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第71話 アイクの交渉術(10)




「いいえ、これ以上は許容できないわ」


静かだが、鋼のように硬質な声でそう言ったのはステイだった。

対面に座るのは、例によってアイクである。


「何故?信賞必罰。人間なら当たり前だ」


「そういう問題ではないのよ。確かにありがたい収入だったけどそのほとんどはあなたの散らかした部屋を片付けるのに使われるのよ」


ステイが今までのアイクが積み重ねてきた負債へと消えると言う。

今はアイクが以前協会へともたらした膨大な量のお金の使い道の交渉をしているところだ。

もちろん、そのまま協会の財布へ横流しするわけにはいかないので寄付という形にはなったが。


「それでも余りあるはずだ」


「だから選択権をあげたじゃない」


「それだけ?」


アイクはわざとらしく身を乗り出し、眉を顰める。


「アイク、周りの目もあるの。わかって」


「・・・なら給料30%上げろ。俺の部署全員だ」


「賞与ではダメなの?」


「継続性がない。今回みたいなことがこの先にもあるかもしれないぞ」


「あなたは・・・」


言葉を探すステイの耳に、重々しいドアの軋む音が割り込んだ。


「どうもステイ、このキールに・・・・なぜアイクがここに?」


「・・何故ここに?」


現れたのは、身なりのいい小太りの男だった。

年齢は三十代後半。背は低く、肌は青白く、顔は潰れた団子のよう。その場に似つかわしくないほどの香水の匂いが、瞬く間に部屋を満たした。



「あなたがここへ呼んだのでは?」


「そんな覚えはないわ」


2人が困惑した顔を見合わせる。


「せっかく来たんだ。まあ座れよ」


アイクが仕組んだとすぐに分かるその誘導に、ステイは気だるげに目を細めた。偽の手紙に釣られたキールは遠慮もなくステイの隣へ腰を下ろす。ステイは一瞬、香水の匂いに顔を顰めた。


「よくきてくれた。キール」


「何故お前が先にここにいる?」


アイクの表情とは正反対にキールは本心から嫌そうだった。


「もちろん。お前より先に呼ばれたからだ」


2人の視線が空中で見えない火花を散らす。

ピリつく空気を割ってアイクが言う。


「ステイが君をここに呼んだのはオフィスの話らしい」


「・・・私のオフィスが何か?」


キールは眉を釣り上げる。


「俺と場所を交代する」


ステイの声よりも割り込む様に話す。


「嘘だ。交代?私が?」


「それは彼女に聞け」


アイクは涼しい顔で彼女の方を見る。


「何故です?あの部屋は昔から犯罪統括部の居室だという慣例があったはずです。その伝統を私の代で断つと?」  


キールはステイへと早口で詰め寄る。声もどこか上ずっていた。


「キール、アイクは・・」


「協会を支えている?それは私もそうだ。今年の私の部署が上げている利益をみたでしょう?必要なら来季の決算書を提出します。概算になりますが」


「・・そうね。確かにあなたはこの組織の財政を支えていると言えるわ。何度助けられたかわからない」


ステイが諭すようにいい、キール前のめりに頷く。


「護衛隊の不祥事に巻き込まれた時も、金融犯罪の嫌疑がかかった時も、アイクの尻拭いですらもしてくれた時もあったわ」


「そうです。そうです。まさにその通り」


キールは律儀に首を振り、同意を重ねる。


「でもアイクとオフィスを交換して」 


ステイの言葉を聞いた瞬間、キールがあからさまに肩を落とす。

演技がかったように見えるがこれは本心だろう。


それでも彼は心を持ち直す。


「いかにあなたであってもそんな命令には従えない。どうしてもと言うなら私を解雇してください。だがそんなことはできない。もしすれば私の部下が黙っていない」


「二十人もいる部下か?」


アイクが笑いながら水を差す。


「今は36だ。失礼する」


そう吐き捨てて、キールは怒りのまま部屋を出て行った。

残った空間に沈黙が落ちる。


「・・・15%が限界よ」


ステイが小さく呟く。


「君の英断に敬意を」


アイクは全て作戦通りになったことを確認して、軽薄な敬礼だけをして部屋を後にした。

残ったステイは頭を抱えることしかできなかった。





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