第22話 運命を超えて
御影は、七海との時間を少しでも多く確保したい。
だから、実力テストのときのように無駄に赤点をとって、補習に時間を取られたくない。
中間テストでは、御影は、全教科のテストを素直に全問解くことに決めた。結果として御影は、易々と総合1位を獲得。2位以下に、大きな差をつけて、堂々たるトップとなった。
御影は、同時に、夢咲、美月、カイオの試験対策も、勉強会を主導して応援した。結果として夢咲の数学以外は、みんな、赤点を免れることができた。
夢咲「御影っち、すまん。数学だけ、無理やった」
御影「頑張ったんだし、気にしない」
夢咲「次の期末テストでは、迷惑かけんようにすっから」
夢咲の数学だけは、残念だった。ただそれでも、御影に勉強を教わったみんなが、過去最高順位をマークできた。御影は、こうして仲間を助けながら、バスケ部の昼練にも参加し、余裕の総合1位だ。
生徒A「御影くん、やばすぎるでしょ。カッコよくて、頭もいいなんて!」
生徒B「みてるだけでも目の保養。勉強も教えてくれるらしいよ」
生徒C「昼に、バスケ部の練習でてるとこみた! バスケも超うまいんだよ!」
北高では、ちょっとした御影ブームが起こっていた。
そんな状況をみて、七海はため息を増やし、しょんぼりするようになった。
七海の、中間テストにおける総合順位は6位。決して悪くない。しかし、ことあるごとに御影と自分のギャップを意識するようになった。
◇
いつもの下校デート。
七海「蓮くんは、私よりもずっと頭がいいし、かっこいいし。みんなの赤点回避まで手伝って、運動もできて、自分も余裕で総合トップとか……」
御影「どうしたの? 七海だって絶世の美女で、優しくて真面目で、誠実で……」
七海は、御影の話を遮って
七海「このままじゃ、蓮くんのこと、他の誰かに取られちゃうんじゃないかって、不安になるの。自分なんかじゃ、とても蓮くんの彼女は務まらないな、とも」
御影「俺にとって、七海の代わりなんて、いない」
七海「でも、どうしても、そう考えちゃうの。優秀すぎる蓮くんの隣を、どうやって維持しようって」
御影「七海に、もっと安心してもらいたい。もう少し、正直な気持ち、聞かせて。七海が安心する方法、一緒に、考えたい」
七海は、少し考えて
七海「もし……もしだよ?」
御影「うん」
七海「私の写真が、北高ホームページのトップ画面に使われてなかったら、どうなってた?」
御影「俺、きっと、七海のこと、みつけられなかった」
七海「私のお父さんが、白嶺の伝統を作ってなかったら?」
御影「北高に転校できたかどうか、怪しい」
御影は、七海の問いかけで、七海と出会い、こうして事実婚するまでの「運命」を思い出していた。それぞれのイベントが、どれひとつ欠けても、いまとは違った未来につながっていた。
七海「蓮くんが、北高に転校してこなかったら?」
御影「きっと、七海との距離を縮めるのは、難しかった」
七海「私と蓮くんが、同じクラスになってなかったら? 商店街でのことがなかったら?」
御影「七海と仲良くなるのに、もっと時間がかかってた」
七海「ほんの少しでも運命が違っていたら、私たち、出会ってなかった」
御影「それはそう。たくさんの『運命』に助けられて、いまの幸せがある」
七海「でね。奇跡的な『運命』で、こうして事実婚できたのは嬉しいの。でも実際、いつも一緒にいる生活が始まってみたら、私は蓮くんの株を落とすばかり……」
御影「株って……そんなことのために、俺は、七海と一緒にいるんじゃないよ」
七海「うん。わかってる。わかってるの」
御影「七海と一緒にいることが、俺には、一番大切なことだよ」
——いまのままの私では、きっと、蓮くんに嫌われちゃう
七海「私たち、出会いの『運命』には、恵まれた。奇跡。ほんとうに感謝してる」
御影「うん」
七海「でも、その出会いを続けていく『運命』は、ダメな私のせいで……不安になる……」
御影は、ここでピンときた。
御影「白嶺の柴崎先生から、事実婚のお祝いもらったんだ」
七海「お祝い?」
御影「カップルが長く幸せであるために、必読の論文だって」
七海「さ、さすが白嶺の先生」
御影「お祝いでもらったこの論文(※1)には、カップルの関係性を左右する要因を『運命』とするか、それとも『努力』とするかによって、どういう違いがあるか検討してる」
七海「運命じゃなくて、努力?」
御影「運命にこだわる人は、困難が生じると、諦めてしまうことがわかってる。でも努力の人は、問題に直面したとき、建設的に話し合って、時間をかけて関係を維持しようとする」
七海「私、蓮くんと、こうして話し合いたい。ちゃんと関係を続けたい」
御影「この論文の結論は明快。幸せなカップルであるためには、ふたりの『関係性を育てる視点』が必要だってこと」
七海「関係性を、育てる……」
御影「はっきりさせておく」
七海「は、はい」
七海は、少し緊張した。
御影「七海、俺は、君を手放すつもりなんてない。ずっと一緒にいる」
七海「嬉しい」(顔が赤くなる)
御影「そのために、どんな『努力』ができるか、考えてみよう」
七海「ありがとう」
