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第39話 死而後已、不亦遠乎

 二学期の終わり、12月。


 期末テストを終え、七海は学年12位と、順位を落としていた。


 ただ、今の七海は、「学校の勉強は、奨学金さえ維持できればいい程度に」という戦略。医学部受験の勉強に切り替えている。当然、御影は不動の学年1位。


 北高は、休みの多い学校だ。そのため、クリスマス前の今から、もう、冬休みに入っている。


 この冬休みの始まりに合わせて、事実婚の挨拶のため、七海、御影、七海母、美香の4名は、神戸を訪れている。もちろん、家族旅行も兼ねて。初日は、観光地をめぐり、楽しく過ごした。


 七海母と御影母は、出会って早々に意気投合した。ホテルでの夕食会を終えて、そのまま、七海母と御影母のふたりは、朝まで飲みにいく流れになる。


 宿泊は、夕食会をしたのと同じホテル。夕食後、母たちと別れ、先に部屋に戻る七海、御影、美香。


 明日は、白嶺(しらみね)学院高校の、御影の元担任と校長のふたりに、挨拶に行く予定。この挨拶には、七海母と御影母も来ることになっているが、ちゃんと来れるだろうか。


 そして、次の日の朝。


 七海母と御影母は、結局、朝まで飲んでいた。それぞれが社長と看護師長なので、徹夜には慣れている。とはいえ、かなり酒が入っている。具合が悪そうだ。


 一行は、指定された時間に、白嶺学院高校の校門前にいた。校長室に通され、元担任と校長から、一通りのお祝いの言葉をもらう。


 どこか、ドライだ。


 社交辞令ばかりの退屈なコミュニケーションに、七海は「わざわざ、来るんじゃなかった」と、感じてしまう。でも御影は、違った。白嶺からのお祝いが、この程度のはずはない。


御影(ああ、きっと大変なことになるな)


 校長室を出た。すると、白嶺の女子生徒3人と女性教師らしき2人が、七海に駆け寄ってきた。それぞれが名乗る。女性教師2人は、家庭科の先生だった。そして女子生徒たちは、家庭科部に所属する3年生。


「藤咲さん、こちらへ」と、七海は、女子更衣室に連れて行かれる。二日酔いでフラフラしている七海母と御影母は、それをみて、ニヤリと微笑む。


御影(母さんたちは、なにか知ってるな? なんだ? なにが起こる?)


南「おい、蓮。君は、こっち」


 振り向くと、御影の白嶺時代の親友、南 隆信(みなみ たかのぶ)がいる。


南「蓮、ひさしぶり!」


御影「南! ごめん、あまり連絡できてなくて」


南「好きな女性といる時間を邪魔するような奴は、親友じゃないよ」


御影「……なんか、あるんだろ?」


南「そっちは、もう冬休みだよね? でもこっちはまだ冬休み、始まってない。今日は白嶺、全校生徒が来てる。意味、わかるよね?」


 七海は、カーテンが引かれた、薄暗い女子更衣室にいる。


 そこには、純白のウエディングドレスが準備されていた。


女子生徒A「ごめんなさい、あなたのサイズ、勝手に、あなたのお友だちから伺っています」


——文化祭で、メイド服のために採寸した、あれだな


家庭科教師A「私たちの余興に、お付き合いいただきたいと思っております。もちろん、ドレスを着たくない場合は、いまのお姿のままでも構いません。でも、よろしければ、私たちが作ったこのドレスを、着てはいただけないでしょうか?」


七海「はい。ありがとうございます。ちょっとびっくりして……ます」


 それまで、深刻な雰囲気だった女子生徒と家庭科教師たちの表情が、パッと華やぐ。「では」と、いったんドレスを着せられ、最終調整のために脱がされ、七海は、化粧台の方に連れて行かれる。


 何度か、ドレスを着せられては、脱がされる。最終調整が進められるわきで、家庭科教師たちによるメイクがなされていく。そして、手早く、花嫁が完成した。


 白に溶ける肌、鎖骨に沿う光。薄い布が風を拾い、まつげは雨粒をたたえたように輝き震える。歩むたび、花の香りが遅れて届き、ヴェールの端が光を散らし、指先の白がこの誓いをやさしく示す。


