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第4話 夕方の商店街と青い目

 ある日、放課後。


 今日は、実力テストで赤点を取った生徒たちには、「補習のある日」だ。


 赤点のある楢崎 夢咲(ならさき ゆめか)矢入 美月(やいり みつき)は、教室でグダグダしている。


 ふたりは、いつもなら、商店街が終わるところまで、藤咲 七海(ふじさき ななみ)と一緒に帰る。


 仲が良いから、でもある。同時に、七海(ななみ)に声をかけてくる「チャラ男たち」から、七海を守る意味が大きい。


 今日は、しかし、七海ひとりの下校になってしまう。補習のせいだ。


 一方、七海は、急いでいる。


 6時間目の授業が、時間通り終わらなかった。だから、妹の、保育園のお迎えの時間がせまっていた。


 時間に遅れれば、延長料金。七海の家計には余裕がないので、延長料金は、払いたくない。


 七海は、すぐにでも学校を出たい。ペンケースと水筒をしまい、(かばん)のジッパーを確かめて、廊下を小走りに進んでいく。


夢咲「七海(ななみ)、大丈夫かな?」


美月「アホの夢咲(ゆめか)はともかく。まあまあ上位の私まで赤点あるって、うちのテスト、どんだけ難しいのよ」



 商店街は、夕方のにぎわい。


 焼き鳥屋の煙、たこ焼きのソースのにおい、閉店セールのスピーカー、自転車のベル、子どもの笑い声。


 七海(ななみ)は、みた目だけは「ギャル」。なのに、商店街を、コソコソと小走りに「逃げて」いく。


チャラ男A「ねえ、ちょっと待ってよ」


 七海の前に、影が3つ。


 髪を明るく染めた、年上っぽい3人組だ。派手目のカジュアルな服に、ジャラジャラと多めのアクセ。口は笑っているけれど、目は笑っていない。


チャラ男B「一人? どこ行くの」

チャラ男A「時間あるでしょ」

チャラ男C「かわいいじゃん、話そうよ」


 七海(ななみ)は立ち止まる。すくんで、声が出ない。七海は(かばん)を胸に寄せ、半歩さがる。


——まずい、早く逃げないと。


 七海(ななみ)は短く、ギャルっぽい姿には似つかわしくない、小さな声で


七海「急いでます」


チャラ男B「ちょっとくらい、いいじゃん」

チャラ男A「とにかく、LINE交換しよ」

チャラ男C「写真1枚だけ。ね?」


 七海(ななみ)はさらに半歩さがる。


 身体がこわばり、指先は冷たくなる。チャラい3人は、七海との距離をつめる。道路の向こうに人の波はある。でも、誰も介入してこない。


 暖かく響いていた夕方の音が、遠くなる。


御影「彼女、嫌がってる。やめろ」


 低い、通る声がした。


 黒縁メガネの長身、御影 蓮(みかげ れん)がいる。もう、白嶺(しらみね)の制服ではなく、北高の制服を着ている。表情は、相変わらず前髪でよくみえない。


チャラ男A「はぁ? なにお前?」

チャラ男C「彼氏?」


御影「違うけど」


 御影(みかげ)の声は落ち着いていて、静かだ。それが返って、御影が「ほんとうの力」を(おさ)えていると伝わる。余裕。


 チャラ男のひとりが舌打ちをし、御影の胸ぐらをつかみ


チャラ男B「調子、乗るなよ」


 ドス、と鈍い音。肩で押され、それで、御影の黒縁メガネがズレた。


 拳が飛ぶ。御影の(ほほ)に1発。ズレていた黒縁メガネが、飛ばされる。


 それでも御影(みかげ)は、やり返さない。ただ、ゆっくりと顔を上げる。そして相手の目を、まっすぐにみた。


 沈黙。


 御影の視線は、少しも動かない。(あお)らない。近づかない。チャラ男の身体が、自然と御影の正面を避ける。別のチャラ男も、肩をすくめる。


チャラ男A「……行こ」

チャラ男C「つまんね」


 3人は足早に去っていった。


 夕方の音が、急に戻ってくる。


 七海(ななみ)(かばん)が、地面に落ちている。御影(みかげ)はそれを拾い、優しくほこりを手で(ぬぐ)って、七海に差し出した。


 七海は、御影に近づこうとして、足を止める。やはり、体が勝手に距離をとってしまう。まだ、こわい。それでも、殴られた御影の(ほほ)が心配だ。


七海「ありがとう。殴られたところ、大丈夫?」


 御影は軽くうなずく。七海の目線は、赤くなった御影の(ほほ)から、御影の目に吸い込まれた。


七海「目……青い」


 透き通った水に、空の色を一滴たらしたみたいな、薄い青。その中心には、深い海の色があった。


 光を受けるたび、その瞳の色が、すこしだけ、ゆれる。


御影「あ、さっきので、カラコン飛んだか」


 七海(ななみ)は、視線を落とす。


——こわいから、じゃない


御影「この目の色のこと、内緒にしておいて」


 七海は「こくん」とうなずく。


——そうだ、お迎えまで、もう時間がない


御影「行って。大丈夫だから」


 御影(みかげ)が短く言う。優しい声。


 七海(ななみ)は「うん」とだけ答えて、駆け出す。


 商店街のアーケード、信号が点滅する横断歩道を、七海が走り抜ける。


——走っているから? なんだか息ができない


 角を曲がる直前、七海は、たまらず振り返った。


 遠くにみえる御影は、メガネを拾っている。


 御影の長い前髪が、風で揺れる。あの青い目は、ここからでは、もうみえない。


 御影が手にしたメガネのレンズが、夕日を反射して、一瞬だけ光った。

もう、第4話まで、お読みいただきました。なんと光栄なことでしょう。ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


七海と御影の間に、青い目の秘密が共有されました。この共有が、後に登場する2本目の論文と、深く関わってきます。


引き続き、よろしくお願い致します。

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