第24話 走り出す七海
愛咲スキルを鍛える。
そのため七海は、愛咲と美月、カイオはもちろん、少し仲良くなった知り合いにも、御影に関するニュースがあったら、教えて欲しいと伝えている。
美月「あんた、『必死すぎ』って、噂になってるよ」
七海「必死だもん。なんて言われようと、いい」
愛咲「あんた、なんか強くなったね」
七海「いまさらながら、恋の力よ」
七海はスマホを持っていない。なので、御影に関する情報は、口頭で伝えられる。そのため、七海は、これまで以上に、たくさんの知り合いと話すようになった。
七海「ごめん、蓮くんのこと、たくさん知りたいの。なんでもいいから、偶然、御影くんがなにかしてるのみかけたら、あとで、私にも教えて。あ、無理なお願いなら、断ってもらって問題ないから!」
必死な姿をさらしていると、不思議なことが起こった。
お願いをする七海に対し、「七海ちゃん、頑張ってね」「応援してるぞ」「御影、愛されてるなー」と、七海を応援してくれる人が増えたのだ。
御影には、もう、七海が御影の情報を求めていることは伝わっている。いまさら隠しても仕方ない。
この奇妙な現象について、七海は御影に、この原因に心当たりはないか、直接、聞いてみた。
御影「ベン・フランクリン効果(※1)」
七海「アメリカ建国の父だよね? 政治家が関係してるの?」
御影「彼は、政治争いの中で、敵対勢力にいた議員に『本を貸してください』とお願いすることで、仲良くなったそうだ。この逸話から、心理学的にも、ベン・フランクリン効果って名前がついてる」
七海「お願い事をすると、相手から好かれるの?」
御影「お願いごとの内容にもよるけど、ちょっとしたことなら、その通り。相手から好かれる」
七海「どうして? 相手からすれば、迷惑でしょ?」
御影「頼られると、嬉しいでしょ? もちろん、内容にもよるんだけどさ」
七海「確かに……私も蓮くんに対して、『もっと頼ってよ』って、いつも思ってる」
御影「俺も同じ気持ち。だから、スマホ代、俺に持たせてくれないかな?」
七海「それは、やり過ぎ……って、ずっと思ってたけど、よく考えてみます。それは、蓮くんにとって嬉しいことなんだよね」
御影「うん。七海のスマホは、俺のおかげなんだぞって誇りたい。俺は、七海を支えられてるって思いたい。こういうの、自己効力感っていうね。バイトにも、もっと本気になれる」
七海「そんなに、色々、ポジティブなことがあるんだ」
御影「うん。例えばこのまえ、七海、論文のプリントアウトを俺にお願いしてくれたよね。ああいうのも、嬉しい」
七海「私、真逆に考えてた。勢いで、軽々しくお願いしちゃって、ちょっと嫌われたかもって、不安になった」
御影「そんなことで嫌いになるか。怒るぞ」
七海「これまでずっと、私、間違ってたのかも……意地を張って、なんでも1人で完結しようとしてた。周囲からしたら、頼ってもらえない、信頼されてないって感じるのか」
御影「お願いごとをするとき、七海が嫌な気持ちにならないよう、ちょっとだけ注意も必要」
七海「なに?」
御影「返報性っていうんだ。人は他者から利益を受けたら、それに見合うお返しをしないといけない、っていう心理的な圧力(※2)」
七海「あ、だから蓮くんから『スマホ与えられること』に、私、抵抗あるんだ」
御影「そう。スマホは欲しい。それでみんなとつながれるのは嬉しい。でも、その利益の分だけ、なにかをお返ししないと、心理的には借金をしてる気分」
七海「なるほど。そこも含めて、考えてみるね」
七海は、御影のことが知りたい。周囲の知り合いにまで、御影の情報を求めることで、御影のことが知れて嬉しい。さらに、いつのまにか、周囲との関係性も、よくなってきた。
——なんだか、知るって、すごい
ある女子から、七海に情報がもたらされた。御影が、通学中に、具合が悪そうにしゃがみ込んでる中年男性を助けていたという。
そんなこと聞いて、七海の胸は熱くなった。御影が、誰に対しても優しい人だとわかって、嬉しい。自分のことのように、誇らしい。
——知るって、すごい
◇
次の日。
七海は、クラスの女子たちから、『あざとい女子ポーズ』の指導を受けていた。
七海「こう?」
女子A「もちっと、こう」
女子B「そそ、あと、こう」
七海「こうか! どうだ!」
女子C「やっば! 七海、破壊力、やっば!」
夢咲「こ、これは、ガチで、ガチで、世界一かわいいのでは?」
美月「身体のラインを意識すると、女性の魅力、最大20%増しになるらしい(※3)けど……」
女子D「七海の魅力が20%も上がったら、こうなるのか……おそろしい子」
なんでも天然が良いわけではない。「運命」任せにせず、「努力」する。少年漫画に出てくるヒロインのポーズを、天然でやれる女子などいない。
——よし。蓮くんが喜ぶなら、やってみよう
この日の下校は、御影、七海、夢咲、美月の4人。自動販売機の前で、美月がトマトジュースが飲みたいと、止まる。
——チャンス!
七海「蓮くん、昨日の朝、具合悪くてしゃがみ込んでた人、助けたんだって?」
御影「え? あ、うん。なんか、すぐ調子戻ったみたい。大変なことにならなくてよかった」
七海「蓮くん!」
御影「はい!」
七海は、長い髪を片方だけ耳にかけ、手を後ろで組み、背筋を伸ばしつつ、身体をくの字に曲げ、上目遣いになる。練習した『あざとい女子ポーズ』を、やり切る。
七海「えらーいぞっ!」(ニシッ)
御影は、あからさまに唾を飲んだ。そして、御影の顔が真っ赤になる。
夢咲「えー、なになに? なんか、いいことあった?」
第2章が終わりました。ここまで、お読みいただき、本当に、ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
現実には「あざとい女子ポーズ」の多くは、こうした練習の上に成立しています。少年漫画に登場するヒロインの多くは、それを天然でやっていることになってます。でも、天然だけでは、普通、無理です。少なからぬ女子は、笑顔の練習をしています。なぜなら、笑顔は、瞬間的に美人を凌駕するからです。
ただ……和栗薫子さんだけは、天然だと宣言します。異論は、認めません。
引き続き、よろしくお願い致します。
参考文献;
1. Jecker, J., & Landy, D. (1969). Liking a person as a function of doing him a favour. Human Relations, 22(4), 371–378.
2. Gouldner, A. W. (1960). The norm of reciprocity: A preliminary statement. *American Sociological Review, 25*(2), 161–178.
3. Fernando, H. N., Boone, A. P., & Wilson, J. P. (2020). Becoming sexy: Contrapposto pose increases attractiveness by exaggerating adult human sexual dimorphism. Evolution and Human Behavior, 41(3), 195–205.