 彼女の微笑みを、世界が期待する。


 七海が女子更衣室を出ると、そこには、白嶺学院の制服を着た御影がいる。御影は、制服の上からさらに、卒業生たちが卒業式で着る「伝統のガウン」を羽織らされていた。


 七海が、その御影に、少し恥ずかしそうに微笑む。


御影「七海、なんて……」


 御影は、なんとか声を出そうとするが、言葉にならなかった。


 七海母は、夫の遺影を前に持ち、溢れる涙を、御影母に拭いてもらっている。


美香「ねえね! すごく、すっごく、キレイ!」


南「じゃ、いくよ。つい……」


 台車を押して、七海たち一行をどこかに連れて行こうとする南だった。が、南も声を出せない。


 台車には、空の段ボール箱が2つ、のせられている。南は、何かを思い出したかのように


南「……あ、そうだ。まずは、僕から」


 そう言って、南は、クラッカーを鳴らし、「ご結婚、おめでとうございまーす!」と叫んでから、七海に「お祝い」と書かれた封筒を手渡した。


 封筒は、ずっしりと重さを感じさせるもの。おそらく、何枚にも渡って、色々なことが書かれている。


南「これから、白嶺の生徒みんなから、こんな感じの『お祝い』の手紙を受け取ることになります。この台車とダンボールは、そのためのものです。覚悟してくださいね!」


 白嶺高校の廊下、その左右には白嶺の生徒たちが笑顔で並んでいた。その生徒たちに挟まれるようにして、廊下の真ん中を進んで行く七海と御影。


 生徒たちは、「おめでとう!」「おめでとうございます!」と、クラッカーを鳴らしつつ、分厚い封筒を、段ボールの方に投げ入れていく。パン、パン、パン!


 吹奏楽部が、演奏をしつつ、七海と御影について行く。「結婚行進曲」(メンデルスゾーン)、「カノン」(パッヘルベル)が選曲されている。王道の2拍子感。行進に最適な選曲だ。


 そのさらに後ろに、七海母、御影母、美香。


 どんどん、封筒で満たされていく段ボール。結局、台車1台では足りなくなり、最終的には3台になった。そのまま、誘導されるようにして、体育館にたどり着く。


 体育館では、白嶺学院高等学校の生徒たちが、全員起立して、七海たちを迎え入れた。廊下にいた生徒たちも、走って、これに加わっていく。


 七海の身体に付いているクラッカーの紙屑(かみくず)を、指でつまんでは、脇へ捨てる数名の女生徒たち。そうして七海たちは、舞台上に設置された、演説台の前の、立派なソファーに通された。


梶谷会長「御影くん、お久しぶりです。皆様、はじめまして。ここで、こうしてご挨拶させていただけること、大変な名誉です。私は、白嶺学院高等部2年、生徒会長の、梶谷 皐月(かじたに さつき)です。まず、後輩である御影 蓮さんに……と、社交辞令はここまで」


生徒たち「いけー!」「会長ー!」「素敵ー!」「大好きー!」「愛してるー!」——


梶谷会長「蓮、お前、スゲーな! 愛する女性を追いかけて、この名門、白嶺を退学する奴なんて、長い白嶺の歴史の中でも初めてのことだってよ! やばすぎる! 白嶺の誇り!」


生徒たち「白嶺の誇りっ!」


 多数の生徒たちの、息のあった発声に、体育館が揺れる。事前にしっかりと練習していたことが、伝わる。


梶谷会長「しかもその女性が、伝説の藤咲先輩の娘さんっていうじゃないか。お前、なんなんだよ? 最高か? 最高なのか?」


生徒たち「最高なのかっ!」


 また体育館が揺れる。


 両手を前に、会場の生徒たちを黙らせる梶谷会長。急に、シュッとして


梶谷会長「大変、お見苦しいところをお見せしました……つい、本音が」


生徒たち「いけー!」「会長ー!」「素敵ー!」「大好きー!」「愛してるー!」——


 また両手を前にして、会場の生徒たちを黙らせる会長。また、シュッとして


梶谷会長「白嶺へ、ようこそ。白嶺の理念、『死而後已、不亦遠乎』が意味するところは、『やるからには、必死であれ』というものです。そこに、藤咲先輩をはじめとした先輩方が築いてきた文化、『自分の学ぶべきことは、自分で決める』が重なっています。白嶺は、そうして、できている学校です」


