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第13話 護衛のはじまり

 七海(ななみ)が気を失ったのは、一時的なストレス反応。


 医師はそう説明した。いわゆる失神で、後遺症の心配も少ないとのこと。


 七海は点滴と休息で落ち着き、すぐ退院した。学校にも、無理なく戻れた。


 七海が学校に戻った日の放課後。ちょうど、補習がない日だった。


 図書準備室の丸テーブルに、藤咲 七海(ふじさき ななみ)楢崎 夢咲(ならさき ゆめか)矢入 美月(やいり みつき)御影 蓮(みかげ れん)、そして鈴木 カイオ 勇太の5人が集まっている。


 カイオもいるのは、「男性の視点も必要」と美月が声をかけたからだ。


 七海がカイオと話をするのは、はじめて。カイオは、男性が苦手な七海に気を使って、七海から一番遠い席を選んで座っている。


カイオ「藤咲さん、蓮。ふたりは、俺とまだ親しくない。だから嫌だったら、いつでも退席する。正直な気持ちを伝えてもらいたい」


御影「カイオ、助かる。カイオにも、居てもらいたい」


 御影とカイオが、想像以上に信頼し合っている。そのことに、女性陣が内心、驚く。


御影「部活があるのに。こうして時間をとってもらって、申し訳ない」


七海「あっ、私も……大丈夫です。部活あるのに、ありがとうございます」


 では、と美月が進行役を買って出る。


美月「今日の議題は三つ。議題1. 御影が七海に2本の論文を渡した意味 議題2. 七海と御影の現在地 議題3. 護衛の体制」


 御影は小さくうなずき、必要なことを、丁寧に話していく。


議題1. 御影が七海に2本の論文を渡した意味


 御影は一枚目の論文タイトルを指先で示した。


(One’s Better Half: Romantic Partners Function as Social Signals.)


御影「藤咲さんが、よく男性に付きまとわれているのをみて。で、その『生物学的な理由』を知りたくなった」


夢咲「生物学的って……」


御影「ああ、俺は生物にしか関心がもてなくて。基本、そういうふうにしか物事を考えられないんだ」


——御影くん、生物が好きなんだ。私も生物なんだけどな


美月「それで御影くん、生物の成績が良かったのね。でも、英語と数学は?」


御影「英語と数学は、生物を知るための道具だから」


夢咲「国語と社会は……生物を理解するのに必要ないから、赤点。極端なやつだなー、おまえ、人生、苦労するなー」


御影「藤咲さんが大変な思いをしている。その理由を生物学的に理解したくて、論文を探して、これに納得した」


美月「なんで、それを七海(ななみ)に渡そうと思ったの?」


御影「藤咲さんも、自分に関することだし。興味があるかもしれないと思って」


美月「なんで、こっそり七海の机の中に入れたの? 堂々と渡せばいいじゃない」


御影「俺と、藤咲さんが『仲がいい』と誤解されたら、藤咲さんが困ると思ったから」


——困らない。困らないよ


夢咲「もう、誤解じゃないから。私には、わかってる」


御影「……」


 御影(みかげ)は2本目の表紙を軽く押さえた。


(Updating P300: An integrative theory of P3a and P3b.)


御影「藤咲さんに、俺のこと『知りたい』って言われて、動揺した。だから、その理由を考えた。脳科学的にどういう説明になるか考えていたら、この有名な論文を思い出した」


夢咲「動揺したんだ。それは、いいサインだな」


——動揺してくれたんだ……嬉しい


御影「俺の目が青いことが、藤咲さんにとって『珍しい刺激』になった。そして、『ほかにも何か隠しているのでは』という解釈を生んだ」


 御影は、「隠している」という自分の発した言葉に、何か思うところがあるようだ。なにかを隠しているのは、おそらく、事実なのだろう。


御影「そこから、『知りたい』が生まれていると認識した。論文も面白かったから、渡した」


——違う! 違うのに


カイオ「目、青いの?」


御影「ちょっと待って……ほら」


 御影は、黒縁メガネを外し、左目のカラコンも外してみせた。


(なんで、わざわざ隠してるの?)と、みなが思った。でも、誰も口に出さなかった。


 誰にでも隠し事はある。そして、隠し事をしている理由なんて、愉快なはずがないから。


美月「なんで2本目は手渡ししたの?」


御影「1本目、藤咲さん、クラスメートの前で返そうとした。藤咲さんにとって、俺との論文のやり取りは、『みられても大丈夫』なんだと理解したから」


夢咲「なあ、御影っち、おまえ、めっちゃ話すじゃん」


カイオ「蓮は、無駄がないだけ。必要なことはちゃんと話す人だと思うよ」


 御影(みかげ)は、なぜか照れながら、小さくうなずいた。(かわいい)


