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第31話 邪魔したくない

 夕食後の自宅アパート。


 七海は、御影の研究資料を読んでいる。


『空間自己組織化パターンはレジリエンス指標になり得るか——個体則から群集模様への数理と検証 / Can spatial self-organization serve as a resilience indicator? Theory and tests from local rules to collective patterns』


 難しそうだ。


 もう、タイトルからして意味がわからない。


 文化祭のとき、七海は、御影から研究の簡単な説明は受けている。それで、全体として表現したいことはわかった。けれど、内容を本当に理解しようとすると、たくさん出てくる数式の意味がさっぱりわからない。


 七海としては、勉強して、少しでも御影の研究に協力したい。


 でも、正直、御影の研究テーマに挑むことは、自分には難しいと感じる。なにか、他に役に立てることはないだろうか。「心の支え」みたいな、ぼんやりとしたことではなく。


 優秀な彼氏の「精神的な支え」になる彼女。頑張る彼氏。少女漫画によくある話だ。


 でも、「精神的な支え」は、彼女だって彼氏から得ている。彼女の立場にある自分だって、頑張りたい。そう考えれば考えるほどに、自分もなにか頑張らないといけないと思う。


——自分の学ぶべきことは、自分で決める


 御影が優秀すぎるからと言って、自分が「釣り合わない」みたいに考えることは無くなった。


 かつて七海は、高校を卒業したら就職すると決めていた。父親の闘病生活でできた借金を返済しながら、小さな妹の美香を支えていく。ずっと、そう考えてきた。


 しかし、いまの七海は、心から「勉強が楽しい」と感じている。


 ただ、いかに勉強が楽しくても、それはあくまで、自分に理解できる範囲でのことだ。御影の研究内容は、七海には理解できない。


 そうなると、御影から「生物のことを考える時間」を奪っている自分が、どうにも腹立たしい。


七海「蓮くんの、邪魔、したくないな……」


 思わず、言葉になる。


 御影は、七海の送り迎えをしてくれている。ちょっとしたことでも、七海を助けてくれる。御影は、七海のために、かなりの時間を使っている。


 七海は、それを、素直に喜べなくなってきた。でも


——蓮くんと、一緒に暮らして。子どもだってほしい


 普通の彼氏彼女ではなく、御影と七海は事実婚をしている。


 ふたりで、なんでも話し合っていくべき。


 べきっていうのは、わかる。でも、だからといって依存みたいなのは、嬉しくない。


 すぐに頼るのではなく、自分で考えられるところまで、考えたい。「蓮くん、私、どうすればいい?」と聞くのではなく、自分で、考えてみたいのだ。


——私は、高校を卒業したら、就職したいのだろうか?


 関係性を育てる方法を、スキルとして学ぶことは、楽しい。論文を読み、観察やインタビューを行い、ノートにまとめていくのは面白い。


 そうして学んだスキルを実践することで、バイトをし、スマホも持ち、友だちも増え、私服だって可愛いものがふえた。カラオケにも、行けた。


 想像していた、灰色の人生ではない。ぼんやりと、明るい未来を感じられるようになった。憧れていた「普通の高校生」になったと思う。


——許されるのなら……大学で勉強してみたい


 奨学金をもらいながら、バイトもすれば、きっと大学には行ける。


 でも、その後はどうするのだろう。色々と楽しい勉強をして、御影と同棲し、ニコニコ笑いながら、子どもを育てていく。


 それは、きっと素敵なことだ。でも、それだと「自分の学ぶべきこと」がわからないままの気がする。


 そんなこと、贅沢な悩みだと、過去の七海なら思うだろう。


 七海は、御影にとって特別な存在だ。七海にも、それが十分に伝わってくる。だからこそ、御影は、重要な研究があるにもかかわらず、七海のためであれば、きっとなんでもする。


——ああ、私は、欲張りになったんだ。そしてこの欲は、際限なく大きくなるんだ


 だから七海は、御影にはこの相談はできないのだと気づく。


 御影に「私は、あなたの邪魔になっていますか?」と聞けば、間違いなく「そんなことない」と返ってくる。ほんとうは邪魔になっていたとしても。


 七海は、御影にとって特別な存在だから。それを、何度も伝えてもらえているから。七海には、わかる。


——客観的になろう


 七海のせいで、御影がかなりの時間を使っているのは事実。


 七海は、ほんとうはもっと、御影と一緒にいたい。御影さえいてくれたら、あとは、何もいらない。だからこそ、客観的には御影の邪魔になってしまう。


——(れん)くん意外に、私が「本気になれる何か」がないと、蓮くんが破滅しちゃう


 本気になれることをみつけ、それが、御影との時間も奪わないのがベストだ。


 かつて御影は、自分の研究テーマを変更している。その原因は、七海にあった。その理由を聞いたときのことを、七海は思い出す。


記憶『自分で決めるっていうのは、自分勝手って意味じゃない。自分が学ぶべきことは、自分の愛する人との関係性の中で考えていくことなんだと思う』


 お下がりのパソコンと、定額プランのWiFiを用いて、「恋愛と勉強を両立させる」ため、どのようなことに注意すべきか、論文を調べ始める七海。


 そうしてみつけたのは、「共同で行えること(計画)が少ないと、関係性が破綻する可能性が上がる(※1)」という論文だった。


——やっぱり。そう思ってた


 御影が研究をする。七海が御影の時間を奪う。その関係は、きっと続かない。


 続くとしても、どちらかの我慢の上にしか成り立たない。もちろん、共同で行えることは、研究以外にもある。だけど、できれば七海は、御影の研究に協力したい。


 しかし七海は、御影の研究を直接、手伝うことはできない。難しすぎる。であるなら、御影の研究にも役立つ領域に、七海が本気になれることはないだろうか。


 御影は、数学を用いて、ガンの治療法を探している。それが、御影が決めた「学ぶべきこと」だから。


——私が医師や看護師になって、ガンに関する論文を、蓮くんと一緒に読めたら


 七海は、しかし、自分が医師や看護師になるということに、いまは、本気になれない。


 御影と、少しでも一緒にいて、かつ、御影の邪魔にならないようにしたい。医師や看護師になれば、一緒に勉強できる。いまよりずっと、御影の邪魔になることはない。


 でも、自分の中には「医学を学びたい」という気持ちがない。


 御影と一緒にいたいから、医学をやる。それは、不純だと、感じる。


七海「自分が本気になれることって、どうすればみつかるの?」

こんなにたくさん。これまで第31話、お読みいただきました。本当に、ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


初めは、話ができればいい。思いが伝わればいいと考えていても、自分が相手に受け入れられると、自分の欲求は際限なく大きくなっていきます。ですが、それが相手を破滅させてしまうまでに大きくなりそうなとき、皆様なら、どうしますか? 相手には、相手の人生もあるわけで。難しいですよね。


引き続き、よろしくお願い致します。


参考文献;

1. Gere, J., Almeida, D. M., & Martire, L. M. (2016). The Effects of Lack of Joint Goal Planning on Divorce over 10 Years. PLOS ONE, 11(9), e0163543.

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― 新着の感想 ―
今回の話、大好きです。 こういう内省を自分でもよくやります。 このプロセスは悩みというより、答えに近づくワクワクが大きい。自分のやりたいこと、それが誰かと一緒にいるための手段なのか。本当に自分がやりた…
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