——やるからには、必死であれ


梶谷会長「確かに蓮は、顔も頭もいい。でも未熟です。どうか、白嶺の早期卒業生である蓮のこと、末永く、支えてください。よろしくお願いします」


生徒たち「よろしくー!」「よろしくお願いしまーす!」「おめでとー!」——

 

 壇上から降りる会長。追いかける拍手。そして、お祝いの声援が、徐々に変化していく。


生徒たち「校長!」「校長!」「校長!」——


校長「生徒諸君。今日のこと、心に刻むように」


 校長の発声と共に、静まる生徒たち。


校長「白嶺学院高等学校の斉藤 天根(さいとう あまね)です。藤咲家の皆様、御影家の皆様、ご結婚、誠におめでとうございます」


 深々と、おじきをする校長。そのまま、しばらく、頭を上げない。しばしあって、


校長「白嶺生徒諸君。君たちは、御影くんになにを学ぶ? 御影くんに先を越された理由は? 御影くんは、何を成し遂げた? 御影くんは、『自分の命。それ以上に大切なものをみつけた』のだと、私は思う」


校長「白嶺生徒諸君。君たちに、自分の命以上に大切なものは、あるだろうか? それを見つけるために、日々を生きているだろか? みんな、いつか死ぬ。だから死ぬ前に、自分の命以上に大切な何かを、この世に残して行かねばならないのだ」


 ここで、校長が何かの合図を出す。「校長の話が長いのは、よくないからね」と、壇上から早々に降りる校長。それを追う拍手。体育館の遮光カーテンが一気に引かれる音。


 体育館が暗くなる。


 壇上のスクリーンに、ビデオが投影される。高級そうなスピーカーから、クリアな音声が流れてくる。


夢咲『七海ー、蓮ー、おめでとー!! んで、白嶺のみんな、あんがとー!!』

カイオ『蓮、七海ちゃん、おめでとう。白嶺のみなさま、ありがとうございます』

美月『七海ー、蓮ー、よかったねー! 白嶺、ばんざーい!』


 クラスメートたち、バスケ部のみんな、そしてあの日、御影を呼び出した先輩たちまで、お祝いと、このサプライズを企画してくれた白嶺への感謝が続く。ところどころ、思い出の写真がインサートされている。


 声を上げて、御影が泣き始める。自分の気持ちも、人の気持ちもわからないと言っていた、あの御影が。


 ずっと前から泣いていた七海は、御影とは逆に、ここで凛として立ち上がる。


 予定とは異なるタイミングで、スピーチが始まりそうな予感。


 音響を担当する生徒が、流れているビデオの音量をフェードアウトさせる。無音のビデオが流れている。それを背景として、七海がマイクを手に取った。


——やるからには、必死であれ


 後の白嶺において『勝利宣言』と呼ばれる演説が、今、始まる。


七海「白嶺の皆様、こんなにも暖かいお祝いをしていただき、誠に、ありがとうございます。私は、御校、早期卒業生である御影 連(みかげ れん)の妻、藤さ……」


 やや間があって、七海は、恥ずかしそうにしながら、


七海「御影 七海(みかげ ななみ)、16歳です」


生徒たち「御影ちゃーん!」「キレイー!」「ぎゃー!」「御影さーん!」「御影ー!!」「好きだー!」——


七海「私はいま、医学の視点から、恋愛を学問したいと思っております。そのために、日々、関連論文を読みつつ、医学部受験の勉強もしております。でも、これは……これはきっと、方便なんです」


