第34話 インタビュー
(注)
七海は、長い闘病生活のすえ亡くなった「父親の主治医」をしてくれていた、高橋先生のもとを訪ねている。
忙しいにも関わらず、電話で「医学に興味があって」と伝えたところ、快諾してくれた。
七海「今日はお時間、ありがとうございます。父の闘病時は、大変、お世話になりました」
高橋先生「こちらこそ。藤咲先生は、医師としても、人としても立派な方でした——さて、どこから始めましょうか?」
七海「失礼かとは思いますが……医師としての仕事の楽しさややりがい、それから大変なこと。あと、研究をする医師と、現場の医師の違いも知りたいです」
高橋先生「あくまでも、僕、個人の意見として聞いてください。医師にも、色々います。で、僕の、現場の医師としての楽しさ……いや、楽しいと表現してはいけません。嬉しさ……患者さんの苦痛が軽くなって、その人らしい人生が少しでも長く送れること……が嬉しいです。医療チーム全員で、それが実現できた時は、この仕事をしていてよかったって思います。やりがいも、同じかな。患者さんの日常が良くなるのを、チームのみんなで一緒に確認できることです。医療的なデータだけでなく、患者さんやご家族の表情が明るくなると、本当に嬉しいです」
七海「大変さは、いかがでしょう?」
高橋先生「時間の密度と、決断の重さですかね。夜間や休日の対応、検査・書類、家族との話し合いなど、短時間のうちに、たくさんの仕事があります。『完全な正解』がない世界で、医師としての自分だけでなく、患者さんやご家族の納得できる治療方針を選ぶ場面が多くなります。ここで、折り合いがつかなくて、苦しむことが多いです。勉強した『最善』と言われる方法が、患者さんやそのご家族の立場からは受け入れられないことがあるんです。その時、どうするか、かなり悩みます。そして、治せない病気がたくさんあります。悔しい思いをすることが、日常的になるという意味で、辛い仕事だなと感じることもしょっちゅうです」
七海「研究医と現場の医師の違いは?」
高橋先生「ざっくり言うと……僕みたいな現場の医師、臨床医は、いま『目の前の人』のために動きます。仮説は短距離、意思決定は分〜日単位になります。これに対して研究医は、将来の患者さんのために『医学的な未知の領域』を減らすために頑張っているイメージですかね。研究医の場合、仮説は長距離、勝負は年単位です。実験・解析・論文・資金調達が仕事の一部になる感じですね。現場と研究を同時並行する先生もいるし、どちらかに集中する先生もいます。いうまでもなく、どちらが優れているとかは、ありません」
七海「父のこと、覚えているエピソードがあれば、なんでも構わないので、教えてください」
高橋先生「治療の方針における分かれ道では、いつもご自分で選択肢を3つに整理されていました。『効きやすいが副作用が強い』『通院が増えるが時間は稼げる』『症状を抑えることを優先』のように、ご家族に説明しやすい言葉でまとめておられました。ご家族にもわかるように、説明できるようにとお考えの姿勢に、『ああ、素晴らしい先生だな』と感心させられたことを、よく覚えています」
七海「医学部に進むには、どれくらい勉強が必要でしょうか。医学部に入った後の勉強の特徴も知りたいです」
高橋先生「かなり勉強しても、医学部に入れない人もたくさんいます。なので、まず、厳しい道であることは、覚悟してください。全教科、まんべんなく、勉強しなければなりません。勉強が嫌いな人には、無理だと思います」
七海「……」
高橋先生「とにかく、毎日、相当な時間を勉強に充てる必要があります。ただ、あなたのように高校1年生の時から医学部を目指すのであれば、可能性があります。重要なのは、勉強の『量』だと思ってください。医学部に入学できてからも、とにかく、勉強の『量』が多いです。ただ、その勉強内容は、実際には、暗記が中心だと、僕は感じてます。暗記が苦にならない人なら、可能性があると思います。模試をたくさん受けて、客観的に自分の実力を評価してください」
七海「医学部に進学できたとして、学費など、お金が心配です」
高橋先生「お金の面は、奨学金・学費減免・地域枠などが多数あるので、早めに情報を集めて計画すると良いです。女子限定の支援もあるはずです。そうそう、防衛医大なら、毎月15万円程度のお給料をもらいながら、勉強できますよ」
七海「え、そんな都合の良い話があるのですか?」
高橋先生「もちろん、色々と制約があります。そこはご自分で調べてみてください。とにかく、今日の話は、僕の個人的な意見です。医師によって、考え方も感じ方も違うので、これで全てだと思わないように、本当に、本当に注意してください」
◇
亡くなった父親を担当してくれていた、訪問看護の井上さんに連絡をすると、こちらも快諾してくれた。
ちょうど、七海の家の近くの患者さんを担当しているとのこと。そちらの仕事が終わったあと、七海の自宅アパートまで来てくれるという。
そうして井上さんは、仕事帰りに、七海のアパートに立ち寄ってくれている。
井上さんは、まだ幼かったころの七海を知っているので、七海の成長に驚いている。
井上さん「藤咲先生、懐かしいです。訪問のたびに、こちらが教えていただくことのほうが多くて、学びがたくさんありました。あ、今日は看護師の仕事でしたね。話せる範囲で、お話しします。ただ、私は訪問看護という領域の仕事で、看護師の全てみたいなことはお話しできないので、そこは注意してください」
七海「お願いします。やりがいと大変さ、それから研究と現場の違いも、訪問看護の視点から、お伺いしたいです」
井上さん「まず、これは私の意見です。看護の全体がわかっているわけじゃないから、個人的な話だと思ってください。ここは、とても大事なところです。看護師によっても意見が違うし、それぞれの考え方があるから」
七海「はい。もちろんです」
井上さん「やりがいは、生活単位で、患者さんを支えること……ですかね。例えば痛みの波に合わせて薬のタイミングを医師に相談したり、寝返りの工夫や食事形態を一緒に見つけます。ここら辺は、厳しい法律とのからみもあるので、注意します。で、患者さんのできることが増えると、患者さんの表情が変わります。大変さは、家ごとに背景や条件がまったく違うことです。ベッドの高さ、段差、時間帯。同じ対応が通用しないので、観察して、そのご家族ごとの対応を作ります」
七海「看護の研究と現場の違いには、どのようなものがあるでしょう?」
井上さん「看護は、基本的に、現場が多いように思います。もちろん、研究者もいますけど、私は、詳しくはわかりません。看護って、やっぱり患者さんの近くで起こることだと個人的には思います。あくまでも、私の個人的な意見ですよ?」
七海「父の訪問看護で、印象的だったことはありますか?」
井上さん「血圧や体温など、バイタルをチェックされるのは、嫌みたいでした。昨夜眠れたか、ちゃんと食べられたかといったことを重視するみたいな、そういう先生でした。それが正しいというつもりはないです。ただ、藤咲先生は、そういう先生でした」
【筆者注】この物語を書き切るために、必要だと判断して書いた内容です。現役の医師、および医大生によるアドバイスを受けて執筆しましたが、内容に関しては、あくまでも医療の素人による記述であること、注意してください。医療に関することは、命に関わることです。このフィクションの記述を、実際の医療的な判断の参考にしないようにしてください。繰り返しますが、これは、医療の素人によるフィクションです。決して、医療的な判断の参考にしないよう、よろしくお願いします。
第34話まで、お読みいただきました。ありがとうございます。本当に、嬉しいです。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
医師や看護師のお仕事って、とても大変だとは思いますが、同時に、憧れてしまいます。あなたは、どうですか?
引き続き、よろしくお願い致します。