議題2. 七海と御影の現在地


 テーブルの端で、七海の両手がそっと重なった。今更ながら、恥ずかしい。


 美月(みつき)が静かに切り込む。


美月「七海が……御影くんのこと『好き』って言ったこと、どう受け取ってる?」


 直球。カーブをみせた後の直球。


御影「すごく、嬉しい……でも、正確に伝えるのは……いまは、ちょっと。ごめん」


——嬉しい。嬉しいんだ!


夢咲「じゃあさ、もし七海じゃない女子から『好き』って言われたら? 御影っちは、その人と『話がしたい』って思うの?」


御影「思わない」


 夢咲(ゆめか)が七海の肩を小突く。夢咲は、追い討ちをかける。


夢咲「つまり七海は、御影っちにとって、『特別な人』ってことだな?」


御影「それは、間違いない」


——特別な人!


カイオ「俺の理解では、そういうの『好き』ってことだと思う。(れん)は、どうなの?」


夢咲・美月(カイオ! お前、いいやつだな!)


御影「どうしても……いまは、言えないんだ」


夢咲・美月(うっざ! こいつ、うっざ!)


——特別な人 = 好きな人ではないよね……


議題3. 護衛の体制


美月「御影くんも、七海が魅力的すぎて、『1人で歩かせると危険』だって知ってるよね?」


夢咲(こいつ、あえて「魅力的すぎ」って言いやがった!)


御影「ああ、わかってる」


夢咲(つ、釣れた! 美月! それ、年末のファインプレー特集に出るやつ!)


 七海の鼓動が、大きくなる。


 ちらりと御影の表情をのぞきみる七海。けれど御影は、無表情だ。


美月「商店街から、駅の反対側に抜けるまでは、ガラ悪い奴がたまっていて、危ないの」


御影「体験してる」


夢咲「だからさ、御影っち、補習のない日は、七海の護衛してよ」


御影「いいけど……藤咲さんは、誤解されて嫌だよね?」


七海「嫌じゃない。嬉しいよ」


夢咲「その誤解で、七海のこと、(あきら)める人、増える。都合いいじゃん」


カイオ「その誤解で面倒を食らうの、むしろ(れん)だよ。呼び出されたり、詮索(せんさく)されたり」


美月「七海を狙っている男子から、いろいろされる。それでも、護衛、やる?」


御影「俺のことなら、大丈夫だよ」


カイオ「蓮、困ったことがあれば、いつでも相談して」


御影「ありがたいよ、カイオ」


夢咲・美月(やだ、このふたり……いい感じなの?)


 七海は(ほほ)を赤くしたまま、立ち上がる。七海は、丁寧におじきをして


七海「みんな、ほんとうに、ありがとう」


 腕時計をみて、


七海「でもごめん、もう時間ない。保育園、急がないと」


夢咲「じゃあ、早速、護衛開始。今日、補習のない日だから」


美月「おふたりさん、お幸せに!」


七海「え?夢咲(ゆめか)美月(みつき)は、来てくれないの?」


夢咲・美月「行けるわけ、ないだろう!」

第2章の始まり、第13話まで、お読みいただいたことになります。本当に、本当に、ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


秘密の共有は、自己開示の一種です。人間は、相互に少しずつ自己開示をすることで、仲良くなって行きます。ここでは御影が、青い目のことをカイオに開示しています。カイオは、それに対して「自分も何か個人的なことを開示しないと」というプレッシャーを感じます。なのできっと、カイオはこの後、何かそうしたことを御影に伝えるでしょう。専門的には、自己開示にも「返報性」が働いていると、解釈されています。


引き続き、よろしくお願い致します。

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