七海「私は、我慢し、我慢し、爆発するという『サイクル』を繰り返してきた人間です。そして皆様……どうやら今、私は、爆発するタイミングにあるようです」


——やるからには、必死であれ


七海「……本当は、蓮くんと、ただ一緒にいられたらと思っているのです。蓮くん以外の男性とは、会話もしたくないんです。私は、蓮くんさえいれば、それでいいのです」


七海「でも……そういうこと言うと、蓮くんが悲しむんです。蓮くんに悲しんで欲しくないから、私は、蓮くん以外の男性とも……会話はします」


七海「本当は、嫌なんですけど……」


 会場から、たくさんの笑い声が上がる。


 七海が、髪をかきあげる。その仕草ひとつで、会場が、ヒタと、静まる。なんて、美しいのだろう。


七海「蓮くんは、白嶺でも、モテましたでしょう? でも、誰も、蓮くんを自分のものにできなかった。私は、しかし、蓮くんを、こうして自分のものにしました」


七海「なぜか。それは、駆け引きすることなく、斜に構えず、必死に彼のことを求め続けたからです。『やるからには、必死であれ』です」


七海「私から、蓮くんを奪えるものなら、奪ってごらんなさい! 受けて立ちます!」


生徒たち「無理でーす」「奪えませーん」「七海さん、キレイー!」「かっこよすぎ!」「キャー!」——


——ああ、自己組織化なんだ


七海「一人一人の、愛を求める必死の思いが、余裕なんて全然ない人々が、この世界を作っています」


七海「この世界は、あなたたちのような『エリート』が、上から目線で作っているのではありません」


七海「ほんとうの自分って、弱くて、みじめで、情けないんです。なぜなら、それが人間の定義だからです。それなのに、強がるのは、愚かなことです。強がるのは、誠実とは真逆のことです」


七海「みなさま、本気で、生きましょう! 必死に、求めましょう! 斜に構えている余裕など、私たちには、ございません! だって私たちは、等しく、バカで、バカで、どうしようもない人間なのですからっ!」


 七海が話おわる前から、大きな、大きな拍手が起こり始める。体育館が、拍手と歓声で震えた。


——やるからには、必死であれ


七海「この日のこと、絶対に、忘れません。ありがとう……ござ……いま……た……」


 震えながら泣き出す七海。盛大な七海コール。立っていられない。しゃがみ込んで、手で顔を覆って泣く七海。肩が大きく震えている。


 代わって、涙を拭いながら、御影が立ち上がる。


 七海コールに、御影コールも重なる。御影は、マイクを取って、


御影「悪い。斜に構えているわけじゃないけど、照れ臭くて……」


御影「Met diepe dankbaarheid richt ik mij tot jullie allen: door jullie is dit uitgegroeid tot een groots en onvergetelijk feest. Deze dag zal mij mijn leven lang bijblijven. Jullie zijn werkelijk de besten. Ik besef hoe rijk en gelukkig ik ben, gedragen door de steun van zovelen. Moge ieder van jullie overvloedig geluk en voorspoed ervaren.」


 意味はわからなくても、誠実で暖かい言葉が述べられていると伝わる。意味がわからなくても、生徒たちの気持ちが、御影に同調する。


 言葉など、ほんとうは、どうでもいいのかもしれない。


 泣いている七海を、軽々と抱き上げる御影。


 御影の薄青い目に光が通る。その幻想的な色が、体育館の一番後ろからもはっきりと見えた。


 長い、口付け。七海が、御影の首に強く抱きつく。


 大きな歓声。鳴り止まない拍手。床を多数の足が踏み鳴らす轟音。


御影「七海は、俺のものだ」


 その日、白嶺の体育館は「振動」した。

この作品におけるひとつの山場、第39話、お読みいただきました。本当に、ありがとうございます。嬉しいです。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


白嶺学院は、僕にとって、理想の学校です。自分が何を学ぶべきか、それを自分で決められる人間を育てる学校です。決めるまで、決めてから目移りする、また決め直すといった迷いのプロセスが大切だと思っています。


最後の御影のセリフですが、色々と迷って、何度も変えています。結果として、この時点での御影の本心をむき出しにする形となっています。


引き続き、よろしくお願い致します。

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