第32話 助けてほしい
放課後、保育園に向かう下校の途中。
七海と御影は、手をつないで歩いている。手をつなぐドキドキは、少しだけ薄れた。
こういうドキドキが持続しないことは、論文(※1)でも確認した。
残念ながら、恋愛初期のドキドキは、特に最初の10年は減り続けるという証拠がたくさんある。
それは、仕方ない。
——ドキドキしたいから、手をつなぐんじゃない。「蓮くんと一緒」を感じたいから、つなぐ。
おもむろに
七海「蓮くん、助けてほしいことがあるの」
御影「嬉しい。頼ってくれて」
どう話すか少し考えて、七海はしっかりとした口調で、話し始めた。
七海「私、蓮くんのことが大好き。だから、蓮くんとずっと一緒にいたい。そんな気持ちが、どんどん強くなってる」
御影「嬉しい。俺も、同じ気持ち」
七海「うん。いつも伝えてくれるから、わかってる。だから……なんだけどね。私、蓮くんと一緒に暮らしたい。一緒に暮らして、四六時中、ずっと甘えていたいの」
御影「そうしようよ」
七海「でもね、私のこの気持ちは、際限がないの。いつか、蓮くんから研究のための時間を『全部』奪って、蓮くんはきっと、研究できなくなるの」
御影「それでも、いいよ」
七海「ダメ。私のお父さんと約束してくれたでしょ、ガン細胞をやっつける方法」
御影「……」
七海「蓮くんが、私のこと本気だって、わかる。だから、私が求めれば、それを実現してくれる。その結果が、研究ができなくなることなら、ダメ」
御影「うん」
七海「だから、考えたの。蓮くんと、ずっと一緒にいられるのに、蓮くんの研究の邪魔にならない方法」
御影「ありがとう」
七海「まず、蓮くんと同じ研究をするのがベスト。でも、蓮くんの研究資料を読んで、私には能力的に無理って感じた」
御影「……」
七海「だからあのね、もし、私がガンの治療をする、ガンのお医者さんとか、看護師さんになったら、どうかなって」
御影「そしたら、いつも一緒にガンのこと、勉強できる」
七海「そうなの。蓮くんに甘えながら、勉強できる。でも、ここからが本当の問題。助けて欲しい」
御影「うん」
七海「私は、蓮くんのことなら、なんでも知りたい。でも、医学には、同じような情熱を感じないの」
御影「……」
七海「どうして蓮くんのこと、こんなに好きになったか、自分でもよく、わからない。でも、そうして私をデレデレにした蓮くんになら、私がデレデレになる学問に思い当たるんじゃないかって」
御影「ちょっと、わかってきた」
七海「ほらね、やっぱり。助けてもらえる?」
御影「『運命』の話、覚えてる? 出会いの『運命』には恵まれたけど、関係を続けていく『運命』はないかもしれないと悩んでたこと、あったよね」
七海「あ、もしかして……学問との出会いにも『運命』があるけど、『運命』だけでは続かないかもってこと?」
御影「そう。恋愛では、『関係性を育てる視点』の方が、『運命』よりも、ずっと重要だったよね。学問でも、『興味関心を育てる視点』が重要なんじゃないかな?」
七海「いったんは、医師や看護師になる未来を想定して、医学の勉強を始めてみるってことだよね? それで自分が医学に関心を持てるように、色々と工夫してみる、と」
御影「良さそうじゃない? 『お試しで付き合ってみる』のは好きじゃないけど、『お試しで勉強してみる』のは、素敵なことだと思う」
七海「なんか、自信が出てきた。何から始めるといいと思う?」
御影「感情が動くほうが良さそう。辛くなければ、お義父さんの闘病を支えてくれた主治医とか、担当してくれた看護師さんに、医学への情熱について聞いてみるのはどう? それともちろん、看護師のお義母さんにも」
第32話まで、お読みいただきました。本当に、嬉しいです。ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
ドキドキが薄れていくの、寂しいですよね。ですが、ドキドキ自体を求めてしまう人は、浮気しやすい可能性が指摘されています。ドキドキではなく、大切な相手とともに幸せな人生を歩んでいくことを求めていきたいものですね。
引き続き、よろしくお願い致します。
参考文献;
1. Bühler, J. L., Krauss, S., & Orth, U. (2021). Development of relationship satisfaction across the life span: A systematic review and meta-analysis. Psychological Bulletin, 147(10), 1012–1053.




