄関ロビー、保健室近くの廊下、体育館わきの3箇所に、AEDが置かれてるよ。いざというときのためにも、来週、みんなでその場所を確認に行こう! あ、もちろん行きたい人だけで」


峯森「自分が学ぶべきことは、自分で決める……でしたっけ?」


七海「峯森(みねもり)さん、そう!」


 七海は、さらに、こうした「普通救命講習」を実施できる、講師になる資格に興味を持った。「応急手当普及員」という資格だ。高校生でも、講習を受けて試験を突破できたら、この資格が得られる。


——もし、みんなの大切な人に何かあっても、最悪のことにならないように。


 今年の文化祭では、簡易化した「普通救命講習」をやりたい。七海は、新たに、そんな夢を持った。



 新入部員歓迎会。カラオケにて。


 イケボなのに、下手くそな歌を披露する、超絶イケメンモードの御影。


 新入部員の高畠 真里(たかはたけ まり)が、思わず口にする。


高畠「ちょっ、残念イケメン……」


 みんなで笑う。御影は、不満そう。


美月「これ、信頼性の高い論文があるの。周囲に有能だと思われている人が、深刻じゃない弱点を示すと、親しみやすさが上がる(※1)のよ」


高畠「ギャップ萌えって、エビデンスあるんですね」


美月「エビデンスは、受け止め方が重要なの。蓮はさ、下手くそって言われるの、嫌なの。だから、本当は歌いたくない。カラオケ嫌いなのよ。でも、こうして歌を披露したってことは?」


高畠「ああ、御影先輩は、私たち新入部員と、仲良くなりたいって考えてくれてるんだ」


御影「お互いに、エビデンスのある事実を知った上で行動する。そうすると、お互いの気持ちが伝わりやすくなる。ただ、エビデンスのある事実を知るだけでは、もったいないんだ」


七海「もう一つ、信頼性の高い論文から、みんなに知っておいてもらいたいことがあるの」


 まだ緊張していて、あまり話をしていない原口 朋恵(はらぐち ともえ)が口を開く。


原口「こういうの、とても興味あるんです。伺いたいです」


七海「そう言ってくれて、私、嬉しいよ。あのね、仲良し集団っていうのは、他の人を入れたくないっていう排他性を持つことが多い(※2)の。だから、私たちがこうして仲良くなるのは大切なことなんだけど、同時に、排他性には注意しないといけないの」


原口「今日、来れなかった、渡辺くん……」


七海「そうだね。渡辺くんは、仲間はずれにされる可能性が高い。でも、私たちは、そうなる可能性が高いって、エビデンス付きで知ってる。だから、対応できる」


峯森「私、医学研究会の1年のグルチャに投げるね。1年だけで、集まろう。今日受けた『普通救命講習』、行きたい人がいたら、もう一度受けてもいいよね」


原口「私、心配蘇生、うまくできなくて失敗しちゃった。できるようになりたいから、もう一度行きたい」


七海「いいと思う!」


カイオ「エビデンスのある事実は、事実にすぎないんだ。事実に、善悪はない。でも、その事実によって傷つく人がいるなら、変えられない事実を、どう回避したり、影響を減らしたりできるか、考えるのはステキなことだと思うよ」


御影「もうひとつ、面白いこと、伝えておきたい。仲良くなりたいから、その方法を学ぶわけじゃない。仲良くなる方法を学んでいるから、仲良くなりたいって気持ちが育つんだ」


田崎「それ、すごいですね。モチベーションって、自分で育てられるってことですよね?」


御影「そういうことになるね。『興味の自己成長』って呼ばれてる(※3)」


夢咲「モチベーションの奴隷って、なんか嫌じゃん。こうありたい自分は、モチベーションに決めさせたくない。だから、勉強するんだと、いまは思ってる……私、赤点、あるんだけどね」


 みんなが笑う。夢咲は、みんなに笑ってもらいという明確な意図を持って、発言している。それがわかるみんなは、夢咲に心の中で感謝する。


七海「最後、もうひとつだけ、ネタバラシを。私と蓮くんが事実婚してるの、部内の秘密ってことだったでしょ?」


田崎「そこにも、なにか仕掛けが?」


七海「人間は、こうして秘密を共有すると、仲良くなるの。これ、有名なメタ分析がある(※4)んだ。だからこの秘密は、今日、来れなかった渡辺くんにもちゃんと伝えて」


峯森「わかります。それ、意識的にやってる女子もいますよね」


七海「事実婚の秘密。私たち、別にバレてもいいと思ってるから。あんまり秘密ってこと、深刻に考えないで。この秘密は、みんなでネタにして、楽しんでもらえたら嬉しいな」

【筆者注】2025/8/30時点で、筆者が調べた情報です。まず、高校生が「普通救命講習」を受ける場所は、市区町村を管轄する消防署や、その地域の防災教室となるようです。講習会は各地の消防署が主催・実施しているそうです。興味のある場合、居住地または在学している地域の消防署のウェブサイトを確認してください。この筆者による情報だけで判断しないよう、くれぐれも注意してください。


ここまで、第46話までお読みいただけたこと、本当に嬉しいです。ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


信頼性の高い論文は、統計の言葉で書かれています。しかし、それは平均的な傾向を示すにとどまり、事実ではありますが、真理ではありません。そこには常に解釈の余地があり、かつ、事実だからと受け入れる必要もないのです。問われているのは、事実を知って、どうするかです。


引き続き、よろしくお願い致します。


参考文献;

1. Aronson, E., Willerman, B., & Floyd, J. (1966). The effect of a pratfall on increasing interpersonal attractiveness. Psychonomic Science, 4(6), 227–228.

2. 3. Granovetter, M. S. (1973). The strength of weak ties. American Journal of Sociology, 78(6), 1360–1380.

3. Hidi, S., & Renninger, K. A. (2006). The four-phase model of interest development. Educational Psychologist, 41(2), 111–127.

4.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