第44話 北高・医学研究会の発足
学期末テストを終え、あと8日で春休みとなる、3月の土曜日。
ホワイトデーのお祝いも兼ねて、指輪事件のお詫びと、御礼パーティが開かれている。
七海たちの家。お泊まりパーティで、明日もみんなで遊ぶ約束だ。
夢咲は、自作のホールケーキを持ってきた。お菓子作りが得意で、よく学校に『試作品』を持ってくる夢咲の自信作。
料理が趣味のカイオは、最近ハマっているという、ローストビーフを作ってきた。つまみ食いをするみんな。ウマ。
美月は、自作したポスターを人数分、持ってきた。
少女漫画化された七海が、祈るように、手を前に組んでいる。
左手の薬指だけでなく、右手の薬指にも、結婚指輪がある。今回の騒動を表している。
上目づかいの七海の目には、涙が溜まっている。とても、かわいそうな感じ。
そして吹き出しには、『ごめんなさい、蓮キュン』と。
夢咲がツボって、呼吸困難ぎみに笑い出す。それに釣られて、カイオも呼吸困難に。御影、美月が続き、最後に七海も大声で笑った。
さて。
七海と御影は、きょうのスペシャルな食事を担当する。フレンチに挑戦するとのことだ。
夢咲「美月、ヤバすぎ、このポスター」(まだ笑っている)
カイオ「なにか悩み事があっても、立ち直るための『土台』になりそう」
御影「思い出すだけでも、笑をこらえるのが難しい。こんなポスターあったら、もう、喧嘩できない」
美月「それが狙いだもん」
みんなが笑う。恥ずかしいので、この話題を避けたい七海が、話題を変える。
七海「これから高2になるでしょ? クラス替えが、ある。きっと、みんなが一緒ってことはない」
夢咲「わかんないじゃん。運命、あるかもよ」
美月「ランチの時間もあるし」
七海「運命まかせにしたくないの。だから、みんなともっと一緒にいるための方法を考えた」
御影「なんか、ゴソゴソやってたね」
七海「前にカイオくんが言ってた『医学研究会』、部として立ち上げたいの。企画書いて説明したら、保健の先生が顧問になってくれるって。あとは、5人以上の部員の名前を書いて、提出するだけ」
夢咲「部室、もらえんの?」
七海「うん。昔、視聴覚室だったところが部室になる予定。いまは、生徒みんなにPC支給されてる。で、映像そっちでみるから、視聴覚室、もう使わないんだって。理事会でも、視聴覚室の利用は、懸案事項だったみたい」
御影「視聴覚室だと、スクリーンもプロジェクターもあるし、便利だよね」
七海「そそ。でね。みんなに、部員になってもらいたいの」
美月「私は研究しないけど、いい?」
七海「もちろん。私の研究成果を聞いて、アドバイスくれれば、それで十分」
カイオ「僕も、バスケ部を優先するけど、いいかな? でも、僕もスポーツ科学とか興味あるから、勉強したこと、発表してみたい」
七海「大歓迎だよ!」
夢咲「私は、看護学校の受験勉強する感じでもいいかな?」
七海「もちろん!」
御影「部長は、七海で決まり。俺も、問題ない。数理研究、してるし。でもさ、別に急ぐ必要なくない? 部活にしなくても、屋上とか空き教室とか、ここに集まるだけでも、活動できる」
七海「いまやるべき理由が、2つあるの。1つは、来月からくる新入生を勧誘したい。私たちの研究成果を引き継いでいける後輩がいたら、研究にも、もっと熱が入ると思うの」
カイオ「たしかに。後輩と一瞬にスポーツ科学とか勉強できたら、いいな」
七海「もう1つは、白嶺学院との交流と連携。白嶺には、ずっと前から『医学研究会』があるの。そして、サプライズしてもらったあの日に、先方の部長と連絡先、交換したの」
御影「それ、男?」
七海「女子だよ。皆川 桜先輩」
御影「じゃあ、いい」
七海「皆川先輩から、すごいの、もらってるんだ」
美月「なに? すごいのって」
七海「20年以上もの歴史がある、白嶺の『医学研究会』の会則と、活動運営マニュアル」
御影「白嶺だし、すごいだろうな」
カイオ「すごく興味ある」
夢咲「白嶺は、いいの? そんな大事なの、うちらにあげちゃっても」
御影「そんなケチな連中じゃないよ。結果として、医学のためになるならって思ってるはず」
七海「うん。それでね。皆川先輩からもらった資料を基礎にして、修正してみた。ドラフト版だけど、保険の先生には、もう渡してある。活動内容を知りたいってことだったので」