御影「次の論文(※2)には、カップルの関係性を、『合うかどうか見極めるタイプ』と、『関係を育てるタイプ』、2つの方向性について議論してる」
七海「私……合うかどうかばかり、考えてる」
御影「合うかどうかって評価しちゃう人は、関係性に対する悩みを『相性の問題』として、早い段階で見切ろうとする」
七海「早い段階で見切ろうとするっていうの、耳がいたい」
御影「でも、『関係を育てるタイプ』は、関係性を良くするスキルを、意識して身につけようとする」
七海「スキル?」
御影「相手の話を、誠実に、ちゃんと最後まで聞く、カイオのスキル」
七海「カイオくん、ほんと、すごいよね」
御影「相手の『良いニュース』に敏感に反応する、夢咲のスキル」
七海「うんうん。夢咲、『なんかいいことあった? なになに?』みたいな。そういうところ、いつも嬉しい」
御影「相手の『怒りスイッチ』を理解して、それを押さないように注意する、美月のスキル」
七海「美月のそういうところ、憧れる」
御影「関係性を育てるには、こういうスキルを学ぶのが重要ってこと」
七海は、あらためて夢咲、美月、カイオと、自分が仲良くなれた奇跡を噛みしめる。
確かに、出会いの「運命」も重要だ。
しかし「運命」だけでなく、みんなのスキルに支えられて、いまがある。そのことに、七海は気づけた。
御影「最後の論文(※3)には、『運命』の人は、交際の初期だけ満足度が高くて、その後、下がりやすいことが示されてる」
七海「そうはなりたくない」
御影「逆に、『努力』の人は、出発点は必ずしも高くなくても、その後の満足を得やすい」
七海「蓮くんとの関係を、自然まかせにしない。意識して、ふたりの関係を深めるスキルを学ぶ」
御影「そう。そうしようよ。死ぬまで、ずっと一緒にいたい」
七海「うん」
御影「俺のネガティブな感情もちゃんと伝える。七海は、魅力的すぎる。一緒に商店街を歩いてるとき、どれだけたくさんの視線が、いまだに七海に集まってるか、知ってる?」
七海「そういう視線は、自動で無視するようになってる。知らない」
御影「俺はさ、七海に対する『いやらしい視線』に気づくたびに、焦ってるんだ。もっとアピールしなきゃとか、もっと威嚇しなきゃとか。ほんとうは、すごく不安なんだ。七海が、他の誰かに取られちゃうんじゃないかって」
七海「そんなわけない」
御影「こういう、不安に感じてることも、ちゃんと口に出していこう」
七海「うん」
御影『これまでは、『運命』だったかもしれない。でも、これからは、一緒に『努力』しよう』
七海「なんだか、少し、元気でた。ありがとう」
しばしの沈黙。七海の表情が動く。
七海「蓮くんのこと以外に、知りたいこと、できた!」
御影「『お、なになに? 教えて、教えて!』って、ちなみにこれ、夢咲のスキルね」
御影は、そうして、夢咲の真似をしてみせた。それが、普段の御影とは違いすぎて、思わず吹き出す七海。
——ああ、私たちは、きっと大丈夫だ
七海「私、知りたい! 関係性を育てるためのスキル!」
コアとなる、第22話です。ここまで、お読みいただき、本当に、ありがとうございます。嬉しいです。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
数々の信頼性の高い論文が、恋愛・結婚を「運命」や「相性」のせいにするなと警告しています。「ありのままの自分」を受け入れてくれる相手を求めるのを止め、一緒に幸せになるための「努力」をせよ、というのが統計的な結論です。もちろん、統計的な結論は、真理ではなく、この場合は幸せになるカップルの平均的な傾向です。
引き続き、よろしくお願い致します。
参考文献;
1. Knee, C. R. (1998). Implicit theories of relationships: Assessment and prediction of romantic relationship initiation, coping, and longevity. Journal of Personality and Social Psychology, 74(2), 360–370.
2. Knee, C. R., Patrick, H., & Lonsbary, C. (2003). Implicit Theories of Relationships: Orientations Toward Evaluation and Cultivation. Personality and Social Psychology Review, 7(1), 41–55.
3. Gander, F., Uhlich, M., Traut, A. C., Saameli, M. A., Bühler, J. L., Weidmann, R., & Grob, A. (2024). The role of relationship beliefs in predicting levels and changes of relationship satisfaction. European Journal of Personality. Advance online publication.