七海は、プリントアウトされた資料をみんなに渡す。会則。新入生勧誘、後輩の指導法。卒業研究の進め方。文化祭や学校説明会での研究発表など、本当に、よく考えられている。
御影は、その中でも、七海が作った、「部活動の理念」に目がいく。
御影「理念。『自分の学ぶべきことは、自分で決める』」
七海の父親が、白嶺に残した言葉だ。七海は、この言葉を、母校であるこの北高にも伝えようとしている。少しでも、父の思いを遺していきたいのだ。
そして重要なことが、「行動指針」に書かれている。
美月「行動指針。『医師免許を持たない私たちは、医療行為に相当することは絶対に行ってはならない。そのために、何が医療行為に該当し、何がそうでないのかをしっかりと勉強する。わからないことは、顧問に相談する』」
七海「部活にしておくとさ、将来、高校を卒業しても、OBOG会で集まれる。後輩たちの研究発表を見に、文化祭にも来やすいと思う」
カイオ「このマニュアル読んだら、なんだか、やる気出てきた。なんでだろ?」
御影「成功しそうだと感じると、モチベーションが高まるみたいな研究はたくさんある(※1)。簡単すぎるゲームも、難しすぎるゲームも、燃えない。ちょうどいい難易度に、俺たちはモチベーションを感じるってこと」
夢咲「なんか、やれる気がする。すでに楽しい」
美月「私、新入生勧誘のポスター、書きたい」
カイオ「部活の申請が通ったら、本を買うための図書費、出るよね。どんな本を揃えておくべきか、白嶺に、俺から連絡してみる。七海ちゃん、皆川先輩とつないでくれる?」
七海「了解です!」
夢咲「まてまて。置いてくなよ」
七海「なに?」
夢咲「私、あんま本とか読まないんだわ。でさ、部室は旧・視聴覚室になるんだろ? 読むべき本もいいけど、医療・看護・介護系でさ、観るべきドラマとか、ドキュメンタリーとか、教えてもらってよ。私は、そっち専門で行きたい」
御影「めちゃくちゃ、いいね、夢咲」
カイオ「すごく楽しみだよ!」
◇
七海は、「医学研究会」の発足に、みんなを誘ってよかったと感じている。みんなとの距離が、さらに縮まった。その背景が気になり、論文検索を行った。
後日。わかったことを、みんなと共有する。
七海「仲良しグループが、目的を持った組織を作ると、どのような良いこと・悪いことがあるか、調べてみた」
夢咲「悪いことも、あるのね」
七海「悪い点から先に言っておくと、仲が良すぎると、批判がでにくくなる(※2)。あと、他のメンバーを受け入れられず、閉鎖的になりやすい(※3)。大きくは、この2つ」
夢咲「わかる気がする。新入生を迎え入れるとき、ハブらないよう、意識しよ」
七海「うん。で、良いこと。まず、勉強の意欲があがって、勉強が継続できるようになる(※4)」
カイオ「いいねぇ。モチベーションって、自分だけでは、どうにもならないことが多いからね」
七海「お互いに助け合うことが増えて、困難な課題に対しても、より協力するようになる(※5)」
御影「夫婦仲も良くなると」
七海「きっとそう。最後に、仲良しだからこそ、お互いを信頼して役割分担ができる。結果として、パフォーマンスが高くなる(※6)」
◇
高1の最後、終業式の日。
部活の申請が完了した。
顧問になる先生によれば、理事長が、この企画をとても気に入っているとのこと。正式な認可は来月の理事会になるものの、実質的な活動は、開始していいと言われた。仮承認。
顧問「藤咲さんが特待生、御影くんが成績で学年トップっていうのも、ポイント高かったみたいよ」
当然だが、生徒にとっては春休みでも、教師たちにとっては、普通の勤務日が続いている。春休みを利用して、七海たちは、部室の整備に取り掛かる。
部費として、この初期メンバーの5人は、それぞれ5,000円ずつ出した。その部費から、部室の整備などの費用を捻出するためだ。
部室のデザインは、夢咲と美月が手を挙げた。リサイクルショップから、人体模型までゲットしてきた。一般に買える聴診器やら、血圧計やらも、どこかから集められている。
カイオは、読むべき本のリスト、観るべきドラマのリスト、観るべきドキュメンタリーのリストを、白嶺の医学研究会から入手していた。このリストの価値は、かなり高い。
問題となったのは、本は古本屋から集めるとして。ドラマとかドキュメンタリーのDVDは、それなりの値段がする。そこで、カイオは、図書委員に聞いてみることにした。
図書委員会は、管理スペースの問題を抱えていた。毎年、OBOGなどから、多くの本やDVDの寄贈がある。そうして管理すべき本とDVDは増え続けるのに、図書室の書棚と書庫は、もういっぱいだ。
苦し紛れに、図書委員たちは、文化祭で、貸し出しの少ない本やDVDから順番にチャリティー販売をしている。しかしそれでも、とても追いつかないのだという。
そこでカイオは、図書委員会と「医療・看護・介護系の書籍およびDVDは、医学研究会の部室にて管理する」ということで合意した。発足間もない医学研究会にとって、これは大きい。
カイオは、白嶺からもらったリストと、図書委員会から委託された本とDVDを照合し、「将来、購入したい本とDVD」のリストを作成した。このリストを、初回の部費申請に添付するという。
いきなり、ほとんどお金をかけないまま、かっこいい部室、医療・看護・介護系の本とDVD、人体模型をはじめとした「医学っぽいオブジェ」がそろった。
もちろん、『ごめんなさい、蓮キュン』のポスターも、部室のよくみえるところに貼ってある。
医学研究会の看板は、美月が、拾ってきた板切れを使ってステキに作成した。
御影は、部のホームページを作成し、そこに部の公式連絡先も準備した。
夢咲は、その公式連絡先のQRコードが入った、5人の名刺を作成した。
・藤咲 七海 / 医学研究会・会長 / 関係性の研究担当
・御影 蓮 / 医学研究会・副会長 / 数理研究担当
・楢崎 夢咲 / ドラマ・ドキュメンタリー担当 / 看護系担当
・矢入 美月 / 広報・渉外担当 / その他雑務担当
・鈴木 カイオ 勇太 / 書籍・会計担当 / スポーツ科学担当
北川高校・医学研究会の船出は、順調すぎるほど、順調だった。
これから、5人の新年度が始まる。
第44話まで来ました。ここまで、お読みいただけたこと、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
自分の過去を振り返ると、自分には、自分で部活を作るという発想がなかったです。もう、あの頃には戻れませんが、戻れるのなら、チャレンジしてみたかったです。
引き続き、よろしくお願い致します。
参考文献;
1. van der Kooij, K., in ’t Veld, L., & Hennink, T. (2021). Motivation as a function of success frequency. Motivation and Emotion, 45(6), 759–768.
2. Janis, I. L. (1972). Victims of groupthink: A psychological study of foreign-policy decisions and fiascoes. Boston: Houghton Mifflin.
3. Granovetter, M. S. (1973). The strength of weak ties. American Journal of Sociology, 78(6), 1360–1380.
4. Deci, Vallerand, Pelletier, & Ryan (1991). “Motivation and education: The self-determination perspective.” Educational Psychologist, 26(3–4), 325–346.
5. Coleman, J. S. (1988). Social capital in the creation of human capital. American Journal of Sociology, 94, S95–S120.
6. Dirks, K. T., & Ferrin, D. L. (2001). The role of trust in organizational settings. Organization Science, 12(4), 450–467.




